「あ……那古野さん、今、大丈夫ですか」


 翌朝、俺は那古野さんに電話をかけていた。


「あ、はい。なんですか」


 昨日の夜見たものが真実だとするなら、この街はずいぶんと物騒になってしまったみたいだ。しかも、その物騒なところに六花さんが首を突っ込んでいる。

 俺が常についていれればいいのだが、そうはいかない。少し遠くで見守るにしろ、近くで守ってくれる人も必要だ。真澄さんだけでは少し不安でもある。


「仕事、どんな感じですか?」

「順調です。後は向こうの仕事を待つだけですよ」

「じゃあ、もう一つ、頼んでもいいですか」

「——はい」


 明るい声色から一転、硬く引き締まった声色がスピーカー越しに聞こえて来る。


「護衛を頼みたいんですけど」

「……私、強そうに見えますか」

「強いですよ」


 これは俺の勘だ。


「——わかりました。代金は前の依頼と同額でお願いします」




   ・・・



 まだ不安だ。だが、あれと戦えるような知人はもういない。

 ——いや、もう一人いる。得体のしれない人ではあるが、頼ってみるのもありだろう。


 意識を集中して、勘を働かせる。あの村で出会ったあいつは――。


「あなたが、九条さん?」


 あの村で出会った九条と名乗る謎の人物は、街外れの山の中にある寂れた神社に一人佇んでいた。


「ああ、——そうだよ」


 声色は違うが、喋り方は村で出会ったあいつと全く同じ。

 ウェーブのかかった黒髪と髭がよく似合う外国人。それが九条さんの正体だった。


「で、何か知りたいことでもあるのか?」

「いや、そうじゃなくて……」


 九条さんに事の経緯を説明した。


「で、俺に護衛をと……。別に、要らないだろ。街の吸血鬼って、ステージⅢがいいところだろう。それじゃどうやっても殺せないよ」

「——」

「断ったら?」

「…………。俺は、あなたを、殺します」


 九条さんはそれを聞くと、大袈裟にため息をついた。


「それって、めちゃくちゃに暴れるって意味だろ? この土地はエーテルの流れが良い。あまり壊されると困る」

「じゃあ――」

「でも、俺にあまり期待しないでくれよ」

「ありがとうございます」

「やめろよ。第六感に頭を下げられても困る。もっとふんぞり返ってくれ」


 九条さんは手をひらひらと振って背中を向ける。


「もう少し、いいですか?」

「俺は暇だよ」

「——吸血鬼って、何なんですか」


 なんだか当たり前のように受け入れていたが、吸血鬼が実在するなんて、ひと月前なら絶対に信じなかっただろう。


「吸血鬼は魔法の一種。テクスチャを完全に張り付けた変異型。後はパブリックイメージどうり。人の血を吸って、日光や十字架に弱い」

「テクスチャ――?」

「世界のルールだ。物理や数学だとか、そんな当たり前のルールが通常のテクスチャ。それを剝がして別のルールを張り付ける。それが魔法」

「俺も、そんなのですか」

「そんなのって言うなよ。——まあ、君は多少例外的ではあるが、おおむねその通りだ」


 九条さんは煙草に火を付ける。既に二本目だった。


「じゃあ、最後に。——俺たちの力を戻すことって、できますか」


 元々、第六感の力は俺と六花さんで半分ずつ受け継いでいたらしい。が、あの儀式によって俺に多く力が集まっている。その儀式によって六花さんの体が動かなくなったのが問題だ。


「あの儀式を逆行させるという点なら、不可能だ。——そもそも、あの村のテクスチャはあの村でしか使えない。あの村は既に存在しない」

「そうですか――」

「だが、別のアプローチでなら可能だ」


 九条さんは口元を斜めにして、何やら語り始めた。ずいぶん楽しそうに見える。


「あの村では第六感の本来魂に宿るはずの能力を受け渡すために身体機能を器にしていた。見立てってやつだ。これはほかのテクスチャでも似たようなことをしているケースは多い。能力の受け渡しについては問題ない。要は身体機能をどうやって移すかという話だが、ここは日本の土地に根付いたテクスチャを使えばいい。呪い、あるいは呪術、人柱、忌み子。そのあたりの理屈を使えばいいだろう。準備にはある程度時間はかかるが、伝手をたどればすぐ終わる」

「要は、少し準備はいるけどできるってことですね?」

「そうなるな」


 九条さんの話はいまいちピンとこないが、大枠は理解できたので問題ないだろう。


「では、いろいろと、頼みます」


 小さく頭を下げると、俺は小さな神社を後にした。




   ・・・




「里桜ちゃん、ほんとにそう言ってたの?」

「ああ――。信じれないかもしれないけど。俺も、何かしてやりたいんだ」


 悔しそうに、宗二は歯噛みをする。

 昨日と同じハンバーガー屋に呼び出された俺と光葵は、宗二から昨日増見さんと出会ったことと、そこで起きた出来事について聞かされた。


「俺は信じる」

「有矢——」


 これはチャンスかもしれない。六花さんたちもこの件を追っているっというなら、それとなく合流すればいい。護衛にはついてもらったが、俺が直接そばに居るのが一番安全だ。


「その吸血鬼を、俺たちで追う。——どう? 宗二」

「ああ。戦えはしなくても、偵察ぐらいならできるもんな。——よし!」

「えっ……。じゃあ、私も」


 二人の合意はとれた。後はどうやって六花さん一行と合流しようか。


「じゃあ、今夜、また」




   ◇




 あっという間に夜が来た。

 深夜に出歩いたせいか朝は起きれなかったが、昼からは有矢も帰ってきて、それからは二人で買い物をした。

 街には数えきれないほどのお店があって、いくら時間があっても足りそうにない。スマートフォンも買ったが、使いこなせるのはまだまだ先になりそうだ。


「有矢、昨日私のこと追っかけてたでしょ」


 ホテルの部屋を出る前、ぼんやりと窓の外を眺めている有矢に話しかける。


「……何のこと?」


 有矢は一切表情を変えずに答える。そんな嘘は通用しないことは有矢自身もわかっているはずだ。

 

「ありがと、有矢」


 隠れてではなく、堂々と部屋を出て行く。


「行ってきます。有矢も、気を付けて」


 夜の街にくりだす。暗闇の下は昼のように明るくて、星空の中を歩いているかのように思えてくる。何度見ても、心の踊る景色だ。


「あの……。六埼六花さん、ですか」


 背後から声をかけられる。黒いスーツに身を包んだ眼鏡をかけた女性。背は私よりも高く、雰囲気は大人だが、顔つきは少し幼く見える。

 

「あ……何でも屋の、——那古野さん」


 この人には見覚えがあった。何でも屋に有矢を迎えに行ったときに出会った人。


「お仕事で、何かあったんですか? 有矢なら……」

「いえいえ、仕事なんですが、有矢さんとは関係ないんです」


 両手を挙げて首を横に振る那古野さん。直感で何か嘘をついているのはわかるが、どこが嘘かはわからない。


「吸血鬼。……噂のあれです。何とかしてくれって頼まれちゃったんですけど、どうも手詰まりで……」

「それで、私たちに」

「一緒に協力出来たら……ありがたいんですけど」


 言って、那古野さんは私の背後に視線を向ける。


「あ、里桜ちゃん」


 那古野さんは里桜ちゃん相手にも、同様に事情を伝えた。


「協力……。私たちのメリットは?」


 里桜ちゃんがそう問いかけると、那古野さんはおもむろに眼鏡をずらして、裸眼を露出させた。


「——戦えます」


 眼鏡を戻すと同時に、那古野さんが里桜ちゃんの眼前に現れる。音もなく、目で捉えることもできない。——瞬間移動。そうとしか言い表すことのできない現象だった。


「まさか、二人であれに勝つ気ではありませんでしたよね?」

「そう、ね……」


 でも、今追っている吸血鬼は里桜ちゃんが吸血鬼にしてしまった人。だったら、里桜ちゃん一人でも勝てるのでは。

 私がそう訝しんでいると、那古野さんが説明を加えてくれた。


「明らかに栄養不足です。——死にますよ」

「別に、私の勝手だよ」


 里桜ちゃんはばつの悪そうな顔をして、突き放すように答える。

 ——でも、そんなのだめだ。


「手伝ってもらおうよ」


 私がそう言うと、里桜ちゃんの目が怯えるように伏せられた。


「里桜ちゃんがあまり多くの人を巻き込みたくないことはわかるよ。——だけど、里桜ちゃんが誰かを思うように、私も里桜ちゃんのことを思っている」


 まだ出会ってちょっとしかたってないけれど、彼女は私が街に来てから、初めてできた友達だから。


「ねえ、なんで私を誘ってくれたの?」

「……」

「みんなとなら、怖くないよ」


 言いたいことは全部言った。

 里桜ちゃんは私から顔を背けている。だけど、それは私を拒絶しているわけではないことは、はっきりとわかった。


「——よろしく」


 ゆっくりと差し出された里桜ちゃんの手を那古野さんが優しく握る。私も手を出して、二人の手の上に重ねる。


「三人で、頑張ろう!」


 

  ・・・



 そこからは昨日と同様に私の勘を使って吸血鬼を探しに行くことにした。


「こっち。——大きい」


 私の勘はこの先の廃工場にかつてないほど巨大な気配を感じ取っている。


「この中ね……」

「吸血鬼がたくさん死んで、灰工場ですね。」

「え……?」

「——廃工場」


 那古野さんが妙なことを言って一人で笑っている。大丈夫なのだろうか、この人は。

 街外れ、長く伸びた草をかき分け、錆びた扉をこじ開けた先の何もない暗闇。この中の気配は――。


「違う。まずい、何か、まずい」

「へ――」


 右斜め後ろ、正面、左、真上、左斜め前。危険を知らせる勘が一斉に警笛を鳴らす。感じて、理解して、行動する。コンマ数秒の猶予は、右腕だけしか動かない私には短すぎる。


「六花ちゃん!」


 体が浮く。車いすから担ぎ上げられ、背後へと大きく跳ぶ。

 

「夜目は利くからね」


 私を抱えた里桜ちゃんが着地すると同時に、切れかけの電球に明かりが灯る。那古野さんはいつの間にか逆方向の入り口付近まで移動して、スイッチを操作していた。

 灯りに照らされて浮かび上がったのは、赤黒い怪物だった。


「昨日と同じ……。あの子の作った人形」


 人形の冒涜的な赤色の体はいびつに歪み、手足を槍のように伸ばす。

 里桜ちゃんは私を背負ったままそれを躱し、伸ばされた手足を横から殴る。


「っ――。硬い!」


 鈍い音をたてて拳が弾かれる。血でできた体には傷一つついていない。

 一瞬、里桜の動きが鈍る。血の人形はそれを見逃さない。

 正面から迫る血の槍。心臓を穿つための一直線。阻まれることはないだろうという慢心。


「なめるな――!」


 唯一動く右腕を振りかぶり、力いっぱい突き出す。

 空間が破裂したかのような凄まじい衝撃と音。私と、私を抱えていた里桜ちゃんは反動で背後に吹き飛ぶ。

 天井の電球が割れ、再び廃工場の中は暗闇に包まれる。

 だが、完全な暗闇にはなっていない。私が拳を突き出した方向の壁が砕け、そこから月明かりが覗いていたからだ。


「いたぁ……」


 自分の真下から声が聞こえる。柔らかくて、暖かい――。


「あ、里桜ちゃん! ごめん!」


 里桜ちゃんの上から降りる。コンクリートは冷たい。なんだか少し名残惜しい気分だ。


「すごいですね。……私、要らないじゃないですか」


 ここにはいない誰かに向けてといったふうに那古野さんは話す。


「那古野さん、ごめんなさい、私……」


 私は何も考えずに拳を振るったが、その破壊力は昨日見て知っていた。それに那古野さんが巻き込まれる可能性もあったわけだ。


「みんな生きてるなら、それでいいですよ。私は平気です」


 那古野さんは薄い笑みを浮かべる。大人の余裕というものだろうか。

 ——気配が。

 消えた? 一瞬背後に現れた気配が即座に消え去った。


「里桜!」


 男の人の声。二人の少年と一人の少女が工場に駆け込んでくる。


「宗二……光葵まで」


 先頭にたって飛び込んできた少年が宗二、後ろの少女は光葵という名前らしい。一番後ろに居るのは私の良く知った弟、有矢だ。


「俺たちも吸血鬼を追って来たんだけど。……いろいろと、終わってるみたい?」


 静寂を破ったのは有矢だった。とても白々しい。


「宗二。私、ちゃんと話したよね」

「あんなの聞いて、ほっとけるわけないだろ――」


 動揺した様子の里桜ちゃんは小さくため息をつくと、吹っ切れたようにいつもの調子に戻った。


「死んでも知らないからね。——後ろの二人も!」

「え、うん」


 光葵さんは何もわからないまま頷いたような感じだった。


「もうかなり追い詰めてる。決着は明日よ」


 里桜ちゃんは工場中に響くような声で高らかにそう宣言した。


 




 




 




 


 


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