第22話-決意

次の日の朝、目を覚ました時には隣にコースケは居なくて自分の行いを後悔した。

彼が居た場所のシーツを撫でる。

まさか、あんな怯えた顔をするとは思わなかった。そんな顔をさせるつもりは無かったのに。寂しくて悲しくて、胸が軋む。


俺は起きてきたその足で調香室に向かう。

棚から木箱を取り出しながら、はぁ……と、また溜息を吐く。両手に持つそれを作業台の上にコトリと置くと、フックを外し中の物を確認する。中には青や茶色の硝子の小瓶が沢山入っている。全て香油だ。


今日は商人としては休みの日でコースケと一日中一緒に居れると思ったのに、彼が怒っていたら…と思うと、中々顔を合わせられないでいた。


キスしたの……やっぱりダメだったのかな……。


彼の動揺に慌てて取り繕ったけど。

最初にキスした時は、お互いに求め合っていた。けれど今は、俺ばかりが彼を求めている気がした。

「やっぱり俺がおかしいのかな。お前はどー思う?」

コースケが作ったクマの縫いぐるみを見つめながら独り言のように言う。

「禁酒しよっかな……。」

涙目の彼を思い出して、俺はまた溜息を吐いた。


コースケの作った縫いぐるみはとても可愛らしい。鼻筋や耳の内側、手足の裏、腹のパーツが、桃色に白い小さな花の柄がある生地で統一されている。それがで可憐で優しい印象だった。

その他の体のパーツはミルキーブラウンに薄っすらと白い薔薇が散りばめられた生地だ。柔らかく優しい色合いをしている。

首には白いレースのリボンが巻かれいるのも可愛らしい。

つぶらな黒のくるみボタンの瞳がこちらを優しく見つめてくる。まるで幼い令嬢のような優雅さと愛くるしさを詰め込んだクマの縫いぐるみだった。

これがコースケの手で生み出されたのだと思うと愛おしくて堪らない。作った縫いぐるみ全て欲しいくらいだ。


……とか言ったら、コースケはきっと俺を蔑んだ目で見て、「はぁ?」とか言うんだろうなぁ。

はは。それがまた、可愛いんだけど。

重症だな。どんな彼も可愛くて堪らない。


この国では同性愛は法律上禁止されているから彼の反応は至って普通の事だ。

まぁ、こっそりと付き合っている奴も多いが、表向きには許されてはいない好意だ。

「はぁ――――。」

酒に浮かされていたとは言え、記憶はしっかりあるし、理性もしっかりあった自信はあるのに、無意識にタガが外れかけていた。

ほんと、禁酒しよう。ガックリと肩を落とした俺は、決意を新たにしたのだった。


反省ばっかりだ。早く挽回しよう。


俺はコースケに会う前に香りのレシピだけでも書き出そうと引き出しからメモ帳を取り出す。

「さて、君はどんな香りが似合うかな?」

俺は気持ちを切り替えて、テーブルに置かれた縫いぐるみを見つめた。

ミルキーブラウンに桃色、どちらも淡く甘い香りがしそうだ。全体の淡く抜かれた花柄が、コーヒーに溶かしたミルクのようだ。

アクセントの桃色は白の花柄が桃色を和らげ、全体的にに温かみのある甘い印象を受ける。


乙女心を連想させる。恋を夢見る。お茶会。ミルキーで甘い香りがいい。果実とミルクを混ぜた淡い恋心。


メモ帳にサラサラと構成を書いていく。

甘いミルクに苺?オレンジも可愛い。ミルクと果実の飴の香りをイメージする。多分こんな感じ。

コースケがこの香水の香りがする縫いぐるみを抱いている姿を想像してクスリと笑う。 縫いぐるみに名前があるのなら、その名前がこの香水の名前になるのだろう。

「コースケ、喜んでくれるかな。」

俺は該当の香料を選びながら、彼の喜ぶ顔を想像してふふっと笑った。


しばらく調香を試していると、コンコンとドアをノックされる。

ドキリとしてドアを見て、道具を置いて、カチャリと開けてやる。心臓は緊張でドキドキとうるさい。態度には出さないよう、普通に振る舞う。

「コースケ、おはようございます。今、縫いぐるみの香水作ってますよ?試作品試してみませんか?」

にこりと微笑み彼を見つめる。

「……あ、あの、」

けれど彼は浮かない顔で、こちらを見て何かを言いかけて、また目を逸らしてしまった。

彼の元気がない。目を合わせてくれないのがとても寂しくて痛い。

「コースケ、その…、昨日はごめんなさい。酔った勢いとはいえ…ビックリさせてしまって。」

彼の頬に触れようとした手をピクリと止めて後ろで組む。抱き締めてあげたいのに、慰めてあげたいのに、こんな表情をさせているのが自分だと認識して泣きそうになってしまう。

コースケは意を決したように俺を見上げた。

「い、嫌ではなかった!お前とキスするの!」

コースケは顔を赤くして緊張した様子で俺に言う。俺はポカンと彼を見つめた。

「……え」

「その、昨日はビックリしたんだ。お前が嫌いとかじゃなくて、その、なんて言えばいいかな……えーっと」

言葉を探すように視線を外す。頭の中でどう説明すれば俺を傷付けないのか考えているのだろう。答えは聞きたく無いな。


「コースケは優しいですね。本当に恋愛下手ですか?今までの女の子たちは見る目なかったんですね。俺は惚れちゃいそうですよ。」

貴方が好きな事は貴方の負担になる。それならこのままの関係がいい。異性との付き合い方をレクチャーする代わりに調香を手伝ってもらう。それが最初の約束だ。

「……ッ」

コースケが一瞬、悲しげな顔をする。

俺はにこりと笑い部屋の中に彼を招き入れた。

「コースケの縫いぐるみの香りを作りました。イメージに添っているか試してもらえますか?」

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