第13話

「……。」


 本当に久しぶり、実感としては1年ぶりくらいなんじゃないかと思うほどの予定のない週末というのがぼくに訪れた。

 実際のところは、1ヶ月ぶりくらいであるはずだが、毎週末、何かしらの理由で園山さんと出かけていた。

 ……別にぼくはいい。

 園山さんは、良かったのだろうか。

 ぼくが告白をしたあの日から園山さんがずっとぼくについてきていた。


 家にいても落ち着かないので、街へ出かける。

 時間はある。

 歩いて街へと向かう。初夏の日差しがぼくの前髪をチリチリと焼く。

 アスファルトが鉄板のように熱を持ち、道の端に生えているエノコログサを炒めている。


 すっと伸びた葉を見て園山さんの黒髪を思い出す。

 痛みひとつない髪はいつも光を照り返し、天使の輪ができている。

 歩くとサラサラと揺れ、止まると綺麗に揃う。

 あの、黒髪に触れてみたい。手からその髪がこぼれ落ちる様を想像してみる。

 ダメだ、想像もつかない。

 ぼくの意識の中で、あの髪に匹敵するだけの手触りのものが見当たらなかった。


 街が見えてくる、いや、商業区域……。

 住宅街からグラデーションになるように、商業区域が始まる。

 人通りも増えてくる。

 ぼくは、人を見ないように、人から見えないように下を向く。


 園山さんは、普段は超然としていて、どこか遠くを見ているような感覚を覚える。

 でも、本当に時々、その少し切れ長の瞳でぼくの目を射すくめる。

 切れ長で形のいい、でもハッキリとしたその目で見られると、心の奥底まで見透かされているような気持ちになる。

 それと同時に、園山さんの魅力にあてられる。魅了されるのだ。

 なにかを言おうと思っても、舌がこんがらがってしまう。

 心臓が跳ね回る。落ち着かない。

 彼女の目、見られない。でも、逸らすこともできない。


 商店街の中を歩いていく。

 雑貨店、生花店、パチンコ店……。

 変わった金属製品の店、チーズグレーター専門店。

 苦笑が出る。

 そんな店、あったんだ。

 その商品だけで、やっていくのか。


 そのかなり変わった店をすぐに見つけ出した園山さん。

 子供のような目の輝きで店内を見ている彼女。

 変わっているな、と思うけれど。

 園山さんが何が好きなのか、何を楽しみに生きているのか。

 休日、どう過ごしているのか。

 何も、知らないんだな、ぼくは。

 好きなもの:チーズグレーター


 書店の前に到着する。

 綺麗な店頭、並べられた雑誌。

 書店に入っていく。綺麗なポップがたくさんあり、多くの自己主張を感じる。

 本が主張している訳ではないだろう。

 でも、本を売るために、知ってもらうためにポップがある。

 ポップは本の中身をさらけ出す。

 本が望むとも、望まずとも関わらず。


 店内を歩くと、園山さんの幻影を感じる。

 いつもの無表情でいて、でもそうでもない、視線が店内をさまよい、心が浮き立つ様子がわかる。

 園山さんは、美人で、物静かで、おしとやかに見える。

 だから、ものすごく人気だ。

 でも、その実、園山さんのこと自体を知ろうとする人は少ないかも。

 いや、考えても無駄だ。


 ぼくは本をパラパラと見る。

 ……本を買うことにする。

 ぼくは、書店を出る。

 日は、だいぶ高くなっていた。


 大通り沿いには、チェーンのコーヒー・ショップがあった。

 美味しいコーヒーではないが、安くコーヒーが飲めて、本を読んでいて時間を過ごせる。

 ぼくはこの店が好きだった。

 アイス・コーヒーを頼んで、小さなテーブルに座る。

 コーヒーに口はつけずに、本を開いた。


 ……文字の上を視線が滑っていく。

 内容が頭に入ってこない。読んでいるようで読んでいない。

 ぼくの心を乱すものがある。ぼくは。


「やあやあ、偶然だね。キミ、ひとりでいるの初めてみたよ。」


 明るい声が聞こえて、そして歩いてくる人が見えた。

 四十四田さんだ。

 今日は、お友達も一緒のようで、後ろから一緒にくる人がいる。

 同じクラスの吉田さん。

 四十四田さんの今日のファッションは、水色と白のサマードレス。

 それに、丈の短い黒のジャケットを合わせている。

 ともすれば不思議な取り合わせだが、濃い色のジャケットが違和感をなくして全体をまとめているように感じる。

 吉田さんは、ゆったりとしたジーンズに、ブラウス、サマーニット。

 ぼくは、頭を軽く下げて挨拶する。


「ぼくがいつも誰かといるような言い草だけど。」


 すこし意地悪く言う。


「学校だと、いつも誰かと一緒じゃない?」

「そうかな、友人は少ないし、一人でいることの方が多いと思っていた。」


 実際、友人は少ない。


「そう?自覚ないかもしれないけど、お昼休みもだれかさんといつもいるでしょ。」

「それは……。」


 言い淀む。


「じゃあ、話す相手がいて、うれしいことだよ。」


 ごまかすように言ったその言葉を聞いて、四十四田さんが微笑む。


「ところで、こちらは同じクラスの吉田さん。」

「こんにちは、えーと。」

「知ってるよ、話したことはなかったけど。こんにちは。二人は買い物?」

「そう、買い物でもあるし、ちょっとウィンドウ・ショッピングでもしようかなって。」

「仲いいんだね。」

「掠ちゃんは親切だから色々と付き合ってもらってるの。今日は遊ぼうかって誘ってくれて。」


 吉田さんが言う。四十四田さんは照れたような表情。

 なにか気づいたような表情をしたかと思うと、口を開く。


「今日、風香ちゃんは?」


 四十四田さんがぼくに訊く。


「園山さんとぼくがいつも一緒にいるわけじゃない。」

「そうかなあ、ここのところずっと一緒だったじゃん。」


 そうだ。ここのところずっと一緒にいた。


「ここしばらくがおかしかっただけだよ。」

「へー、キミはそう思うんだ。」


 何が言いたいんだ。

 いや、何か言いたいんだとしても、

 ぼくには関係ない。


「じゃ、お邪魔して悪かったね。」

「ううん、話しかけてくれて嬉しかったよ。」


 これは本心。


「吉田さんも、時間取らせちゃってごめんね。」

「い、いえ、話せて良かったです。」


 そんなに話してないけど。

 四十四田さんが手を振って離れていく、ぼくも二人に手を軽く振った。


 本は相変わらず読めない。

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