月夜に煌めく白銀の吸血姫②
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暗い。真っ暗だ。何も見えないし、何も感じない。ただ、自分がそこに在るという事だけは分かる。そんな不思議な感覚だった。
まるで夢の中にいる様な浮遊感。けど、身体は重くて動かす事はできない。矛盾してはいるけれども、それが今の正直な感想だ。
そんな訳の分からない状況の中、俺は考える。俺は一体、どうなってしまったのか。もしかして、死んでしまったのか?
けど、それにしては意識もはっきりしてるし、思考もできる。死んでいたら、そんな事はできないだろう。
じゃあ、一体……なんなんだ? 俺がそんな疑問を浮かべた時だった。不意に、なにかが聞こえてきた。
『―――おーい』
……なんだ?
『ヤーシロ』
……もしかして、俺を呼んでいるのか?
『ヤシロってばー』
舌足らずな、それでいて透き通る様な綺麗な声が聞こえてくる。その声を聞いた瞬間。俺は思わずこう呟いていた。
「……エリザ?」
あぁ、そうだ。この声は間違いなく、自殺する間際に屋上で出会ったあの少女、エリザのものだ。
そして俺が意識を手放す原因ともなった―――
『ねぇー、早く起きてよー。起ーきーてー』
そんな彼女の言葉が聞こえてきたと同時に、どこかからか光が差し込んだ。その光は俺の視界を真っ白に染め上げて、俺の意識をゆっくりと覚醒させて―――。
「ん……」
瞼を開くと、目の前には真っ白な天井が広がっていた。見慣れた自分の部屋の天井じゃなくて、見覚えの無い天井。
目覚めたばかりで、意識はまだはっきりとしない。俺は朦朧とした意識の中で、ゆっくりと身体を起こす。
「ここは……」
そんな疑問を呟きながら、辺りを見渡してみる。すると、俺の目に飛び込んできたのは、天井と同じく真っ白な壁と床だった。
住み慣れた自分の部屋と違い、あまり家具が置かれていないどこか殺風景な部屋。けど、広さで言えばワンルームの一室よりも広く、開放感がある。
そして俺が寝かされていたベッドは部屋の中央にあり、俺はそこに横になっていたのだ。白くて清潔感のあるシーツが敷いてあり、手触りも良い。そのせいか、今まで感じた事のない心地よさを感じる。
そんな風に一通りの状況確認を済ませた辺りで、意識も少しずつだけどはっきりとしてきた。とりあえず、これからどうするべきだろうか。
「あっ、やっと起きた」
と、そこで部屋の扉がガチャリと開き、そこから聞き覚えのある声が聞こえてきた。俺は声がした方向、部屋の入口に視線を向ける。
すると、そこには見覚えのある人物が立っていた。あの屋上で出会った吸血鬼の少女、エリザだ。
彼女は後ろ手に扉を閉めてから、ゆっくりと俺に近付いてくる。その表情はどこか嬉しそうだ。そして彼女は俺のすぐ近くまで来ると、笑顔のまま口を開いた。
「おはよー、ヤシロ」
「……おはよう」
そんな挨拶を交わす俺たち。そんな彼女は近くにあった椅子に腰を下ろす。それから俺の顔を覗き込む様にして話を続けた。
「気分はどうかな? どこか悪いところとかあったりする?」
「あ、あぁ……大丈夫、だと思う」
俺は戸惑いながらもそう答える。すると彼女は安心した様にほっと息を吐いた。
「なら、良かったー。ヤシロってば、あれから全然起きなかったんだよ。だから、ちょっとやりすぎちゃったかなーって思ってたんだ」
「……やりすぎ?」
「うん。直に食事をするのは久しぶりだったからさ、加減が分からなくなっちゃって。ごめんね」
そう言って彼女はてへぺろ☆っと舌を出す。あまりにも愛らしくてあざとい仕草に、思わず頬が緩みそうになる。
だが、今はそんな気を緩めている場合なんかじゃない。彼女には聞きたい事が山ほどあるんだ。俺は緩みそうになった頬を引き締めて、彼女に話し掛ける。
「なぁ、エリザ」
「ん? なにかな?」
「いくつか君に聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
俺がそう訊ねると、エリザはきょとんとした表情を浮かべる。が、すぐに笑顔に戻って口を開く。
「うん、いいよー。なんでも聞いてよ」
「……じゃあ聞くけどさ。まずここはどこなんだ?」
「ここはボクの家だよ。あそこにずっといる訳にもいかないから、ヤシロを背負ってここまで連れてきたんだー」
「じゃあ、ここは……君の隠れ家的な場所なんだな」
「隠れ家? ううん、別にそんな大層なものじゃなくて、普通の賃貸マンションなんだけど」
「は? 賃貸……?」
「良い部屋でしょー。しかも、建物の最上階で角部屋なんだー。それに防音も完璧だから、ちょっとぐらい騒いでも大丈夫だよ」
ふふん、と誇らしげに胸を張るエリザ。いやいや……無い胸で精一杯の自慢をしているところ悪いんだが……そういう事じゃないんだ。
というか、そもそも……彼女は人間じゃなくて吸血鬼なんだろ? どうやって賃貸契約したってんだよ。戸籍とかの個人情報とか、色々と問題があるだろ。
……ま、まぁ、いいか。深く考えたら負けな気がするし、今は気にしないでおこう。とりあえず、次の質問に移ろうか。
「それで次に聞きたいのが……君は俺が全然目を覚まさなかったと言ったけど、俺はどれだけ眠っていたんだ?」
「えっとね、3日ぐらいだよ」
3日って、マジか……そんな長い間、眠ってたなんて。てっきり、今は自殺をしようとした日の翌日ぐらいかと思ってたんだが。
「だけど、ヤシロが目を覚ましてくれて良かったよ」
そこでエリザが明るく笑いながら口を開く。その笑顔はとても眩しかった。
「じゃあ、最後に聞きたいのが……君はさっき、食事をしてやりすぎたって言ってたよな?」
「うん。言ったよー」
「その食事っていうのは……もしかしてだけど、俺の血を吸ったのか?」
俺がそう訊ねると、エリザは目をぱちくりさせた後で、にっこりと笑ってこう言った。
「そうだね。吸ったよ、ヤシロの血液。ごちそうさまでした」
「え、あ、うん。お粗末さまです……?」
「おそまつさま……? えー、なにそれ。ヤシロってば、変なのー」
「あ、いや……あはは……」
俺は苦笑いをしつつ後頭部を軽く掻く。よっぽど君の方が変だよと言いたいところだったけど、それは心の中に留めておこう。
まぁ、なんにせよ。彼女の言葉を信じるのであれば、俺はどうやら血を吸われた事で3日間も眠っていたらしい。なんとも奇妙な話である。
「ちなみにだけど、血を吸ったっていうのは、その……どんな風に?」
「どんな風に? うーんと、それはね……」
彼女は少し考える素振りを見せた後で、こう続けた。
「ボクの牙をこう……ヤシロの首元にずぷぷって刺してー、ちゅーって吸ってたの」
「……」
「でね、ちゅーちゅーって吸う度に、ヤシロがビクビクって身体を震わせるのが面白くて、ついついやりすぎちゃった」
そう言ってえへへと笑うエリザ。その姿はとても可愛らしいものだったが、可愛らしいのは言い方と仕草だけで、言っている内容は全く可愛らしくない。
なんだよ、ビクビクと身体を震わせるのが面白くてって。俺はおもちゃかなにかかよ。面白がってんじゃないよ。
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