1
四月三日、有矢との繋がりが切れた。
何の断りもなく、朝の挨拶すらせずに、有矢はどこかに消えてしまった。
勘を働かせて有矢を探す。その場所は遠く、遥か彼方。門の向こう側。曖昧なことしかわからない。
だけど、それで十分だ。私は立ち上がった。
場所はどこかの寺、警備のような人たちもたくさんいたが、全員気絶させておいた。門も鍵も壊して、先へと進む。
「あれ……君、……」
「ねえ、六埼有矢って人、知らない?」
勘が示した場所には、一人の少年、いや、少女か、中性的な子供が立っていた。
「知らないけど……、もしかして、君、第六感?」
「そうだけど」
子供は飄々とした態度で話す。静かな寺に響くのは、木々のざわめき。
「そっか、じゃあ、ここは通せないな」
「——あなたを倒せば、どこかに行けるの?」
「おっと」
わざとらしく、子供は口を塞ぐ。挑発のつもりなら乗ってやろう。
「なら、どいてもらうよ」
「まさか、本物の第六感と手合わせできるなんてね」
左手から、黒色を放つ。世界を上書きする黒色は、子供の方へと影を伸ばす。
「僕には、見える」
「え――」
黒色が、変化しない。いくら念じようとも、いくら詳細に世界を感じ取っても。それどころか、黒色が色を薄めていく。
「其れ清陽なるものは、薄靡きて天と為なり、重く濁れるものは淹滞ゐて地と為る」
何かの引用だろうか、どこかで聞いたことのあるような気がするけれど、意味はいまいちわからない。
「そして清らかなものが天となり、重く濁ったものが土になった。——日本書紀だよ」
「だから何?」
「これだから若者は、無学だね。天地が別れたら、次に神が生まれるんだ」
「——神、ね」
「呼んだかい⁉」
神様、そう聞くとどうしてもあの村を思い出す。すこし嫌な思い出。じゃあ、尚更こいつはぶっ飛ばさなくちゃ。
「ねえ、神って、死ぬの?」
「さあ。僕は経験したことがないからね」
「浅学だね。生き物は死ぬんだよ」
踵を力一杯地面に叩きつける。砕けて、宙を舞う石畳。突き出した拳、巻き起こる風はそれらをすべて攫い、自称神へと迫る。
「一緒の枠組みに居ると思ってるのか?」
神は片手で飛来する瓦礫を軽くいなす。開けた視界。だが、私はそこに居ない。
背後、死角。ガラ空きの背中に、拳を叩き込む――。
「見えてるよぉ! 神だから!」
神は叫び、飛び上がる。まるで背中、否、全身に目が付いているかのような、異常な反応。
そして、身体能力も私と同格。
「で、それだけ――?」
「まさか、まだまだ!」
神が、加速する。嵐のように荒々しい攻撃の嵐。
反射で体を動かす。脳を介している余裕はない。
「——」
は――?
世界が、書き換わる。
風景も、音も、変わらない。目の前の少年の動きにも変化はない。だが、確実に変わっている。それは世界、この場の法則そのものが歪められたような――。
「撤退だ、来い!」
声、九条さんの声。
九条さんはこういう場では信頼できる。信じるべきか。ここは――。
撤退だ。声の方向には扉のようなものが浮かび上がっていて、そこから九条さんが顔を出している。
「逃がすかよぉ! へ――?」
神の動きが遅い。これなら一直線に走るだけで振り切れる。
「お待たせ!」
私が飛び込むと同時に、扉が閉まる。
「いえ、今来たところですよ」
勢いよく突入した扉の先は、見慣れた部屋に繋がっていた。なんだか待ち合わせをしていたカップルのようなことを言っている人が居たが、その人の顔を認識するよりも早く、私は窓を突き破った。
「わぁ!」
勢いよく飛び込みすぎた。私は急に止まれない。結局、隣の家の壁も破壊してしまったが、黒色を使って直しておいたのでセーフ。
「ただいまー」
帰って来たのはいつもの何でも屋。室内には那古野さんと九条さんの大人二人組だけだが、表情は正反対。一人は今起こされたような寝ぼけた顔をしていて、もう一人は息を切らしながら膝に手を当てている。もう一人ここの住人が居るはずだが、彼女はどこに行ったのだろう。
「で、なんでこんな騒がしいことになってるんですか」
那古野さんは魔法使いを相手するときは露骨に刺のある態度を出す。
「こっちがそう聞きたい――」
今度は私の方に視線が集まる。これは、私が悪いのでしょうか……。どう考えても私が悪い。
「有矢を追っかけてて――、で、あの自称神様をを倒せば行けるらしいから」
すごく大きなため息をつかれた。しかも、両方に。
「あれは御社殿の本部ですよ。そこに行ったんだとしたら、何か交渉でもしに行ったんだと思いますけど」
「それに、神って言うのもおそらく本物だろう。原初、どんな集落にもそれぞれ神は居たんだ。だが、社会が発展するにつれそれらは混ざり、廃れ、消えていった。だが、ごく一部の古い組織にはそれが残っている場合がある。それらは完全な顕界をするなら人の姿に固定される。それがあの姿。——まあ、人の姿を取らなきゃいけない分出力は制限されるが、それでも過剰なほどの戦力だ。丁重に迎えられたらしいよ、有矢くんは」
御社殿、日本の魔法使いを纏める組織。私たちの力が本当に地球規模のものなら、そこと何らかの約定を結ぶ必要があるのだろう。
「で、それに喧嘩売っちゃったと」
「暴力はいけませんよ」
那古野さんにだけは言われたくないが、確かに浅慮だった。
「じゃあ、どうしよう」
「ほとぼりが冷めるまで……、有矢くんがうまくやってくれることを祈るしかない」
それから何度も釘を刺され、今日は解散という運びになった。
ビルに見下ろされながら歩く。ここに来てから十か月ぐらい、ようやくここでの暮らしも様になってきたように思える。
まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった。だって、諦めていたから。自分の人生を知っていたから。
それを、有矢は――。
どうやって、あそこから連れ出した?
意図的に目を逸らしていた問。私の直感が告げる。
碌なものじゃない、引き返せ。
だけど、私は――。
有矢がどこかおかしくなっているのはわかっていた。わかっていて、私は普通に接した。それが一番だと思っていたから。
だから、私は――。
何一つ、有矢に返せてない。
地面を蹴る。ひたすら、走る。勘に従い、あの村に戻る。
見たくない。視界が揺らぐ。胃液の味がする。
木々が姿を消し、いくつかの建物が見える。見慣れた景色、その中央、否、否。村中の至る所、地面という地面が膨れている。
不自然に盛り上がった地面。その上に突き刺さった木の枝。勘を働かせるまでもない。それはまるで、墓のようで、おそらくこの中には――。
「おーい! 誰か――!」
声を張り上げる。返事はない。少なからず人が住んでいたはずの村は、今では人っ子一人見当たらない。
さっきの九条さんの話を思い出す。
——原初、どんな集落にも神は居たんだ。
——神を倒すには信者をゼロにするというやり方がメジャーだが、今回の場合それも難しそうだ。——が、あれは人の形を取っているから……。
私はあの日、二人で逃げ出そうとした夜。知らない大人について歩いたあの夜、得体のしれない強大な何かを見たような気がする。
それは、おそらく――。
「——そっか」
ああ、返すとか、返さないとかじゃない。
まだ有矢は背負ったまんまだ。まだ私は背負われたままだ。
まずはゼロに戻さないと。返すのは、それからだ。
だから、そのために、一秒でも早く――。
「御社殿に乗り込む――。ごめん、助けて!」
何でも屋に集まるいつものみんな。
里桜ちゃん。宗二くん。充輝ちゃん。紗幸さん。九条さん。那古野さん(不在)、都ちゃん(不在)。
そう、私には友達が居る。困ったときには頼ればいい。有矢はきっと、そんなこともわかってない。
目的は一つ。有矢に伝えたいことがある。
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