第170話 ドラクル

「反応されたっ!?」

「それぐらいは予測している!」


 イザベラが放った魔力はただダンジョンの床と壁を破壊しただけだった。当たると思った寸前に黒い龍の姿が掻き消えたのだ。こちらの攻撃を予測しての回避なわけだが、ここら辺はやはり対人戦の経験の差として甘んじて受け入れるしかない。

 事前に考えていた攻撃の策は無駄に終わったが、戦いそのものに敗北したわけではない。挽回はいくらでもできる……今はとにかく、相手の攻撃を見極めるところだ。


「主様っ!」


 次はどうくる、なんて悠長に考えていると、背後から殺気を感じて思い切って前に飛び込むと、背中を鋭利な何かが切り裂く様な痛みが走る。回避しきれなかったが、そのまま立っていたら胴体が両断されていたかもしれない斬撃だ……これぐらいで済んだと思っておこう。

 ちらりと背後を見ると、カマキリが消える瞬間が見えた。黒い龍が炎を纏ってド派手にこちらに突っ込んでくる隙に、既に透明なカマキリを召喚して俺の背後まで忍ばせていたのだろう。これに関しては気が付かなかった俺が悪い。ブネの実力を考えれば、あの隙に召喚することができたと思っておくべきだっただろう。


「おっと」


 俺が攻撃されたのと見てから、イザベラは空中に手をかざして大量の小さな結晶を生み出し、それをブネに向かって発射した。ブネは余裕を持ってそれを避けるが、結晶が床に着弾すると同時に周囲に弾け飛び、ブネの全身を掠めて行った。

 黒いスーツに少しの破れができているのを見ると、直撃はしていないが掠り傷にはなっていると思うが……こちらが受けた傷に比べると随分と小さい。初手は完全に読み負けたと思っていいだろう。


「主様、妾は──」

「俺たちの戦い方なんて1つしかないだろ? 実力で押し切る……下手な読み合いなんてするだけ無駄だ。あっちの方が戦闘経験も、召喚士としての手札も圧倒的に上だからな。だからここは……圧倒的な個で粉砕する」


 罠があるとかそんなことは関係ない。極論でしかないが、100対1の戦いだっとしても、1が全てを蹴散らすことができるを力を持っているのならば作戦なんて必要ない。慣れていないことをする方が勝率が下がる……だから、俺たちにできるのはいつも通り、召喚獣のスペックの差で圧倒するだけだ。

 俺の答えを聞いて一瞬だけ呆けたような顔をしていたイザベラだったが、すぐに得意分野だと言わんばかりの笑みを浮かべて漆黒の翼を広げた。瞬間、重力が増したのではないかと思えるほど濃密な魔力と殺気がダンジョン内を包み込んだ。


「……これほどまでとはな」


 ブネも額の汗を拭うような仕草をしながら、召喚魔方陣を地面へと次々描いていく。召喚魔方陣は魔力を使用して空間に描くのが一般的とされているが、あんな風に自分で地面に描くと、効率が上がるとされている。何故ならば、描いた魔方陣から一斉に召喚獣を召喚することができるからだ。

 イザベラは豊富な魔力を使用してブネの命を刈り取る為に魔法を構築し、ブネはそれから逃れるために次々と魔方陣を描いていく。その速度は驚異的で、たった10秒で地面には3の魔方陣が描かれていた。


「さぁ、ここが一度目の正念場だぞっ!」

「消えろ」


 瞳を赤く光らせ、濃密な魔力を束ねて大量の蝙蝠を放ったイザベラに対して、ブネは3つの召喚魔方陣から9体の召喚獣を召喚していた。その9体全てが、石像のような召喚獣で、召喚されると同時に周囲に結界を張ってイザベラの攻撃を防ぎ始めた。

 蝙蝠と結界が衝突すると、数秒で1つ目の結界が弾け飛び、1体の石像がその瞬間に召喚獣が消え、2つ目の結界に衝突する。2つ目を突破すれば3つ目が、3つ目が突破すれば4つ目が。次々と結界が破壊されている状態でもブネは迷いなく召喚魔方陣を描いていく。


「次は逃がさん」

「ちっ!?」


 しかし、ブネが召喚魔方陣を描くことができるということは俺も召喚魔法を発動することができるということ。イザベラが結界を破壊している間に、俺も自らの周囲に召喚したカードを手に取って次々に召喚していく。

 空中で俺が召喚した嘴の尖ったカラスと、ブネが召喚したトンボのような召喚獣が激しくぶつかっている。互いに召喚獣がやられた反動で小さな傷が身体に浮かび上がってくるが、迷いなくそのまま俺もブネも召喚獣を召喚し続ける。ただ、状況はこちらの方が断然有利だ。何故ならば……この攻防の間にもイザベラが結界を破壊しているから。ブネもそれがわかっているから焦っているのだ。


「えぇい! 仕方ないっ!」


 8つ目の結界が破壊されたことで、ブネは覚悟を決めたと言わんばかりに上着を脱ぎ捨て、身体から流れる自らの血で素早く召喚魔方陣を描いた。


「切り札をこうも簡単に切らされるとはなっ!」


 9つ目の結界が破壊され、蝙蝠の大群がブネに殺到しようとした所で……血で描かれた召喚魔方陣から1体の細身の男が召喚された。男と表現したが、その見た目は人間のそれではない。全身には赤黒い鱗がびっしりと生え、背中には大きな翼、背後には尻尾、手の先には鋭利な爪、頭には黒い角、そして縦長の瞳孔。それはどう見ても、ドラゴンの特徴だった。


「行け! ドラクル!」


 ドラクルと呼ばれた召喚獣は、雄叫びを上げると同時に蝙蝠の群れを掻き分けてイザベラに接近し、爪を振り上げた。咄嗟にイザベラが作り上げた結界を、紙でも引き裂くかのように簡単に破壊してイザベラの身に爪が迫ったが、それよりも早くイザベラの翼が動いてドラクルを吹き飛ばした。


「っ! 妾の肌に傷をつけるとは!」


 ちくりと胸辺りが痛くなったので、恐らくは胸部を爪が掠めたのだろう。じんわりと痛みが広がってくるので出血しているかもしれないが、それよりもあのドラクルとかいう召喚獣を何とかしなければならない……なんて考えていたら、いきなりこちらに向かって黒い龍が突進してきた。

 いつでも召喚できるように手の中に握っていたハナを召喚し、黒い龍の攻撃から逃れると、いつの間にかすぐ近くまでブネが来ていた。


「悪いが、私は自分で戦えない召喚士とは違うぞ」


 魔法、と判断する前に俺の足は動いていた。

 ブネが振りかぶっていた右手から魔法が放たれるが、召喚獣から力を借りて身体能力をある程度上げていた俺はそれを見てから避け、ブネの腹を殴る。ごん、という金属でも殴ったかのような反動と痛みが返ってきたが、ブネも殴られた痛みを堪える様な顔をしていた。


「ぐっ!? なんだ、この身体能力はっ!?」

「いってぇ……腹に鉄板でも仕込んでんのか?」


 互いに近接戦闘が出来ないと考えての一瞬の攻防だったが、どうやら互いに対策をしていたらしい。

 さて……ここまで接近されると流石に俺の方が不利か?

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