第6話 先輩って、誰と放送するんですか?!【後編】
第一章 鶴見の告白
「ほんと…先輩好き…………。」
器具室にいる僕と三人以外の部室にいる部員たちは、皆驚いた表情でしばらく顔が硬直し、部室は一瞬で凍り付いた。
「え、マジ?!あの三人に加えて鶴見さんもあいつのこと好きなの?!」
ゴミ箱に座りながら谷口が彼女に問いかけた。まあ狭い部室に部員と同じ数のパイプ椅子が置けず、一人分だけ椅子が足りないために谷口だけ椅子代わりにゴミ箱に座っているのだ。いや座っているというよりはゴミ箱にハマっているようにしか見えないが。
「そう…です………。」
「マジかよー。後輩女子みんなあいつのこと好きになってるやん。ありえんくね?」
「ほんまやで。なんであんな基地外好きになるんやろなぁ。」
渡辺も谷口の発言に同意する。心外だなぁ。
「鶴見さん、あんな奴に恋をするのはどうかと思うが、恋に関する相談があれば恋愛マスターの谷口にお任せやな!はっはっはっは!!!」
谷口は何故か高みの見物で足と腕を組み、不細工な顔をキリッとさせてアドバイスの提案をするが、それにすぐさま渡辺が反論する。
「いや谷口お前、告白した回数多いだけで全部振られてるやんけ!こいつ下駄箱に手紙を隠さず直で入れたり、本人にいきなり付き合おうぜとか言ったり、方法が全部気持ち悪いやないかい。鶴見さん、こんなやつの言うことなんかあてにならへんで。」
「部長へ恋することを簡単に否定しないで下さい。それに谷口…先輩……。き、気持ち悪いです……。いややああああああああああ!!!!」
谷口に恐怖を感じた鶴見は涙を浮かべながら部室を飛び出して行ってしまった。
「渡辺のせいでどっかいっちまったじゃねーか。ああ、また俺に対する評価下がるじゃねーかよ!」
「いやお前に元々好感度とかねえよ!」
二人で口論になっていると、部長と放送するペアを決めるための選別テストが終わったのだろうか器具室から部長と織田たち三人が出てきた。
「はーやっと終わった終わった。ってあれ?鶴見さんは?」
部長はすぐさま鶴見がいなくなっていることに気づく。
「それがですね……。」
先程の部室での界隈を外野から見ていた野田が口を挟む。
「僕たちがテストしてる間に何かあったのか?」
「まあ、トラブルっちゃトラブルですね。私の口からは上手く説明出来ないですけど、谷口先輩が悪いのは事実です。」
「トラブルの元になった原因は谷口先輩ですよ!謝ってきてください!」
田中も野田に追随して谷口を非難する。しかしながら
「そもそもの原因は中村お前やろ。お前のせいで後輩女子が皆おかしくなってんねん。」
谷口が僕に問題を押し付けてきた。正直、最初から最後まで今何が起きているのかを把握出来てない僕からすると谷口が言っていることの意味が理解出来ない。そうしていると、谷口の言葉に対して織田がバシッと言い放った。
「さっきからの何が起きているのか状況を理解出来ないですけど、先輩のことを好きになるのは不可抗力です。部長を好きになることは個人の勝手なんですから良いじゃないですか!好きでいることの何が悪いんですか?!」
この言葉に部員たちから拍手が沸き上がる。女子たちからは『かっこいい!』や『さすが友梨佳!』、普段問題児扱いされている渡辺や今田を含む男子たちからも『愛の力による説得力ってすげえな』などといった織田に賛同する声が上がり、いつの間にか部員VS谷口のような雰囲気が形成されていた。
「とりあえず谷口。僕が鶴見をここに連れて帰るから、お前は謝罪文でも考えておけ。」
「けど部長さん、陽が今どこにいるかわかるんですか?」
「安心しろ田中。必ず鶴見を見つけてみせる。」
そう言い残して部長は校内を探し回るのであった。
第二章 きっと、必ず。
時刻は午後六時五分前。段々と日も落ちてきて明かりの付いていない廊下は暗くなり始めていた。
「鶴見が向かいそうなところ……。くっそ、これまでまともに一対一で会話したことないから全く見当がつかん。」
下駄箱、教室、保健室、階段、会議室に理科室と様々な所を探したがどこにも居ない。むしろ居る気配が無いのだ。この時点で北棟南棟の一階から三階と北棟四階までの全教室を探しているのにも関わらずだ。残すは南棟四階。けどこの階って三年生の教室と図書室くらいしか無いよな?
ガラガラガラ。三年一組のドアを開ける。
「ここもいない。」
ガラガラガラ。三年二組のドアを開ける。
「ここも。」
ガラガラガラ。最後、三年七組のドアを開ける。
「ここも。全然いねぇな……。」
三年の教室に居ないことは分かった。残すは図書室のみとなったが、ここは普段秘書の先生が鍵を持っているため、普通の一般生徒だけで利用するのは不可能である。開いているはずが無いと思いつつ、図書室へと向かいドアに手を掛けるとなんとドアが開いたのだ。
「閉め忘れか?中も電気ついていないし。」
とりあえず中に入ってみることにした。すると入ってすぐの読書コーナーの机に顔を伏せながら座る女子生徒の姿があった。あれは間違い無く鶴見だ。僕は彼女の隣の席に腰を下ろし、そっと声を掛ける。
「電気も、つけずに、どうしたんだ?なんか、悩みが、あるなら、相談に乗るぞ。」
全速力で校内を探し回ったため、貧弱な僕の体力は階段を上がるだけでも限界なのであった。そのため呼吸するので精一杯である。しかし意外にも鶴見はすぐに顔を上げて、僕の方を見ながら口を開く。
「な、なんで部長がここに……?ってかなんでここが分かったんですか……?」
「田中たちから聞いてな。何かトラブルがあって部屋を飛び出していったって。まあお前がここにいるのが分かったのは全て僕のお見通しよ。」
「先輩、嘘ですよね。めっちゃ息切らしてゼーハーいってますけど。」
無理して嘘をついたことに少し恥ずかしくなった。
「それはいいだろ!そんなことより、ホントに何があったんだ?」
『部長が好き』と言ったこと以外の出来事の経緯を鶴見は説明する。鶴見には好きな人がいて、それに興味を示した谷口が痛々しい自分の過去の恋愛トークを曝け出し、それを普段しないようなポーズで鶴見を見ながら話してきたこと、さらには相談に乗ってこようとしたことに恐怖を覚えたのだとか。
「そら怖いわな。そしてあいつゴミだな。あとで谷口には説教しておくし、彼から謝罪させるように言っておくから。」
「ありがとうございます。」
「けど一つ気になったんだが、なんでここにいるんだ?図書室は生徒だけじゃ使えないだろ。」
「実は最初ここに来るつもりは無かったんです。けどたまたま空いてて。それに図書室は、私の好きな人に関係している場所でもあるんです。だから来たら落ち着くというか、とりあえず嫌な事があったらここに来るんです。」
鶴見の心の拠り所を知った僕は、何故図書室なのかを知りたくなってしまった。
「好きな人は言わなくて構わんが、どういう経緯で図書室が君にとっての安らぎの場所へとなったのか経緯を教えてくれないか?」
「い、いいですけど…。多分面白くないですよ?」
「いいからいいから。単なる興味?」
鶴見は顔をやや赤くして承諾する。何故赤くなっているのかは分からない。多分夕日が彼女の顔に照らされているだけであろう。
「あれは福岡に引っ越して来る前、千葉県に居た時。小学三年生の頃の話です。当時の私は内気な性格で、さらに家庭も転勤族なせいで幼馴染も友達もまともに出来なくて、休み時間や放課後はずっと図書室で本を読んでいたんです。」
「鶴見の家庭も転勤族だったのか。ってか僕もそれくらいのとき千葉に居たわ。うちも転勤族でさ、幼馴染とか友達もそんなに居なかったから気持ち少し分かるよ。」
「ですよね。」
「だよなー。それで?」
「えっーと、それでいつも私が一人で居るので、友達が居ないことをクラスの男子たちから馬鹿にされてて、いじめを受けてたんです。けどある日、いつものように放課後図書室で本を探していたら後ろの棚が倒れて来て『やばい怪我する』とか思っていたら、一人の男の子が庇ってくれて、棚が私に当たるのを防いだんです。その男の子自身は倒れてきた本棚を受け止めたから凄く身体が痛いはずなのに『怪我ない?大丈夫?』とか私のことばかり心配してきて…。」
「本棚がいきなり倒れてくるとかあるか?地震でも無い時に。」
「その原因なんですけど、いじめっ子がわざと私に当たるように倒してきたと担任の先生から後で聞きました。」
「酷いやつらもいるもんだね。とりあえずその時鶴見に怪我は無かったみたいで良かった。」
「そうなんですけど、庇ってくれた男の子は身体の複数箇所を怪我したにも関わらず、ボロボロの身体で、その場でいじめっ子たちに叱ってくれたんです。おかげでその騒動の翌日から私へのいじめはぱったりと無くなって友達も少しだけ出来たのを覚えてます。」
「英雄じゃん。男の僕でも惚れるぞ。」
「ですよね。その一件で私も惚れましたし、それが私の初恋なんだと思います。けどその男の子、病院を退院したあとすぐに家庭の都合で引っ越ししてしまったそうで、礼を言えずじまいなんですよ。お見舞いも行こうとしたんですけど、本人が嫌がったみたいで、病院も分からず…。」
「それで、礼を言えないままお互いに引っ越ししてしまって今に至ると。」
「ですね。けど、私が小学五年生の時に千葉から引っ越す時に当時に担任の先生から、その時助けてくれた男の子が一つ上の六年生であることと私と同じ福岡県に引っ越ししていることを教えてくれて、ついでに名前まで教えてくれたんです。私も福岡に引っ越しが決まってたのでもしかしたら会えるかもねーって。」
「『中村拓斗』だろ?」
僕の発言に鶴見は非常に驚いた様子で、勢いよくその場で立ち上がる。
「せ、先輩……。最初っから知ってて聞いてたんですか……?!」
彼女の顔面は図書室の窓から差し込む夕日でより赤面し、表情は太陽のように明るい笑顔になった。
「だって僕が千葉に居たことあるって言ったとき『ですよね。』って返答したじゃん。それに見ろこの僕の濃い右腕の傷、こんなん忘れられるわけないだろ。」
「ま、まずはあの時助けてくれて、救ってくれてありがとうございました。」
鶴見は深々と頭を下げて礼を言ってきた。
「良いってことよ。それにこうして再び出会えてることは奇跡みたいなもんだしな。」
「本当に奇跡ですよ。中学入ったら年上で知ってる人がいてビックリしましたもん。あの時から全然変わって無くて。でもあの時助けた女の子が私ってこといつ気づいたんですか?」
「いつだろうな。けど鶴見が体験入部来たときかな。なんか似てる人来たなとか今日までずっと思ってたけどこの話を聞いてやっと確信になったわ。」
「でも私当時と比べて容姿結構変わってますよ?メガネ外したし、少し痩せたし。」
「うーんと、顔かな。その可愛い顔自体はそんなに変わってる気しないけどな。」
「んな……!先輩って平気でそういうことすぐ言いますよね。だからみんな先輩のこと好きになるんですよ。」
「誰でもこれくらい言うだろ。お前らが単に簡単に恋に落ちすぎなんだよ。」
「そんなこと言わないでください…。ってかなんで私の顔なんか覚えてたんですか?こんな地味で冴えない女の顔なんか。」
「お前舐めんなよ?週五であの図書室通い詰めてたからな。そりゃいつもいる人くらい把握するだろ。」
「なんですか?先輩も友達居なかった系ですか?」
「一緒にすんな。それに鶴見のことを少しか、かわいいって当時から思ってたからな…。そんな子を助けたいって思うのは当然のことだろ。」
「……!」
ただでさえ笑顔な鶴見はさらに微笑み、その場で飛び跳ねる。
「あとはその、本を読んでる時に図書室で騒がれるのは邪魔だったからな。そんだけの理由。」
「えへへへへ。はんとにあんがほーございやす。(本当にありがとうございます)」
「おーいぶっ壊れてるぞ。戻ってこーい。」
ハッと意識が戻ったかのように、丁寧な口調で
「そんなことより部長様。」
先程までの笑顔を完全にかき消し、急に真面目モードへと切り替える。
「私、先輩の事が好きでした!私と付き合って下さい!」
再び頭を下げ、右手を僕の元へ差し出す。
「ああ知ってるぞ。けどな鶴見、僕は今はそれには応えられない。」
「ですよねー。友梨佳も同じこと言われたって聞きました。」
「あいつ普通に他の部員に話してんのかよ…。」
「まあ部長さん、いつかは返答を聞かせてくださいね!」
「ああ。きっと、必ず。」
こうして僕たちは図書室を離れ、部室へと戻る。
「あーー!部長さん遅いですよ!」
「すまんな織田も。皆も。鶴見探すのに手間取っちゃって。」
嘘だけどな。すると部室の奥から鶴見の元へと谷口が走って行く。
「鶴見さん!さっきはすまなかった。本当にごめん。」
「谷口先輩、もう大丈夫です。ただ、あんなこともうしないで下さいね?」
「肝に銘じておきます。」
とりあえず谷口の謝罪をもって今日も一件落着。時刻は午後六時四五分。完全下校まであと十五分となっていた。
「じゃあ無事解決ということで、みんな身支度して帰ろっか。」
「はい!」
部員たちは元気よく帰宅準備を開始する。外はもう日が落ちている。
「そういえば部長さん、合唱コンクールの先輩のクラスの放送担当テストの件ですが、陽とペアにするのは結局友梨佳、私、美玖のうちの誰なんですか?」
松本が尋ねてきたが、そういや今日テストやったな。鶴見の件がデカすぎて完全に忘れていたが、自分の中ではもうとっくに答えは出ている。
「えっと、普通に織田にお願いしようかなと…。」
織田はガッツポーズで大はしゃぎ。それ以外の二人は僕を睨みつける。
「なんでなんですか!!!」
「ですです。理由知りたいです。」
「いやシンプルに一番アナウンス上手かったから。」
その僕の答えに二人は落ち込んだ様子だったが、こればっかりは仕方無い。当日は僕のために放送するのではなく、会場にいる人たち全員にしっかりと上手く伝えることが最優先なのだから。
「それじゃ次の部活から合唱コンクールのアナウンス担当になってる人は練習を、それ以外の人はまた別途指示する。それじゃ今日は解散!」
第7話へ続く。
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