第19話 セイレーンうどん
「……あれっ?」
ハッと気がついたとき、俺はフワフワの布団の上にいた。
目の前に見えるのは、見覚えがある天井。
畳張りの部屋に、ふかふかの布団──。
あっ……ここ、旅館小保ROOTの俺の部屋だ。
「お目覚めになりましたか」
ふと、耳元から声がした。
そちらを見ると、枕元にちょこんと正座している本田さんの姿が。
「……あれ? 本田さん? てか、なんで旅館にいるんだ?」
ゆっくりと身を起こして、しばし記憶をたどる。
確か本田さんと神伏町観光していたはず。
朝に旅館を出て如月家で黒田さんに会って、サイコーマートで子守さんに血を吸われそうになった。
バス停で待ってたら戸田さんがやってきて農場体験をすることに
それで、トマト狩りとかマンドレイク狩りをやって、バーベキューをやることになって、それから──。
「……あ、そうだ。バーベキューで宇多田さんの歌を聞いたんだ」
「そうなんです」
そう答えてくれた本田さんは、よく見ると外行きの格好から赤い法被の旅館スタイルに戻っていた。
これは結構な時間、眠っちゃってたのかも。
ふと広縁の窓から外を見ると、案の定、暗くなっていた。
「もしかして俺、結構寝てた?」
「2、3時間くらいですかね」
そうして本田さんは、俺が寝ていた間のことを教えてくれた。
と言っても、ほとんどが想像通りだったけど。
宇多田さんの歌で参加者のほとんどが眠りこけてしまい、そのままバーベキューは解散になったらしい。
俺だけじゃなく、戸田さんや有里さんも眠ってしまったとか……。
セイレーンの歌唱力、パネェな。
「かくいう僕も、さっき起きたんですが」
「え? 本田さんも寝てたの? じゃあどうやってここに?」
「宇多田さんが役場の職員さんに連絡して、手伝ってもらったらしくて──」
と、本田さんの言葉を遮るようにどたどたと廊下から走る音が近づいてきた。
部屋の前で止った瞬間、入口がガラッと開け放たれる。
扉の向こうには、顔を真っ青にした宇多田さんが立っていた。
「ユ、ユユ、ユウジさん!!」
「ああ、宇多田さん、どうも」
「こっ、こっ……! こここここっ!」
宇多田さんはニワトリみたいに「こっ」を連呼しながら、袖口が翼みたいになっているジャケットをバサッと羽ばたかせて跳躍する。
そして、そのまま空中でくるりと前転すると、膝を丸めて俺の前にダイナミック土下座した。
「この度は、本当にごめんなさいいいいいいいっ!!!」
「うわっ!?」
「宇多田ちゃん、ウルトラ超絶大失態を犯してしまいましたっ! お酒の勢いとはいえ、安眠スキルの『
宇多田さんは涙目でごちんごちんと、何度も畳に額を打ち付ける。
額にはくっきりと畳の痕が……。
いや、そこまで謝らなくてもいいのに。
というか、あの子守唄って「星霜の子守唄」っていうんだな。
なんていうか──厨二っぽくて、すごくカッコいいじゃないか!
「ユウジさんが腹を斬れというのなら、この宇多田ちゃん……この場でお腹をかっさばきますっ! えいっ!」
宇多田さんが、ジャケットの下に着ているワンピースをぺろっとめくり上げる。
細い腰回りがあらわになり、ついでに可愛らしいピンクのおパンツも──。
「どわあああっ!? ちょ、宇多田さん!?」
「あっ、宇多田さん! パンツ! パンツが見えてますよ! あははっ!」
呑気に「パンツ丸見え」サイン(手を叩く、Vサインする、指で◯を作る、手でヒサシを作るアレ)をする本田さん。
そんな彼をよそに、俺は光の速さで宇多田さんの頭から布団を被せた。
「見せてはいけないものが見えてますっ!」
「あっ、わわっ、わっ……!?」
宇多田さん、もぞもぞと暴れた後、布団からヒョコッと顔を出す。
「ど、どうして止めるんですかユウジさんっ!? 一流の歌手は、散り方も一流でなければならないのにっ!」
「いや、散らなくていいですから!」
怒ってないし!
てか、一流の歌手は散り方も一流じゃなきゃだめって、そんな話聞いたことないですけど!?
「し、しかし、宇多田ちゃんってば、ユウジさんにかなりのご迷惑を……」
「き、気にしないでください。ちょっとびっくりしましたけど、宇多田さんの歌のお陰でかなりスッキリしましたし」
「……えっ? スッキリ?」
布団の中から出した首をかしげる宇多田さん。
「そうですよ。宇多田さんのお陰で一日の疲れが吹っ飛んだっていうか。むしろありがとうございます」
「ええええっ……本当ですか!?」
宇多田さんは布団に包まれたまま、ぴょんぴょんとジャンプする。
「わっ、わわ、私のせいで神伏町が嫌いになったらどうしようって……」
「そんなことにはならないですよ。今日一日すごく楽しかったです」
「ふええ……良かったぁ……」
宇多田さんがふにゃりと脱力する。
それに呼応するように、頭の羽根のアクセサリーもふにゃっとなる。
すごい。あれって、犬の尻尾みたいなものなのかな?
そんな宇多田さんの話によると、彼女は俺が目覚めるまでずっと傍にいてくれたらしい。
なんでも外の人間はセイレーンの安眠スキルに抵抗がないらしく、フルパワーの「星霜の子守唄」を間近で食らったら長期間眠ってしまう可能性もあるのだとか。
今更だけど、怖すぎやしませんかそれ。
「えと……お腹、空いてませんか?」
布団の中から出てきた宇多田さんが尋ねてくる。
ちなみに、おパンツはもう見えていない。
残ね……いや、なんでもないです。
「そうですね、ちょっと減ってるかも……?」
結局、バーベキューでもあまり食べらなかったからな。
俺に続き、本田さんも手を挙げる。
「僕もお腹ペコペコです」
「はい〜! わかりました〜! それではこの宇多田ちゃんが、腕によりをかけて美味しいご飯をお作りいたします〜!」
「ええっ、宇多田さんが!?」
びっくりしてしまった。
だってほら。何ていうか、ちょっと不安じゃない?
宇多田さんの手料理とか、トンデモないものが出て来そうだもん。
「……」
そんな俺の不安を空気で察知したのか、宇多田さんがスッと目を細める。
「今、『宇多田ちゃんって、可愛いのに料理できるの?』って疑いました?」
「え? あっ、いや……思わなかったです」
ブンブンと首を横に振る俺。
可愛いのに……とは思ってないから嘘ではない。
胡乱な視線をこちらに向けていた宇多田さんが、ニパッと笑顔を覗かせる。
「ですよね~♪ 宇多田ちゃん、料理も得意なんです〜♪」
宇多田さんは上機嫌に「ふんふん〜♪」と鼻歌を歌いながら、
「すぐに宇多田ちゃん特製料理を作ってくるので、待っていてくださいね〜!」
と言い残し、部屋を後にした。
残された俺と本田さん、顔を見合わせ目をぱちくり。
「う、宇多田さんって、なんていうか……独特な子だね? 悪い子じゃないのはわかるけど、キャラが強いっていうか」
「そうなんですよね」
本田さんも呆れ気味に「はぁ……」とため息をひとつつく。
このお気楽タヌキさんを呆れさせるなんて……やるな。宇多田さん。
なんて宇多田さんを称賛しつつ、本田さんと部屋で待つことに。
明日は旅館でゆっくりしよう──なんて話しながら待つこと10分ほど。
トトトと軽快な足音が聞こえ、部屋の入口が開け放たれた。
「おまたせしました〜! 宇多田さん特製の『セイレーンうどん』ですよ〜!」
宇多田さんが持つおぼんの上に、大きなどんぶりがふたつ載っていた。
それがテーブルに置かれた瞬間、昆布のカツオの香りがふわっと鼻腔をくすぐる。
つややかな麺が、黄金色の出汁の中でキラキラと輝いていて、卵とネギが良いアクセントになっている。
実に美味しそうだけど──どこにもセイレーンの要素はない。
「ちなみに、なんで『セイレーンうどん』なんです?」
俺がそう尋ねると、宇多田さんはドヤ顔で続ける。
「もちろん宇多田ちゃんが作ったうどんだからです〜!」
「……? この麺、宇多田さんが打ったんです?」
「いいえ! 冷凍庫に入ってた冷凍うどんを茹でただけです〜!」
「……そっか」
なるほど。
つまり、ただの冷凍うどんってわけか。
ふむふむ。
セイレーンうどん……かなり名前負けしてるな!!
―――――――――――――――――――
《あとがき》
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