ご主人様は吸血鬼? ~人生に絶望していた俺。何故か美少女に助けられて社畜から家畜に転成してしまった件。だけど、3食食事付きの至れり尽くせりで好待遇な模様~

八木崎

月夜に煌めく白銀の吸血姫



 もう、死んでやる。


 残業を終え、日付を跨いでしまった深夜帯での事。そう思って俺―――社知久やしろともひさが向かっていったは会社の屋上だった。数十階もある会社の屋上。高さにしたらどのくらいだろうか。


 まぁ、具体的な数字は良く分からないけど、この高さから落ちたらひとたまりも無い。それぐらいの高さだ。ここから飛び降りれば、確実に逝ける。


 どうあっても助かる見込みなんて見当たらない。柵を乗り越えて、一歩踏み出せば地面までまっしぐら。後は重力に従って地面に激突するだけだ。


「へっ、へへっ……」


 そんな未来の自分に起こる結末を想像して、笑いが漏れる。これで終われる。ようやく解放される。あんな地獄の様な日々、もううんざりなんだ。


 昔は本当に良かった。学生の頃は、毎日が楽しくて幸せだった。勉強して、友達と遊んで、叶うはずも無い夢を追い掛けていた。


 けど、今はどうだろうか。どれだけやっても終わらない仕事の山。上司から浴びせられる理不尽な叱責と説教。深夜まで続くサービス残業と休日出勤。


 給料だって手取りで10万円あるかどうかぐらいだし、毎日が会社の自宅を往復するだけの日々。やりがいなんて、とっくの昔に失っている。そんな生活が延々と続いて、もう精神は限界だった。


「ははは……」


 もう笑うしか無いじゃないか。こんな事ってあるか? 俺の人生って、こんな物だったのか? 自分が望んでいた事とはかけ離れた現実に思わず笑いが込み上げてくる。


「はっ、ははっはは!」


 どうせ最後なんだ。とにかく思いっきり笑ってやれ。俺をこんな風にした会社を嘲笑う感じで、呪いを撒き散らす様に。


 それにこれは会社に対する意趣返しでもあるんだ。目の前でド派手に散ってやる事で、一矢報いてやろうじゃないか。


 そしてしばらく笑っていると、屋上を強めの夜風が吹き抜けていく。きっと、早くしろと死神なんかが催促をしているのだろう。


「よし。さぁ、逝くか」


 もうヤケクソだ。どうにでもなれ。どうせ死ぬんだ、何やったっていいだろ。思いっきりやってやるぜ! I can fly!!


 俺は落下防止柵に手を掛けると、それを飛び越えて屋上の縁に立った。これで俺の人生も終わりだな、なんて思いながら。


「あばよ過去! よろしく未来!!」


 そして意を決した俺は勢い良く地面を蹴って―――。


「あのー、ちょっといいですかね?」


「へ? ……うぉわぁっ!?」


 飛び降りようとしたその矢先、俺の身体は背後から何者かに引っ張られた事で、それを寸前で止められる。


「そんなところに立っていたら、危ないですよー」


 そして続けざまに俺の耳元で聞こえたのは、そんな間の抜けた女性……というか、女の子の声だった。


「え、あ……え?」


 俺は訳も分からずに、ただ呆然とする。一体、何が起こった?


「とりあえず危ないので、こっち来てくださいね」


「いや、こっちに来てって……どわっ!?」


 その声の相手は俺に構わず、屋上の縁に立つ俺を軽々と持ち上げて、柵を飛び越させる。


 てか、えっ? 俺、持ち上げられたの? どうやって? 少なくとも体重、70キロ以上はあるんですけど?


「はい、到着でーす」


「あ……はい」


 そしてそんな疑問を浮かべる俺を無視して、その相手は俺を屋上の中央付近に下ろすと、終始のんびりした声で話し掛けてくる。


「いやー、間に合って良かったです。もう落ちちゃう寸前だったじゃないですか。危ないですよ?」


「……その、すみません」


 いや、なにを謝ってるんだ、俺。まぁ、これは社畜生活で身に付いた癖というか。なにかしら言われたら、ついやっちゃうんだ☆ らんらんるー☆


「えっと、大丈夫ですか?」


「え?」


 俺が頭の中でおちゃらけていると、目の前の女の子は首を傾げて心配そうに訊ねてくる。というか、まず……誰なの、この子。


 暗くて良く見えないけれども、目の前にいる彼女はというと、銀髪ツインテールの女の子で身長は150センチぐらいだろうか。


 服は夜闇に溶け込む様な黒を基調としたゴスロリ調のドレスで、全体的に見る感じは洋風な人形を思わせる風貌だった。


 顔は超美少女と呼んでも差し支えないぐらい整っていて可愛いし、特に紅く光る瞳と、色白で透き通る様な綺麗な白い肌に思わず見惚れてしまう程だ。


 そして肝心とも言うべきスタイルは。そのスタイルはというと……うーん、残念。見事なまでのまな板だ。つるつるぺったん、ぺったんこ。


「あ、あの……どこ見てるんですか?」


「いや、別に」


 俺がその少女に見惚れていると、彼女は自分の胸元を両腕で隠しながらジト目で睨んでくる。どうやらコンプレックスらしい。


「それで、そのー……お兄さんは、ここで何をされてたんですか?」


「なにって、あー……うん、ちょっとね」


 俺はその少女にそう聞かれて、思わず口ごもってしまう。自殺しようとしてたけど、はっきりと相手にそう伝えるのは少し言い難かったから。


「もしかして、自殺でもするつもりだったんですか?」


「……まぁ、そんなとこかな」


 けど、そう言われてしまったからには、肯定するしかなかった。というか、見れば分かる様な事を聞くなよ。


「なんで、そんな事を?」


「いや、まぁ……色々あってさ」


「色々と、ですか」


「君みたいな女の子には分からないかもしれないけど、大人には色々と苦労があるんだよ」


 そう言った後、俺はため息をひとつ吐いてから続ける。


「仕事が忙しくて、毎日残業続きだし……そのせいで私生活なんてずっと不規則だ。しかも会社では上司に叱られたり、先輩に罵られたり、後輩のミスは全部俺に押し付けられるしでさ。おまけに恋人もいないし、趣味もない」


 俺はそう口にした後で乾いた笑いを漏らす。我ながらつまらない人生を歩んでいるとつくづく思う。


「おまけに給料も少なすぎるんだよ。ボーナスなんてものは無いし、昇給なんて夢のまた夢だ。なのに残業代なんか出ないし、有給だって使えない」


 自分で言っていてなんだが、本当にクソみたいな職場だ。だけど、この会社を辞めたら生活ができなくなって困るのは俺だし、他の職場に就職できる見込みもある訳じゃない。


 だから、我慢をしてこれまで続けてきたのだけども……もう、これ以上はやっていけない。なので、死ぬ事で全て終わらせようとしたのだ。


「まっ、こんな事を君に言ったところで、どうにもならないけどね」


 俺が自虐的に笑って言うと、彼女は少し悲しげな表情を浮かべて俯いていた。そんな少女の様子を見て、俺は何と言っていいか分からず頭を乱雑に掻く。


「あー、その……なんというか、そういう事なんだ。というか、俺よりも君こそなにをしていたんだ?」


「ボクですか?」


 そう言いながら自分の事を指差す少女。おいおい、なんだよ。まさかのボクっ子かよ。希少価値高いな、おい。


「ボクはおさんぽしてました」


「散歩……? こんな時間に?」


「はい。こんな時間だからです。今日は月がとても綺麗だったので」


 月。月……か。そう言われて俺は自然と空を見上げる。今頃になって月が出ている事に気が付いたが、確かに綺麗だな。


 周りを見る余裕も無かったから、こんな事にも気が付かなかった。それなら彼女の行動にも納得がいく。……いくのか?


 いや、散歩をしていた事には納得はいくけども、どうしてこの場に現れたのか、その説明がつかない。


 だって、ここはうちの会社の屋上だぞ。部外者が立ち入れる場所でも無いのに、彼女はどうやってここに来たのか? そもそも、この少女は何者なのか?


 俺は疑問を頭に思い浮かべながら彼女を見る。すると彼女は、そんな俺の視線に気が付いたのか、にっこりと笑ってこう言った。


「ボクの名前はエリザです。そう呼んでくださいね」


「……え?」


「お兄さんのお名前はなんですか?」


「あ、あぁ……社だ」


「ヤシロ……なんだか素敵な響きですね。ボクは好きです」


「そ、そうか……」


 少女―――エリザの突然の発言に、思わず照れてしまう。いや、だって……ねぇ? いきなり好きとか言われたらさ。そりゃね、男なら誰だってドキッとするでしょ。うん。


「それで、その……エリザ。もう一つだけ、聞きたい事があるんだ」


「はい、なんでしょう」


「えっと、君はどうやって……ここまでやって来たんだ?」


 俺が恐る恐るそう訊ねると、エリザはきょとんとした表情を浮かべて首を傾げる。そして少し間を置いてから、彼女はこう答えた。


「それはもちろん、空を飛んできたんですよ?」


「……なんだって?」


「だから、ボクは空を飛んでここまで来たんです」


 な、なるほどー。空を飛んで来たんだねー。……って、いやいやいやいや! いくら何でもそれは無理があるでしょ!


 空を飛ぶなんて、そんなオカルト……いや、魔法的な事が可能なのはフィクションの世界だけだって。


 いくら彼女が非日常的な振る舞いをしたとしても、流石にそれはないでしょ。マジでファンタジーやメルヘンじゃあるまいし。


「あっ、その顔。信じていませんね?」


 と、俺が考えていると、それを見透かされたのか、エリザがムッとした表情でそう言ってくる。


「いや、だって……ねぇ?」


「むぅー。じゃあ、証拠を見せますよ」


「……え?」


 そう言って彼女は一歩だけ後ろに下がってから、俺に向かってこう言った。


「いきますよー」


 そしてエリザはその掛け声を合図にして、膝を軽く曲げてからその場で地面を蹴って、跳躍をする。


 勢い良く飛び上がった彼女は俺の身長の高さをゆうに超えて、数メートルの高さまで一気に上昇をした。


 まるで特撮作品でも見ている様な光景。けど、驚くのはそれだけじゃなかった。まだ終わりじゃなかったんだ。


 上昇から落下に切り替わる刹那、エリザの身体が空中にてピタリと静止したのだ。完全に重力を無視した動きだったが、その彼女の背中には―――


「つ、翼……?」


 そう、彼女の背中には一対の翼が生えていた。まるでコウモリの様な黒い翼がはためいて、彼女をゆっくりと浮遊させているのだった。


「どうですか? これで信じてもらえましたか?」


 自慢げにエリザはそう言いながら静かに降下をし、元の場所に舞い降りた。そして着地と同時に彼女の背中にあった翼が、背中に吸い込まれる様にして消える。


「あ、あぁ……信じるよ」


「良かったー。これで信じてもらえなかったら、どうしようかと思いましたよー」


 そう言って彼女は安堵のため息を一つ吐いた後で、にっこりと笑って俺を見る。けど、俺はそんな風には彼女は見られなかった。


 空を飛ぶ少女。背中から生えていた黒い翼。そして柵を越えた場所に立っていた俺を、引っ張り上げて連れ戻した力にしてもそうだ。どう考えたって彼女は人間じゃない。


「き、君は一体……なんなんだ?」


 俺は震える声で、そう訊ねる。すると彼女は少し考える素振りを見せてから、こう答えた。


「ボクは吸血鬼ですよ」


 屈託のない笑顔を浮かべて、エリザはそう言った。上がった口角の端、鋭い犬歯をちらりと覗かせながら。


「あっ、そうだ。ねえ、ヤシロ。ボクもヤシロに聞きたい事があるんだ」


「聞きたい事って……」


「ヤシロはさ、さっき死のうとしてたんでしょ?」


「あ、あぁ……」


「じゃあさ。その命、僕にちょうだい?」


「え?」


 その突然の言葉に、俺は思わず聞き返してしまう。すると、エリザはにっこりと笑いながらこう続けた。


「だって、自分の命を捨てようとしてたって事は、いらないって事だよね。だったら、ボクがもらってあげる」


「いや、えっと……」


「大丈夫だよ。悪い様にはしないからさ」


 戸惑う俺を他所に、エリザは話を続ける。その瞳をキラキラと輝かせて、口元から鋭い牙を覗かせながら。


「だから……いただきます」


「あっ……」


 死刑宣告とも思える言葉が、俺の耳へ無情にも届いてくる。それを聞き終えたのと同時に、俺は意識を手放した。


 俺はこれからどうなってしまうのか。彼女は俺をどう扱うつもりなのか。意識を失くした俺にはもう、なにも分からなかった。







続く?







――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。


 この作品はあくまで試作品となります。本編はありません。


 もし、この作品を面白い、続きを読みたいという方が多く


 いらっしゃる場合は作品を継続しようと考えてます。


 特に反響が無ければ短編小説としてこのまま終わらせます。


 ちなみにこの後の展開としては、2人のいちゃらぶシーン


 を考えていますので、皆さまのご意見お待ちしております。




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