——どうして有矢は光っているのだろう。理由はわからないが、この状態の有矢はダメージを与えても再生する。理屈がわからない以上、対策は不可能。なら、再生能力者のお決まりの倒し方である、一撃で吹き飛ばすか、あるいはどこかに封じ込めるかの二択が私の勝ち筋だろう。

 そして、私の黒色が無効化されたこと。これは神と戦った時にも似たような現象が起きている。

 あの時の神の言葉。「僕には見える」——見える、見ることが何かこの能力に関係している。その見るという行為は有矢にもできる。

 ——推測。この黒色の能力は世界を塗り替える能力ではなく、観測を防ぐ能力なのではないか。観測不可能の黒色、それを第六感の超常的な勘で観測し、その空間の現実を自分一人のものにする、といったところか。

 だが、その能力は観測する人間が一人だという前提があってのものだ。なら、あの神の瞳や私と同じ第六感なら、この能力自体を無効化することができる。


「——意味はないよ」


 冷たい言葉と同時に、何かが全身を包む。

 空気、地面、否、世界そのものが書き換えられたかのような感覚。それは一瞬遅れて実体を伴った感覚となる。

 体が重い。何かが鈍く、泥に呑まれたかのような。そう、あの村で過ごしていた、何の力も持たないでいた頃のような。


「仮想、小地球。——地球を演算機代わりにして、架空の地球史を演算し、投影する。ここは第六感が存在しない世界。俺たちはただの人間だ」


 有矢は構えておきながら、あくまで暴力は振るわないつもりか。

 確かに、私の力は全く使えない。だが、それは有矢も同じこと――。

 地面を一歩ずつ蹴り、拳を振り上げる。

 打ち込んだ拳。今までからすれば話にならないような速度。だが、今の私には十分早く見える。

 拳は有矢の手のひらに受け止められる。

 五十センチの距離、私は囁く。


「これじゃ手加減できないよ、ねえ――!」


 左手をポケットから抜く。その手に握られているナイフは空を切り裂き、有矢の喉元へと迫る。

 

「こっちのセリフだ、素手でも俺の方が強い!」


 ナイフを握った腕を掴まれ、引かれる。宙に浮く体、私は背負い投げのように投げられた。

 考えれば、わざわざ素手で殴り合わなくても、有矢はあのままで私を完封できたはずだ。だが、そうしなかった。絶望感を与えるためというなら別だが、そうでないなら私が有矢を倒す何らかの手段を私が持っている、そう考えることもできる。

 頭を回せ。そして体を動かして、この世界を元に戻さざるを得ない状況まで有矢を追い詰める。


「っ――」


 一瞬遅れを取ったが、素手とナイフだ。当然私が優勢。

 だが、致命打は与えていたい。あと一歩、何か――。

 

「——有矢」


 足を止める。俯いて、細い声を出す。


「幸せの基準が人それぞれだとして、それを外から判断することができないとして、私たちはどうやって他人を助ければいいのかな」

「今する話か? それ」

「私たちは貧しい人を無条件で憐れむけれど、そのあ――」


 言葉の途中で、私は動き出す。

 右手にはナイフ、距離は数メートル。

 本当にどうしようもない、馬鹿みたいな不意打ち。だが、今の有矢にとっては、それへの反応すら至難の物となる。

 

「——舐めるな!」


 叫びと共に、有矢はナイフへと突っ込んだ。

 私と刺し違えるように、有矢の手は私の首を掴む。

 押さえつけられた喉、食い込む親指。何度もナイフを腹に突き立てる。

 どれだけ経っただろう、私の首にかかっていた力が抜けていく。

 思わずその場に崩れ落ちてしまう。喉を触り、空気の味を何度も確かめる。

 ——そして、世界が書き換わる。


「戻った――」


 全身に力が漲る。


「……死ぬかと思った」


 正面から有矢の声。腹にできた無数の刺し傷は謎の光によって塞がれている。


「——こっちのセリフ」


 お互い様だ。喧嘩はこれぐらいがいい。


「でも、ようやくやる気になった?」

「初めからやる気だよ」

「そう? でも、もう終わり」


 既に決着はついた。

 ——私の黒色は観測不可能の領域。それを超常的な力で観測することで現実を捻じ曲げる。だが、その超常的な力が重複したことで意味をなくしていた。しかし、例え観測できる手段を持っていたとしても、観測しようとしなければ何の意味もない。

 黒色を発生させる。

 具体的には有矢の視覚的に見えない場所、つまりは私の体内だ。

 黒色、私だけが知っている場所。第六感で感じた通りに、その世界は塗り替わる――。


「このままだと、全部——」


 黒い塊、空中に浮いた穴。それは極限まで質量を押し込んだ、最も高密度な天体。——ブラックホールが、私の内臓と入れ替わって現れた。


「地球ごと消える」


 同時に私は全方位に黒色を伸ばす。これを有矢は阻止できない。阻止してしまえば、地球ごと消えてしまうから。

 巨大な重力、光すら抜け出せない黒色、コンマゼロ秒以下の一瞬で、私たちの体は粉々になった。

 そして、世界は塗り替わる。私の認識した、思い通りの世界に。


「——私の勝ち、だね」


 元に戻った世界。ダークブルーの空の下、石畳の上に有矢が寝転がっている。

 立っているのは私だ。私の意思次第で有矢を消滅させることもできた。


「まあ……うん、負けた」


 不服そうに有矢は言う。

 まあ、それも当然か、ちょっと汚い勝ち方だったし。

 だけど、勝ちは勝ちだ。ようやく伝えたいことを、有矢に伝えられる。

 有矢の顔を見る。やつれた顔、初めて会った時より少し大人になった顔。


「ありがとう、有矢。——私はもう、大丈夫」


 やっと、自信を持って言えた。

 これでようやく、私たちは対等だ。


「……そっか、——六花さん、俺」


 有矢の口を手で塞ぐ。この後何を言われるか、わかってしまったから。

 

「それはもうちょっと後」


 たぶん、あと一年半ぐらい。


「——さ、帰ろ」


 手を引いて、有矢を立たせる。

 夜空の無数の星と、地上に広がる無限の光。初めてここに来た時と同じように、この街は綺麗だった。




   ◇




 夜空の無数の星と、地上に広がる無数の光。十数年過ごした自分の街。


「——え、え?」


 なんというか、とんでもないことになっていた。

 駅前には地下がある。それなりに広い方だと思っているが、それがすべて崩落していた。


「これって……」

「指示したのは充輝ちゃん、実行したのは里桜ちゃんと宗二くん」


 ——やっぱりお前らだ。

 俺は何も言ってないのに、即座に仲間に責任を押し付けた最低女。この感じも少し懐かしい。


「——黒色で直せる? これ」

「理論上は直せるけど……詳細がわからないから」

「あー……」

「九条さーん。人避けって、まだ効いてます?」

『ああ、うん』


 生返事だけど返事は帰って来た。この人多分飽きてる。


「——全員集めたから、直していこ」


 六花さんが携帯で連絡を入れてから数分後、全員が崩落した駅地下へと集まった。


「お帰り、有矢」


 なぜか泣きそうな顔をして、充輝がこちらへ駆け寄る。


「……ただいま」


 徹夜の作業の末、夜が明けた。

 昇る太陽を見て、大きく息を吐く。

 結局、俺がしたかったことは一つだった。余計な理由も、大儀も、あの時の俺には必要だった。だからこそ、あの意味の無い問に答えよう。他人を助けるのは、誰かの身勝手だ。

 気持ちに区切りがついて、なんだか終わりのような気がするけど、きっと、これからだ。まずは家に帰って、気が済むまで泣いてみようと思う。




                       /第六感の世界(後)・了

 

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