第186話 地獄の王
バアルを追い詰めている。
その感覚は確かにあるのに命まで手が届かない。強さではない異質の生存本能……明らかな異常を感じ取っているのか、稲村先生も厳しい顔でバアルを追いかけていた。
最初に戦っていたビル街からバアルは逃走するように移動している。ハナとイザベラに追い詰められ、アバドンによってその命が危険に晒されている。どこまで逃げようとも3人の追跡から逃れることはできず、忘れたころに天空から白鯨の水流が飛んでくる。普通に考えてこのまま死ぬのが普通のはずなのに、バアルはそれでも逃げ続けれている。
「しぶとい!」
アバドンに胴体を殴られ、片膝をついた状態でハナとイザベラがとどめを刺そうとしたところ、バアルの全身から雷が放出されてハナの剣を受け流し、イザベラの拳を相殺する。天空から降り注ぐ白鯨の水が直撃して吹き飛ばされ、アバドンの拳が掠めるだけで避けられる。受けたら終わるという攻撃を全て、どうやって避けているのかわからない。マジでなにか秘密があるのではないかと思うのだが、そんな様子も見せない。ただ……なにか恐ろしい。そうとだけ感じた。
バアルが逃げるようにしてビルの上を飛ぶと、アバドンが素早くそれを追いかけていく。物理攻撃だけでは駄目だと思ったのか、アバドンが口を開いて黒いなにかを吐き出した、バアルはそれを警戒して後ろに飛んだが、それをハナの斬撃が襲う。
アバドンが吐き出した黒いなにかは……ボールのような形をしていた。口から吐いた黒いボールを手にしたアバドンは、それをそのまま手にして、バアルに向かって投げた。
「伏せて!」
アバドンが何を吐き出したのか理解しているのは、召喚した本人である稲村先生だけ。その稲村先生が伏せてと言ったのを確認して、俺はその場に伏せる。ハナとイザベラもそれを確認してからその場から逃げ出し……それに気が付いたバアルは、動く前に白鯨の水流に太ももを撃ち抜かれてその場に座り込んだ。
黒いボールは、一瞬で半径数十メートル規模まで膨張して、そのまま消えた。膨張した場所にあったものを、全て飲み込んで。
ビルの頭が丸い形に削り取られている。本当に、膨張していた部分だけこの世から消えてしまっているらしい。バアルはそれに飲み込まれた。死んだ、のだろうか……それとも何処か違う空間に送られた?
「あれはアバドンの能力なのよ。対象を奈落へと引きずり込む……奈落って言っても、全てを消し飛ばすだけのよくわからない技なんだけど」
いや、稲村先生もよくわからないのかよ。
俺は突っ込みたくなったのだが、稲村先生と共にそれを感じ取ってその場から飛んで逃げた。地面がぼこっと盛り上がって、コンクリートを割りながらバアルが飛び出してきた。スーツには土が大量についているし、血が滲んでいるが……これだけ攻撃されているのに五体満足だ。
「ふぅ……流石に死ぬかと思ったぞ」
「マジ、バケモンかよ」
あれだけの攻撃を受けて、太ももを撃ち抜かれて初見の技を放たれて、なおも生きている。到底考えられないような力が人間が持っていていい力ではないと感じだ。それぐらい……ありえないと思った。
眼鏡の位置を直しながら、バアルは静かに息を吐く。
「しんどいな。流石に元世界最強の召喚士と、現役の世界最強の召喚士を同時に相手にするのは私でも厳しい。いや、本当に見事だと褒めたくなる」
ハナとイザベラ、アバドンが俺と稲村先生の近くに降り立つ。
バアルはその光景を見ても焦ることも無く、手を叩いて俺たちのことを称賛していた。
「本当はこんなことをしたくなかったのだが、仕方がない」
それだけぼそりと呟くと、バアルは指を鳴らした。
瞬間、近くで大爆発が起きた。雨のように瓦礫が降ってきて……その中に人間の血肉が混じっていた。べちゃりと俺の前に落ちた肉塊には、国連のバッヂが付けられていた。
「おいおいおい! なにかっこつけて言ってんだよ! 助けてくださいって言ってみろよ、バアルちゃーん?」
「うるさい、黙れ」
「不甲斐ないな。序列1番の名前を与えられていた男とは思えん失態だ。やる気が無いのならばその名前を俺に寄越せ」
「くだらない……さっさと終わらせたいものね」
軽薄そうな男、額に皺が集まっている爺さん、そしてつまらなさそうに俺たちを見つめる女性。バアルの合図で集合してきたらしい。
あたりに散らばる肉塊はゴエティア襲撃に備えて配置されていた人員。どうやら、無惨にも蹂躙されてたらしい。
「俺はあの美人教師をやっていいんだろ!?」
「なら私はあっちの吸血鬼」
「俺はあの男だ」
「おい、今岡俊介は俺の獲物だ」
「倒せなかったものが文句を言うな」
軽薄の男が一瞬で消えて、稲村先生が攻撃を防御していた。
「僕、アスモデウス。よろしくなぁ!」
「……失せなさい」
「ならこちらもやろうかしら。パイモンよ……さっさと死んでくださる?」
「妾の前に立つな」
「ベレト。それ以外に語る言葉は持たん」
「え? 俺が直接相手するの? 俺、召喚士だよ?」
俺の言葉を無視してベレトと名乗ったおっさんが突っ込んできて、ハナがそれを防いだ。バアルがそれに反応して動き出したが、アバドンがそれを阻止する。白鯨は俺の援護をしようとしてくれたが、稲村先生を頼むと視線で訴えると、ゆっくりと旋回してアスモデウスと稲村先生の方へと飛んでいった。
アスモデウス、パイモン、ベレト。どれも悪魔の書に「王」として描かれている強力な悪魔だ。恐らくは……バアルと並んで最高幹部と目される存在。つまり、どいつもこいつも化物みたいな力を持った存在だ。
「結局、2対1が発生するか。仕方あるまい……」
ゴエティアに登場する大魔王であるベレト。その名を関する男が弱いわけがない。俺は警戒しながらベレトの動きを見定めようとしていたが、瞬きの間にハナが吹き飛ばされ、俺が防御する前にベレトの拳が俺の腹に突き刺さっていた。
「
全身に衝撃が走る。
思考が加速する。
ありえない。
何をされた。
わからなかった。
ふざけるな。
「ん?」
無意識だった。
ふらつく身体を抑えつけて、俺はその場に立ち尽くす。
ベレトはまるで邪魔だと言わんばかりに手刀を振り上げ、俺の首を切断しようとしていたが、帝釈天が勝手に飛び出した。
「っ!? 出たかっ!」
ベレトの右腕が消し飛ぶのが見えた。
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