第21話-ごめんなさい

このカントリーな台所にも慣れたものだ。

炭火で燻る釜戸に薪を二本突っ込み吹子で火を強めてポットを鉄板の上に置く。一度沸かして冷ましていたものなので、飲める程度に温める。


この世界では、ハーブは薬としての役割も強く生薬として修道院で栽培されていた。

もちろん家庭でも栽培されており使い方さえ理解していれば様々な効果を期待できた。


この家にも沢山のハーブが庭に植えてあった。一部は手入れがされているものの、隅で雑草のように生えているものもある。


今日は庭に生えてる口当たりがスッとするミントに、レモングラスを合わせたお茶を入れる。吐き気がするならこの辺りだろう。


ジョセフにハーブティーを飲ませるのは初めてだが、まぁ、修道院でも作っているだろうから飲んだ事あるかもしれない。


自分のために食事を作るのは面倒なので俺も一緒にお茶を飲んで早めに就寝の準備をしよう。


部屋もだいぶ薄暗くなってきた。


ランプに火を灯すと、ふわりと当たりが明るくなる。ランプの燃料だってタダではないので、暗くなればベッドに入り就寝するのが燃料の節約にもなる。


急いでティーポットに茶葉を入れ、沸いた湯を注ぐ。

数分蒸らして、マグカップにお茶を注ぐ。ティーポットには、新しく湯を注ぎ、そのままテーブルに置いて冷ましておく。


トレイにマグカップを二つ置き、片手にトレイ、片手にランプ持つ。二階に戻りジョセフの部屋に入ると、暗がりの部屋で彼がチラリとこちらを見ているのが分かった。


「持ってきたぞ。」


俺は消灯台に二つのマグカップを置き、持ってきたランプも隣に置いた。ゆらりと揺らめく炎は、暖かくジョセフを浮かび上がらせていた。彼は幸せそうに微笑む。


「コースケが家に居てくれて嬉しいです。」

「そうか?気分はどうだ?そのまま寝るか?」

クスリと笑い彼の頭を撫でてやる。すると気持ち良さそうに目を細めている。

「すこし落ち着きました。」

彼はゆっくり起き上がり、立っている俺を見てベッドサイドをポンポンと叩く。


どうやら座れという事らしい。


俺は仕方ないなと笑ってため息を付き、素直に腰を下ろした。


「ほら、飲んでみろ。スッキリするから。」

彼に向かって、ズイッとマグカップを押し付ける。


「ハーブティーって、お薬ですよね。修道院のベッドに居るみたい。」

「まぁ、薬と言われたらそうかもな。薬草茶だもんな。」

俺も自分のマグカップを持って、程よく熱い茶を啜る。ミントの爽やかさがすっと口を満たし、レモンの香りが鼻を抜ける。


それを見て、ジョセフも同じようにハーブティーに口をつけた。

「……美味しい。」

ジョセフはほんの少し驚いたように言う。口に合ったようで嬉しい。


「だろ?庭のハーブで入れたんだぞ?」

俺はまた一口含み、香りを楽しむ。


「戦争に駆り出された時にお世話になった修道院で飲まされたのが酷い匂いで、ドロドロで飲みにくくて、薬だなぁって思ってたんですけど、少量ならこんなに美味しいんですね。」


いったいどんな物を飲まされたのか気になるところだが、戦争というワードにあまり深く聞かない方がいいような気がして俺は他の話題を振ってみる。

「そいや、なんでハーブ育っててるんだ?」

「調香に使ってみようと思ったんです。あ、祖母が育てていたのもあって、それは薬として使うために育ててましたね。」

「なるほどな、それでか。」


庭には多種多様なハーブが植っていた。薬草としてのハーブについては大した知識は無い。

しかしハーブは香りもいいし香料にしても清潔感のある良い香りがするのだろうなと思った。


……香りか。


「あ、そうだ!あのな、縫いぐるみに香りを付けてやりたいんだ。そんで、その香水の瓶を可愛くペンダントみたいに首から下げてやりたいんだけど、できるか?」

ハーブティーが気に入ったのか、ゆっくり何度も啜っていたジョセフが少し驚いたように俺を見つめる。


そしてぱぁっと笑顔を輝かせた。


「面白いですね!!それ!」


今までぐったりしていたのが嘘のように元気な声で、今度は俺がビクリとした。


「具体的にどんな……、コースケが作るぬいぐるみはとても可愛らしいから……ローズとかですか?ジャスミン、オレンジが香っても可愛いかもしれませんね。」

そう言うと、ジョセフはマグカップを置いて布団から出ようとする。


俺はギョッとしてジョセフの身体をベッドの方に押し返した。

「こら!もう夜なんだから寝ろよ!気分も良くないんだろ?」

すると、ジョセフは残念そうに俺をみつめる。

「コースケのお茶でだいぶ吐き気も治りました。折角楽しそうなアイデアですし、早く作りたいです。」

「だめだ。寝てろ。」

ぐいっとジョセフを布団に押し込める。


「じぁ、コースケも一緒に寝てください。」

「はぁ?」


なんだこの駄々っ子は。と思ったが、あまりに真剣に真っ直ぐ見つめられるので、俺は呆れ顔から恥ずかしげな顔になっていく。


顔がいいヤツに添い寝誘われると、男でもこんなドキドキするのか?


「嫌ですか?駄目?」

急に甘えたような言い方に、キュンとする。

「い、嫌じゃない……けど、」

ジョセフはぱぁっと顔を綻ばせると俺の持ってるマグカップを丁寧に取り上げてサイドテーブルに置き、グイッとベッドに引っ張り込んだ。

「うわぁ!?」

「ふふッ!」

ジョセフは俺を壁側に寝かせると、バサッと布団に包んでしまう。その一連の動作が早くて拒む暇すら無かった。

「お前、男相手だぞ?なんでそんな嬉しそうなんだよ。」

目の前には嬉しげに微笑むジョセフの顔がある。

「だってコースケですもん。コースケだから嬉しいんです。」

幸せそうな顔しやがって。俺は恥ずかしすぎて目を逸らしながら彼の頭を撫でてやる。

「ったく、今夜だけだからな。」

「きっと、これからは一人じゃ寝れなくなりますよ。」

幸せそうに笑うジョセフは、俺の唇に触れるだけのキスをする。

俺は一瞬何が起こったのか分からず、ピタリと動きを止めた。


……今の、キス?


そう認識すると、あの深く求め合ったキスを思い出して顔が真っ赤になっていく。


あれは、匂いを引き出すための実験みたいなヤツだよな。それなら、このキスは??

また香りを強めるため?それとも別の意図?


恥ずかしさと疑問でパニックになり涙目の俺を見て、ジョセフはハッとする。


「コースケ!ほら、女性との接し方、恋愛術です!教えてあげるって言ったでしょ?レッスンですよ!」

「……へ?」

その言葉に俺はキョトンとし、意味を理解してホッとする。

「あ……あぁ、そっか、そうだよな。」

「……はい。そうです。どうやったら女性が悦ぶのかコースケが体験すれば実践できるでしょ?」

「な、なるほど……。」

納得した俺に、ジョセフは優しく笑い俺の髪を撫でてくれる。その手がとても心地良い。

このまま寝てしまえば気持ち良さそうだ。


「ごめ……俺寝そうだ。」

「そうですね。寝ましょう。」

そうジョセフに言われると、俺はゆっくりと眠りについた。


「コースケ、ビックリさせてごめんなさい。」


寝入る直接に、俺はそんな言葉を聞いた気がした。

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