第10話 特製手作り弁当
週が明け、今日からまた仕事が始まると思うと気合が入る。
先輩文官から、二週目からは仕事の内容が少しステップアップするだろうと聞いていたので、俺は少しでも役に立てるようにと張り切っていた。
(いや、本当は俺の働きっぷりの噂を聞いたアックスに文官棟に来てもらうのが目的なんだけど)
「失礼します」
シバの執務室に入り頭を下げ、朝の挨拶をして扉を閉めた。
「マニエラ、茶を頼めるか」
「はい」
(これからは朝のお茶入れが定番になるのかな)
もしかしたら、新人のお茶入れはここでの通過儀礼なのかもしれない。最初は疑問に思っていたが、今日で六回目となれば慣れたもので、俺は茶器を手早く温める。
「ゆっくり休めたか?」
思いがけず後ろから話しかけられ、それに驚きつつも「はい」と答えた。
無口な上司がせっかく話しかけてくれたのだ。俺は話を続けようと、父と街に出掛けたことを伝える。
「――そして、父が頼んだミックスジュースを飲んでみたんですが、すっごく美味しかったんです」
「そうか」
声が少し優しい気がする。初めて会った時の突き放した感じではなく、なんというか柔らかい声なのだ。
(やっぱり、この前の歓迎会と2人きりの食事で少し打ち解けれたのかな)
この変化を嬉しく思いながら、お茶をカップに注いだ。
「はい。今日はそのままのお味です」
特に希望が無かったので、ストレートの紅茶を出す。シバはそれを受け取ると「ありがとう」と言った。しかし、仕事の話をする様子がない。
(黙ってどうしたんだろ……あ、これを渡さなきゃ!)
お茶に口を付け出したシバに背を向けて、ポット近くに置いた袋から目当ての物を取り出す。
「あの、これ良かったらどうぞ。お弁当です」
「……」
シバは、俺が持っている布に包まれた弁当箱をじっと見ている。
(待てよ……男の手作り弁当なんて、気色悪いかも)
自分がゲームの主人公の立場であり、男だということをあまり気にしていなかったせいか、普段ならしないであろう行動を取っていることに気付いた。
(女の子ならまだしも、俺の弁当って……ていうか、シバってグルメみたいだし、そもそも口に合わないんじゃ……)
差し出してから、急に不安になった。俺は弁当を持っている手を少しずつ後ろに引き、背中に隠す。
「あの、すみません。気持ち悪いですよね」
「……」
「この間のお礼のつもりで……。その、別の物を考えますので忘れてくださ、」
「ありがたく頂こう」
シバは低い声で言う。その声は真剣だが、俺に気を遣っているのではないかと不安になる。
「いえ! これはやっぱり駄目です。お店でお昼をごちそうさせて下さい」
「これを貰う」
慌てて駄目だと言う俺に、シバがムッとした顔でこっちを見る。
「私に作ったんじゃないのか?」
「……アインラス様に、作りました」
俺は今朝、いつもより早く起きてシバへお弁当を作った。お礼の品を夕食の残り物で済ますわけにはいかないと、自分の分とは別に、冷めても美味しい定番の具材を何品か作ったのだ。
「では、私のものだ」
「……お口に合うか分かりません」
「食べてみないと分からない」
「う、……そうですね」
俺は背中に隠していた弁当を前に戻すと、それをシバに差し出す。
「気を遣わせたな」
「いえ」
手作り弁当を上司に渡すという状況を改めて恥ずかしく思い、俺は少し俯いた。
「君も持参したんだろう。ここで食べていけ」
「え、……はい」
それから、「君の分の弁当もここへ置いていけ」と言われ、俺は人質を取られた気分で午前中を過ごした。
(自分の作った弁当を目の前で開けられるのって、なんか恥ずかしいんだけど)
包んである布の結び目を解くシバの手元を見る。俺はお茶を入れ、二人で大きいテーブルへと移動した。今日は横並びでなく机の角を挟んで座っている。
そして、パカッと蓋を開けたシバは驚いた顔をした。
「これは、美しいな」
「ありがとうございます」
彩りは多少気にしたが、いたって普通の日本のお弁当だ。褒められても過大評価だと照れてしまう。
「いただこう」
育ちが良いのだろう、ただ弁当を食べているだけなのに絵になるような作法だ。そのまま卵焼きを咀嚼するシバの反応が気になり、思わずじっと見てしまう。
「美味しい」
「あ、良かった」
思わず本音が漏れてしまい、「失礼しました」と軽く頭を下げる。
美味しいというのは本当なのだろう、手を止めることなく次々と口に運んでいく姿にほっこりとする。
「君のと私のでは、中身が違うようだが」
「これは夕飯の残りなんです。アインラス様のものは今朝作ったので」
「……わざわざ私の為に朝作ったのか?」
「はい。その……お礼ですので」
さすがに残り物は……と笑っていると、弁当を覗き込まれる。
「その包んであるものは何だ」
「これは春巻きって言うんですが……食べますか?」
俺は春巻きをひょいと掴んでシバの弁当箱に入れる。それを驚いた様子で見ていたが、「すまない」と少し耳を赤くした。
「いえ、俺はいつでも作れますので」
俺の言葉に安心したのか、シバはそれを口に運んだ。
「えー! じゃあ、今日はアインラス様と一緒にお昼食べたの?」
「うん。今日だけだよ?」
羨ましそうな顔でこっちを見るシュリに、言い訳のように顔の前で手を振る。
(雑談ついでに気になったことも聞いとこう)
「あのさ、お茶淹れって新人がするの?」
「アインラス様の執務室にあるお茶のこと?」
「うん」
「あれはアインラス様がご自身で淹れられるから、触っちゃ駄目よ」
俺は意外な答えに驚く。
「最初は文官棟にもお茶を淹れる係の方がいたんだけど、アインラス様が無駄だって自分達でするよう言ったの」
「……そうなんだ」
「気分に合わせて色々入れるのがお好きみたいで、私達ではご希望の味が分からないのよ」
(俺、勝手にいろいろしちゃってるけど大丈夫かな? もしかして、気を遣って我慢してたりして)
「それにしても、アインラス様と一緒にご飯なんていいなぁ~! ていうかセラって料理できたんだ」
「うん、簡単なものだけならね」
シュリは全然料理ができないのだと言って、教えてくれと頼んできた。
「今度初心者でもできそうな料理を教えるよ。自分で作ったら楽しいよ」
「でも、食べてくれる人もいないしな~」
その言葉に、先輩の文官が「俺が味見役になろうか?」と手を挙げた。眼鏡を掛けて地味な見た目の彼は、実は俺のハッピーエンド後にシュリと結ばれる人だ。
それをエンディングの動画にあった一枚絵で知っている俺は、彼らの恋を密かに応援している。
(まだ、仲良い先輩後輩って感じなのか)
シュリは「じゃあ、もし作ったら先輩に持っていきます」と笑って言った。冗談で言った言葉が受け入れられ、眼鏡の先輩は嬉しそうな顔をしている。
(頑張れ、先輩!)
俺は心の中でエールを送った。
「アインラス様、頂いた仕事は終わりました」
「そうか。茶を貰えるか?」
「はい」
定番となっているお茶を淹れる。
(これからも毎朝夕必要なら、頼まれる前にした方がいいよね?)
「アインラス様、これからは執務室に入った際にお茶をお淹れしましょうか?」
「……頼めるか?」
「もちろんです」
俺は、初めてできた俺の仕事のルーティーンに、少し心が躍った。
(まぁ、お茶を淹れるだけなんだけど)
「シナモンはお好きですか?今日のお茶に合いそうなので、お入れしようかと思うんですが」
「頼む」
俺はその返事にカップをかき混ぜていく。
「どうぞ」
「ありがとう」
最近は目の前でありがとうと言ってくれるようになった。そしてやはり礼を言われると嬉しいもので、俺はその言葉に頬が緩んだ。
「お疲れのようですが、寝不足ですか?」
「昨日、夜に呼び出されてな」
(俺が父とラルクさんと楽しく夕飯を囲んでいた時も、シバは仕事してたんだ)
立場が上である為、仕事も人一倍あるのだろう。しかし、彼は愚痴を漏らすでもなく、もくもくと仕事をこなしている。
「一昨日、市場で疲労に効くという茶葉を買ってきたんです。明日の朝いかがですか?」
「いいのか?」
「ええ。私も昨日頂いたんですが、スッキリしていて気分が良くなりました」
「では、明日は湯を入れておこう」
俺はその言葉に笑顔で頷いた。
いつものポットにはすでにお茶が入っており、忙しいシバが自分ですぐに淹れられるようになっている。
「……その、今日の昼だが、」
もうすぐ定時であり、今から仕事を振られることはないだろう。そう考え、帰る為にポットの周辺を片付けていると、シバが俺に話しかけた。
「本当に美味しかった。……また、作ってきて欲しい」
「ありがとうございます。そんなに言われたら、絶対作ってこないとですね」
俺は素直に褒められた照れくささもあって、笑いながら答える。
「週初めにお作りしましょうか? 週末は食材を買う時間もありますので」
「毎週でなくていい。……君の時間が余っている時に、お願いしたい」
「はい。では無理せず作れる時だけにします」
俺がその気遣いに明るく返事をすると、シバは「ありがとう」と礼を言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます