第190話 卑怯汚い
「アメリカで、なにかあったんですか?」
グリズリーさんがスマホを耳に当てながらなにか喋っているのが聞こえた。恐らくはなにかしらの仕事か事件だと思ったのだが、凰歌さんがスマホで調べた情報を見せてくれた。
「アメリカ国内で大規模なテロが発生。死者は16名、重軽傷者が合わせて160人……人ごみを狙った攻撃よ」
「テロですか……大変ですね」
「他人事みたいに言ってる場合かしら? テロには魔法が使用されたそうよ……今に犯行声明が届くわよ」
「政府に?」
「貴方に、よ」
は?
スマホが震えた。
「……出てみなさい」
促されるまま電話に出ると、電話口に爆発音が聞こえてきた。
『聞こえているか、今岡俊介』
「誰だ?」
『今、アメリカで大規模なテロを起こした。ニュースになっているのとは別の2回目だ……私の名前はグリモワール。72柱の悪魔を従えるもの』
「……ゴエティアの、ボスか」
編集されたくぐもった声だ。
まさか、ゴエティアのボスから直接電話がやってくるなんて思ってもいなかった。
『お前によって悪魔の書は無残にも破り捨てられてしまった。しかし、お前の力は見定めさせてもらった。東京で待っていろ……その命、私はもらい受ける。お前の命を糧にして、私は悪魔をこの世界に召喚して、文明を洗い流すだろう。抗いたければ抗ってみるがいい……私はグリモワール。世界に混沌と秩序をもたらす魔導書。お前に、宣戦布告する』
こちらの質問には答えるつもりなどなかったらしく、そのまま電話が切れた。
アメリカで2回目のテロだと? 魔法が使えるからと言って、いくら何でも好き放題になんでもできるわけではない。国連が必死に追いかけていた相手だ……こんな派手なことをすれば普通は捕まるはずだ。
頭を回して考えるが、答えなんて思い浮かぶことは無い。
「エドガーさん、アメリカでテロって本当なんですか?」
「うん……今は確認中だけど、2件目のテロが発生したってさっき電話で」
「そうですか……わかりました」
ふざけた話だ。
お前を殺す前にアメリカで好き放題にしているぞって挑発しているつもりなのか? それとも……このテロ事件にはなにか理由があるのか? 考えられるのは、俺に対する挑発も嘘でしかなく、アメリカで何かを探していたとか……それなら悪魔を召喚するって言葉がヒントになると思うのだが、あれはダンジョンを崩壊させるってことではないのだろうか。
そもそもアメリカ国内であれだけ好き勝手にやっているのに捕まらない理由はなんだ? 国連内に内通者がいるからと言っても、別に全ての情報が正確に手に入る訳ではない。国連はよくも悪くも独立した国家の集合であって、1つのまとまった組織とは言えない。その国連にスパイを入れているからこちらの動きが全部わかる? 国連に所属している人間ですら把握しきれていないものをどうやって理解するって言うんだよ。
ダンジョンを崩壊してなにがした? 文明を洗い流すと言っていたが、人類が滅んだ後に空白の世界で王様を気取るのが目的か? 意味不明だ……そんなものは目的とすら呼べない。本当の隠された目的はなんだ? 何を狙って、こんな世界に対する宣戦布告とも言えるようなことをしている。グリモワールと名乗っていた男の正体、そして目的は──
「──少し、落ち着いたほうがいい」
ヴィクターさんの手が肩に乗せられて俺はびくりと反応した。
いつもは言葉が多く、なんでも語るヴィクターさんは冷静になれと俺に一言だけ告げたのだ。
「……すいません」
焦りすぎだ。
グリモワールは確かに不気味で得体の知れない相手ではあるが、ゴエティアは既に壊滅している。大規模な攻撃をしていたとしても、それは個人によるもの。
冷静に、敵がどんな存在で、何をしようとしているのか、冷静に見極めるんだ。仲間は既にいる……あとは考えるだけなんだ。
「東京で待っていろと俺に言ってましたけど、本当に来ると思いますか?」
「来ないと思うわ」
「同意見だな」
「私も、そう思う」
凰歌さん、ヴィクターさん、澪の3人がそれぞれ同意してきた。
俺のことを警戒していると口にして散々言っておきながら、結局はゴエティアのメンバーだけが東京襲撃に参加していたことを考えると、グリモワールは非常に陰湿で臆病で慎重な人間であることがわかる。俺のことを排除できればそれでよし。もしできずにゴエティアが壊滅するようであれば俺には手を出さない様にして、そのまま逃げてしまおうって考えだろう。全く……腹立たしい奴だ。
「そうすると、狙いはアメリカですか」
「それも派手なことではないでしょうね。東京に貴方と私たちを釘付けに、衆人観衆の目を大規模なテロで惹きつけてから、新たなテロを予告してその場に釘付けにする。国連は東京とその場所に留まることになり……グリモワールは自由に動くことができる」
「卑怯汚いは敗者の戯言だとは俺も思っていますけど……ここまで汚い奴は見たことないな。もう卑怯とかそういうレベルじゃないですよ。どれだけ用意周到に逃げることと生き残ることだけを考えていれば、ここまでになれるのか」
「しかし、それだけでゴエティアが従えられていたとは思えない。実力があるのも確かだろう」
そうなんだよな。
ゴエティアの公爵や王の称号を持つ悪魔たちの個性の強さを考えれば、顔も見えない存在に従う訳がないことはわかっている。あれだけ我の強い連中を従えることができていたのは、本人が単純に圧倒的に強いから。それ以外に考えられないだろう。
「……アメリカに向かいます。恐らく相手の狙いは」
「扉」
「澪?」
「あの扉を開けば世界が終わる。そんな予感がする」
アメリカに存在するゲート。
異界に繋がっていると噂のその門こそが、グリモワールの狙い……澪はそう言っているのだ。俺も、同じことを思っていた。
「もし、噂通りにあの扉が異世界に繋がっているものだとしたら……その異世界が、こちらのダンジョンに存在しているモンスターのようなものがで溢れている地獄なら……門が開いた瞬間にこの世界が終わるってのは冗談では済まされない話になってきますね」
「あぁ……絶対に止めなけらばならない」
「なら、目標はアメリカのゲートね。人員は最大限連れて行きましょう……どんな戦いになるかわからないもの」
そうだな……もう誰が信用できるとかできないとか、関係のない話になってきた。
考えられる手は全て用意しておこう。
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