剣山夏目⑨

「えっ、夏目今日お休みですか?!」


 俺は職場の先輩からそう言われ目を見開く。先輩は眉を下げて頷く。


「と言うよりも実はさ、剣山けんざんと昨日の夜から連絡が付かないんだ」

「昨日の夜から……?」


 先輩は俺の言葉を汲み取り事情を話し始める。


「剣山に頼んだ資料に付け足して欲しい所があってな。急用だから今日の朝急いで仕上げて欲しくて、申し訳ないんだけれど電話をしたんだ。だけど中々繋がらなくて……。ほら、剣山って真面目な奴だろ? 連絡もすぐにくれるから大丈夫かなって思ってて」

「それで、今も繋がらないってことですか?」

「そうなんだよ」


 先輩は眉を下げた。


「幸い、資料の方は終わったんだけれど剣山を中心にプレゼンをするからそこがまた大変になってさ。あいつ、一体どうしちゃったんだろうな……」

「夏目、どうしてそんな放棄するようなことを……」

「なぁ、お前って剣山と仲良かったよな? トキなら何か知ってることあるかもって思ってたんだけれど……。なにか、あいつに変わった所あったか?」

「変わったこと……」


 その時、夏目が同じ夢を何度も見て苛まれていることを思い出す。その夢を見る度に、どんどん鮮明になり記憶に残りやすくなってしまう様子も。


 いや、まさかそれが関係してる訳ではないだろ。夢を見ることは疲れている証拠だって聞くし、きっと単なる疲労で起こった風邪だったりするんじゃね?


 俺は僅かな考えを否定し、先輩に「特には……」と言葉を濁す。そして先輩と別れた後、俺はふとスマホが気になり夏目とのトーク画面を開いた。


「え、あいつ未読じゃん」


 昨日、俺が写真と共にメッセージを送信したのを最後に会話は途切れている。しかも、夏目からの反応はなくましてやトーク画面を開いてもない。


「夏目……一体どうしたんだよ」


 俺は暫くの間その画面から目が離せなかった。



 上司に急用が入ったと早めに会社を抜け出し、とあるアパートへと向かう。鉄製の階段を上り、通路の一番奥に向かって歩き出す。

 二階の一番端っこに設置された扉の目の前に立ち、表札を確認する。そこには剣山けんざんと記されている。夏目の苗字だ。


「夏目ー。いるー? 俺だけど、トキ」


 インターホンを鳴らし、少しだけ声を上げてみる。しかし数秒経っても何も起きない。扉に耳を傾け、中の音を確認しようとするも部屋の中で誰かの足音すらも聞こえなかった。


「留守か?」


 そう思い、ドアの部を回そうとするも鍵が掛かっている。恐らく夏目は、今は外出中なのかもしれない。連絡を再度入れるも何も返信はない。電話もかけるが、機械音のアナウンスが流れるばかりだった。

 

「夏目、明日来なかったらいよいよやばいよな……。無断欠席とか律儀な夏目がするとは思えないし……」


 このまま部屋の前で佇んでも意味がないと感じ、俺はアパートを後にする。夜になったら先輩にこのことを話そう。そう考えながら、夕焼けが差し込む道を歩く。


 電柱を通り過ぎようとした時、俺の全身が影に包まれた。突然暗くなったなと辺りを見回すと思わず声を上げてしまった。


「何だ、これ……」

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