哀しみを抱くお嬢様とろくでなし


「八峡さま、その怪我ッ」


カラカラと下駄の音が鳴りながら彼女は近づく。

きつく締めた着物によって、早く走る事は出来ず、八峡義弥の目前に迫ると同時に足取りが悪くなって転んでしまう。


「あっ」


彼女が小さく声を漏らす。

そのまま地面に倒れるかと思ったが、直前で八峡義弥がその体を支えた。


「おいッ危ねぇな、急に走るなよ」


彼女にそう注意をする八峡。

しかし九重花はそんな注意を聞く事無く、八峡義弥に手を伸ばす。

八峡義弥の頬に触れて、その指で、彼の眼帯の紐に指を触れさせた。


「八峡さま、…その目は、怪我、怪我を…」


九重花久遠は八峡義弥が怪我をした事など知らなかった。

八峡義弥に依存している彼女にとっては、これは大問題に発展している。


「あ?あぁ、気にすんなもう過ぎたもんだし」


八峡は軽くそう言うが九重花久遠は流せるものでは無かった。

まるで自分が怪我をしたかの様に、彼女は八峡の眼帯を見て涙を滲ませる。


「あぁ!八峡さま…何故、八峡さまが、この様な目に、危険な、事など…他のものに、任せておけば、良いのに…八峡さまは、一人しか、居ないのに」


その依存度は最早狂気だった。

彼女の優先順位は八峡義弥が来る程で、それ以外のものなど、最早どうでも良いと思える位だ。

彼女の言葉に八峡義弥は嬉しく思えた。

此処では、色々な人間が自分を大切にしてくれている事に。

そう思えるからこそ、八峡義弥は自己を改革し、自己主義を改めたのだ。

昔の八峡義弥は、正真正銘のクズだった。

きっとそれら全てを語れば、この物語の主人公としては認められぬ程に。

だから、八峡義弥は、そんな過去の自分を恥じている。


「…まぁ、確かに、俺は一人しか居ねぇけどよォ、昔のままの俺じゃあクソでしかねぇあの頃の俺は、どうしようもねぇ無価値な存在だったからなぁ…死んでも誰も見向きもしないゴミでしかねぇよ」


自虐して笑う。

八峡義弥にとって、昔の自分はそれほどまでに最悪な存在だった。


「その様な、ことッ」


九重花久遠はそう否定するが、其処だけは、過去の自分の被虐だけは曲げる事は無い。


「…だから俺は付加価値を付けた今の俺は…まあ、昔よりは価値のある人間だと思ってる、この傷が、価値をあげる為の代価ってんのなら勲章モンさ」


そう言って八峡義弥は恥ずかしそうに笑った。

今では、八峡義弥は自分自身を認めている様な口ぶりだった。

それはあくまで及第点に達している、その程度の自己採点に過ぎないが。


「八峡さまが、納得するの、なら、けれど、自身の、お体は、大切になさって、下さい、傷つく姿は、みたく、ないです……」


そう言って彼女が八峡義弥の胸に顔を埋めた。

八峡義弥はそんな彼女の優しさを感じながら、肩を強く掴んだ。


「………そォか」


それだけ言って、後は何も交わす事無く。

しばらく、そのまま二人は抱き合っていた。

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