第189話 本人の意思
『どういうことか説明してくれると嬉しい』
「どういうこともなにも、国連からの公式発表が全てで。ゴエティアという組織が国際的なテロを起こそうとした所を未然に防ごうと戦いましたが、彼らによって街が破壊されてしまいました。申し訳ありませんでした……これ以上になにか言うことが?」
『君はそれでも日本国民かね? あれだけの被害を出しておいて君からの個人的な声明はなにもないと? 本当に君はそれでいいと思っているのかね?』
「えぇ、いいと思っています。俺は国連の指示通りに戦っただけですし、他の人たちも同じでしょう……まさか俺たちに責任を取れなんて言わないでしょう? 貴方は内閣総理大臣なんだ。貴方もまた国民の1人として俺のことを守ってくれてもいいのでは?」
『ふざけたことを言うな』
「ふざけているのはそっちでしょう。責任の押し付けなんてくだらないことの為に俺を呼び出さないでください。俺は貴方たちと違って忙しいんですよ……残った敵を追わなきゃいけないし、なにより怪我人の治療で忙しい。負傷者が多いんですよ。それぐらいに激しい戦いでした。街の被害まで全てが俺のせいにされてしまっては困ります……テロリストとの戦いで出た被害を全てが俺のせいにするなんて、押し付けるのもいい加減にしてください」
俺はビデオ通話で日本の内閣総理大臣と喋っている。
何故俺が責められることになったのかわからないが、相手がガキだからなんとでもなると思っているのだろうか。こっちは戦って死者が出てくっそイライラしているって言うのに、老人たちのくだらない責任の押し付け合いに巻き込まれてる暇はないんだよ。
『ふぅ……日本政府に逆らう意味は分かっているのだろうな?』
「民主主義で選ばれた代表に少し歯向かっただけでなにかされるのですか? いつからここは国王がいる国になったんですか? 何度も言いますが、責任を拭うのは民衆の代表者である貴方の仕事では? こちらは敵と戦っただけです。現場の兵士に戦争の責任まで取らされては困るんですよ」
『……覚悟しておけ、ガキ』
「ガキなんて言葉が出てくる時点で貴方も覚悟した方がいいと思いますけどね。何をする気か知りませんが、俺は自分や周囲に危害を加えられたら平然と敵につきますよ」
『……』
ガキだからこその危うさというものが世の中にはある。無鉄砲で向こう見ずな所……善悪の区別が非常に曖昧で嫌なことをしてこない方が味方で、嫌なことをしてくるのが敵。これがガキの考えることだ。内閣総理大臣としての立場を失いたくないのならば、さっさと「全部テロリストが悪いです」って言っておけばいいのだ。
不機嫌そうな感じにビデオ通話が切られた。俺としてはどうでもいいことなのだが、どうやら政治家として生きてきた彼のプライドを刺激してしまったらしい。本当にどうでもいい……何度も言うが、マジでどうでもいい。
「凰歌さんとヴィクターさんはいつまで日本に?」
「勿論、ゴエティアと決着がつくまで。私にこんな怪我を負わせておいてそのまま放置するわけないでしょう?」
「右に同じく。放置しておいてもいいことはなにもない……イギリスに危険が及ぶ前にここで叩いておくのがいいだろう。それに──」
「あ、長い話はいいんで」
「おい!」
今は別にヴィクターさんの長話を聞きたい気分ではない。
うちの高校は都内にあったこともあって休校中。幸い、校舎に被害はなかったらしいが、稲村先生はそっちに向かっていてここにはいない。
ゴエティアが接触してくるのも待つしかないのかもしれないと思っていたところで、部屋から澪が出てきた。
「……また仲間外れ」
「いや、怒ってるのか? その、悪かったって言ってるだろ?」
俺は無事に帰ってくると約束したのだが、普通に満身創痍で帰ってきたし、東京に壊滅的な被害が出たので澪が怒っている。これなら自分を戦力として使ってくれた方が良かったって。でも、澪ってなんか放置していたらそのまま消えていきそうな雰囲気があるっていうか……どうしても戦ってほしくなかったのだ。
「あら、この子が報告にあったゴエティアと関係を持っていた、不死身少女ね?」
「なんで不死身って部分まで知ってるんですか」
「そこは秘密よ。私の情報網はそんなに安くないの」
「安いとかの話ではなくて、それを知っている人がいるってのがマズいって」
「大丈夫よ。情報網だって絞っているから外部に漏らしたりしない。漏らしたやつはちゃんと処理してきたもの」
今、さらっと怖いこと言わなかった?
「不死身? どういうことだ?」
「あ、ヴィクターさん、それは」
「こういうこと」
「澪っ!」
証明する為とは言え、澪は自分の影を伸ばして、平然と自分の手首を千切った。
俺はそれを怒るのだが、澪はちょっと肩をびくっとさせるだけで視線を逸らす。やっぱりまだ自分の身体が大事だってことがわかっていないらしい。俺に怒られるかもしれないからやらない、では駄目なのだ。
ヴィクターさんはその光景に驚いていたが、すぐに再生していくその姿を見て目の色を変えた。
「……厳しいことを言うようだが、彼女の力は人類にとって非常に重要だ。彼女が味方として戦ってくれると言うのならば、私はそうするべきだと思う。死なない人間と言うのはそれだけで──」
俺が本気で放った殺気にヴィクターさんが口を閉じた。
「……私には理解できない。彼女が戦っていれば死者がもう少し少なかったかもしれないんだぞ? それは君だって理解しているはずだ。情を持つなとは言わないが、合理的な判断を下した方がいい場面だってある。彼女の力を考えるのならば私は、合理的な判断をするべきだったと思う。君がどれだけ私に殺気を向けようとも、それが正解であったと絶対に譲らないぞ」
「彼女は死にません。首を斬られようが血を大量に流そうが塵にしようが死にません」
「塵にされたことないからわからない」
「けれど、彼女は痛みを感じます。ならば俺は彼女を戦いの場に無暗に立たせるべきではないと思う。今の彼女は、あまりにも生きるという意志が希薄だ。だから絶対に戦場には立たせたくない」
「どうでもいいわね」
俺とヴィクターさんが一触即発の雰囲気を出しているのに、凰歌さんは指の爪を気にしながらそう言った。
「どうでもいいとは?」
「そのままの意味よ。戦った方がいいとか、戦わせてはならないとか、彼女の意思を聞いた方が早いじゃない。ねぇ、貴女はどうしたいの?」
「戦う」
ふんすと言わんばかりに腕を組んだ姿を見て、俺は己の敗北を悟った。
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