里見サイバー八猫伝
百々嗣朗
キャット・ガール 「シノ」
ニュー・トーキョーの空はブロックノイズにまみれていた。
シノは頭上でチカチカするそれにフィルタを掛け、なるべく見えないようにした。
「──
シノはそう独り言ちながら、煌びやかな高級店のようにテクスチャ処理されたクラブの一軒へと入った。
明滅する光と、それに合わせてがなり立てるダンスミュージック。
中は外にも増して、色とりどりのテクスチャの洪水。
すれ違う人々の中にも、最新流行の美顔テクスチャ。
身体を買えない貧困層が、最終最後にすがるチープなコスメだ。
あまりの情報量の多さに、シノは眩暈を覚えた。
まさに目の毒。しっかり、あちこちにオートフォーカスする。
仕方なく、マニュアルに切り替えた。己の動体視力に頼るのは本当に久しぶりだが、命のやり取りをするならこの方がまだマシだった。
ステージに全裸の女が踊っていて、その後ろのボックスに黒いテクスチャの一団がある。全てがマニュアルの今、顔を照合するのも面倒だ。とはいえ、シノの記憶力は元々そんなに悪くない。彼らは間違いなく「ヤヤ・ヤマ」だった。
「お前、イイ趣味してんな? その身体、アキバで買ったのか?」
シノが近付いて行くと、テクスチャの一人がそう言った。
「──猫のボディ、そんなに珍しい?」シノは答えた。
「へへ、ちゃんと尻尾もあるじゃん。ゾクゾクするねえ」
男は自らテクスチャを解くと、三つあるレンズでシノの身体を舐めるように見た。
シノが
勿論、そういう目的にも使えるが、どちらかというと実用的・機能性重視。
まず、耳の数が二倍に増える。
人間の耳には一般情報、頭上の二つにはメタ情報。
そして自在に動く尻尾は、三本目の腕だ。
「ねえちゃん、幾らだ? 俺が言い値で買ってやるよ──」
男が気安く触ろうとした瞬間、尻尾が鞭のようにしなった。
腕にがっちり巻き付くと、そのままメリメリ締め上げ、引き千切った。
ぼとり──
床に腕が落ちると同時に、たくさんのことが起こった。
ボックス席の一団が、一斉に「SUKEHIRO」の電磁リボルバーを抜いた。
裸の女の絶叫する声。
未だ事態に気付かず、踊り狂う人々。
シノは再び鞭を繰り、片腕の男を巻き取るように抱き寄せる。
瞬間、幾つもの電子音と共にリボルバーが発射。片腕の男に吸い込まれた。
多分、貫通力を想定しての
衝撃がシノの身体にも伝わってくる。
しかし、それでサイボーグを撃ち抜くことは不可能だ。
自由な右手で、蜂の巣にされる男の腰からリボルバーを抜き取る。
シノが狙うのは彼らの首。
どんなに装甲化したボディでも、
ならば生命維持の主要機関が集中する首が良い。
二発撃って、数歩進み、また二発撃つ。
脳へのインフラを絶たれた被弾者は、戦意喪失、あるいはブラックアウト。
シノは最後の二発を撃つ。
マニュアルの弊害。一人、撃ち漏らした。
残るテクスチャは三人だった。
シノは半死体を盾に突撃した。
各人の残弾数は、発砲音から頭上の耳がしっかりカウント中。
2、1、0。
2、1、0。
5、4。
弾が残っている方に空の銃を投げ、弾切れの一人に肉迫する。
普段は内側に格納されている鋭利な
飛び出したそれが、男の首に突き刺さる。
こいつも盾にしようかと思ったが、さすがに重量過多。仕方なく爪を引き抜いて、自分から迫って来たもう一人に突き立てた。
3、2。
尻尾を解いて死体を捨て、新しい方を盾にする。
1、0。
もう必要なくなった。
最後の一人は慌てた様子で、次弾を装填しようとしていた。
シノが踏み込むと、相手はそれを諦め、
対サイボーグを考えるなら、こちらの方が厄介だった。
両断はされないだろうが、
盾を捨てなくて本当に正解だ。
シノは、爪を抜くと同時に蹴りつけた。
盾はすっ飛び、
床を転がり、黒い焼け焦げを付ける
シノは飛ぶようなステップでそれを拾う。
まだ倒れている最後の男の腹をしっかりと
爪を突き出し、「やめてくれ!」と叫ぶ男の喉元にぴったりと当ててみせる。
「大丈夫。殺さないよ?」シノは言う。「その代わり、ヤヤ・ヤマの
何度もこくんこくんと頷く男を残し、シノはひと気のなくなった店内を足早に出る。
試しに時間を確認すると、入店から未だ七分しか経っていなかった。
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