第18話-命のキスと秘めたる想い

コースケが耳まで赤くして逃げるように俺から離れて行く。


そんな様子が可愛くて、ふふっと笑いながら後ろから手を振って見送ると、チラリと俺を見てまた海に目を向け、あっという間に海に潜ってしまった。

泳ぎが得意だというのは嘘ではないみたいだけど、大慌てで海に入ったから心配なのは変わらない。


「まぁ近くで遊んでくれるなら大大夫か」

俺は網を持って、よいしょ。っと立ち上がると、いつも魚を取る岩場まで移動する。勿論コースケの様子を視界に収めたままだ。


まったく彼は分かってない。

好きな人がいきなり目の前で半裸になったら、それは目のやり場に困るだろ。

彼の前ではポンコツになってしまう自分が情けなくも感じる。


ご婦人やご令嬢がどんなに色目を使って来たとしても取り乱す事無く対応する自信があるのに、コースケ対しては上手くいかない。泣きそうになってしまった時も、さっきだって、恥ずかしくて直視できなかった。


海に網を投げて泳ぐ彼を探すと、一瞬見失ってしまい、キョロキョロと探してしまう。

海面に顔を出したコースケを見つけると、そこは足の付かない場所だった。

遠くから、綺麗だな!とご満悦な声が聞こえるが、俺は心配でしかない。

「綺麗なのはそうなんですけど!そこ深くなってるから危ないですよー!」

大きな声でそう言うと、彼は分かったと返事をしてまた潜ってしまった。


ハラハラとしながら上がってくるの待っていると、少し海岸に近い場所で彼が顔を出してホッとする。

投げた網を引いていると、やけにバシャバシャと水を叩く音がして、パッと彼を見るとコースケが溺れているのが見えビクリとした。


「コースケ!!?」


俺は網を手放し直ぐに海に飛び込むと、一心不乱に泳いだ。


恐怖で目を閉じ必死に踠きながら沈む彼の姿を目視し、海面で大きく息を吸い込んで潜ると、呼吸が続かずガバッと吐き切る彼の腕を掴んで、グッと引き寄せて空気を送り込むようにキスをした。


ふぅぅっと空気を吹き込むと、なんとか混乱せずに呼吸を止めてくれたので、彼を抱えてすぐに水面に出る。


「はぁっげほっげほっ…!!」

水面に出た瞬間、本能的に深く空気を吸ったコースケは、同時に海水が入り咳き込んでしまう。

「はあっ…っ、コースケ!?大丈夫ですかっ!?すぐ岸に上がりますから頑張って!」


なるべく波を立てないよう彼を小脇に抱えて足のつく場所まで来ると、コースケに肩を持ってもらい腰を抱いて歩く。

「はぁ……ッはっ……コースケ、大大夫ですか?!」

「ああ……なんとか。ごめん。足攣った……。」

「もう寝不足であんな奥まで行っちゃ危ないでしょ?」

「あはは。ほんとごめん。」

「反省してください!アンタ今死に掛けたんですよ!」

ヘラヘラと笑うコースケに、ことの重大さが分かってないと、腹が立ってくる。

浅瀬に来ると、彼の了承も得ずに彼を横抱きする。

「ちょっとおい!これはむりっ!」

「無理じゃないです当然です!足痛いんでしょ?!」

ったく。危機管理がなってない。こんなんじゃ目が離せないじゃないか。

落ちそうで怖いのか、彼は俺にギュッと捕まって俺を見て慌てて言う。

「落ちる落ちる!」

「落ちません。落とすわけ無いでしょ?」


二人濡れ鼠のようになって砂浜に上がると、そのまま彼を砂浜に座らせると彼の前にしゃがみ、顔を覗き込む。

「足、どっちですか?痛い方。」

すると、コースケは視線を外してしまい、おずおずと口を開く。

「右……の、ふくらはぎが……。」

「ちょっと失礼しますね。」

言われて、彼の右足に触れて、腱を伸ばす様にマッサージをしてやる。

「……ッ」

痛いのか、ビクリと身体が揺れているが、伸ばしてやれば、痛みは引くのでじっくり揉んで伸ばして解してやった。

「もう無茶しないで下さいね?」

そう言って見上げると、彼は顔を背けて耳まで赤くしていて、ドクンと胸が高鳴る。

晒された肌に触れたくて手を伸ばすと、ジョセフ?と、彼に呼ばれてハッとする。

「……――終わったか?」

痛かったのか、チラリと涙目で俺を見てくる。


はは。俺は、本当に余裕がないな。 


俺は手を引いて、ニコリと笑う。

「はい。終わりました。でも!本当にもう駄目ですからね!帰ったら寝て下さい。」

いつもの調子でそう言うと、彼はムッとして言い返してくる。

「寝たら明日また眠くなるだろ?」

「じゃあ明日も寝てていいです。第一なんでそんなに早く慣れようとするんですか?」


そう言うと、彼はキョトンと俺を見た。

「いやだって、仕事とか……。」

「コースケ今働ける様な状態じゃないでしょ?」

「まぁ、そうだな。」

「ゆっくり慣れてください。家族一人増えたくらいどうって事ないですよ。」

そう笑いながら言うと、コースケはまた俯いてしまう。

「でも、お前にばかり負担を背負う事になるだろ。俺だってここで生きて行くなら、ちゃんとしたいんだ。」


この人は、真面目な人だ。不憫なくらいに。何か、強迫観念に駆られたように休む事を悪い事だと思ってる。

俺は一つ溜息を吐いて、彼を見つめる。

「だったら、文字の練習をしましょうか。働くにしても、仕事の選べる幅は多い方がいいでしょ?あ、俺の助手として永久就職でもいいですよ?」

冗談めかしてそう言うと、コースケは、ふはは!っと笑ってくれた。

「お前んちに永久就職は、なんかもうそれは結婚みたいだな。」


まぁ、そんな意味も俺の中では含まれて居るのだけど、この国では男同士が愛し合う事を禁じている。だからこれは、俺の秘めた想いだ。

俺は優しく彼を見つめて、にこりと笑った。

「まあ、考えといて下さい。」

「俺にできる事があったら言ってくれ。とりあえず文字の勉強、頑張るよ。」


コースケは、納得してくれたのか穏やかに頷いてくれた。

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