第169話 純粋な殺し合い

 結局、俺は自分の心に従うことにした。

 グリズリーさんとエドガーさんには何も伝えることなく、俺は澪と共に東京のダンジョンを訪れている。勿論、目的は俺を呼び出したブネ……彼と決着をつけるためだ。

 ブネとの因縁は別にそこまであるわけではないのだが、俺たちは互いの実力を認め合っている。だから、決着をつけるなら誰の邪魔も入らないようにしたかった……だからこそ、ブネは国連に告げ口することを許さず、俺も迷いながらも彼の提案を受け入れて澪だけを連れてダンジョン内にやってきたのだ。


「……なんか、静かだな」

「そう?」

「澪ってダンジョンに慣れてるのか?」

「うーん……あんまり?」

「ならわからないかもしれないな。ダンジョン内って言っても、常に何かが動いているような気配がするんだよ。それが人間なのかモンスターなのかは判別できないけど、とにかく生物が動いてるって気配を感じることができるもんなんだ。けど……このダンジョンは本当に人の気配もモンスターの気配も感じない。はっきり言って、異常だよ」


 俺だってダンジョンの専門家ってわけではないので、たまにこんな現象が起こるんですよとか言われたら納得してしまうかもしれないが……それでもこれは異常だろう。モンスターの気配すらしないのは、もはやダンジョンとも呼べないなにかだ。

 原因はすぐにわかるのが幸いだな。俺とこんな所に呼び出したのは1人なんだから、このダンジョンの異常だって引き起こしている原因はその呼び出した本人だろう。これで原因がブネじゃないですって言ったら俺は驚いてしまうんだが。


「来たか」

「なぁ、ダンジョンのモンスターがいないのはお前が原因だよな?」

「そうだが?」

「だよな……よかった」


 堂々と通路のど真ん中に立って俺のことを待っていたらしいブネは、ゆっくりと立ち上がりながら俺のことを見つめてきた。どうやら本当に1人で来たらしい……まぁ、俺も連絡なんてせずに澪だけ連れてきたんだから約束通りではあるんだが。


「なんで、澪を連れて来いと?」

「澪?」

「あぁ……タナトスなんて名前だけ付けられて、人間らしい名前を持っていなかったからこっちで名前を付けた」

「御影澪です」

「……そうか。本当にこちら側に戻ってくる気はないらしいな」

「そんなにこいつが惜しいのか?」

「わかっているはずだ。その女の利用価値……いや、強さを」

「わかってるが……そこまで拘るほどなのか? お前らみたいな強力な組織ならそこまでして欲しがるような人材ではないと俺は思うんだが」

「わからんやつだな。不死の人間など、どんな風にも扱うことができる切り札ではないか。それを手放して惜しいことをしたと思わない人間などいないだろう? 不死がなくても実力だけで生きて行けそうな女だ……敵に回すのは厄介極まりない」


 どうやら、澪を執拗に組織に引き入れようとしている理由は敵に回った時の恐ろしさを知っているからって感じらしい。どうやって澪と出会って組織に引き入れたのかも知らないが、もしかしたら味方に引き入れる前の時点で、澪はゴエティアに損害を与えていたのかもしれない。本人のその記憶がないからなんとも言えないのだが。


「私がタナトスをこの場に呼んだのは、お前が死ねばこちらに来ると思っているからだ」

「そういうことか……澪はどう思う?」

「今は今岡俊介の観察中だから、殺そうとするなら私が先に殺す」

「いや、これは俺とブネの決闘だから見ていて欲しいんだが」

「そう……なら、貴方の死体を貰ってブネについていく」

「な?」


 ドヤ顔するな。

 しかし……そうか。澪が俺たち側にいるのは、あくまでも俺の存在に興味を抱いているからであって、澪からすれば俺がいなくなった国連側なんて興味も無いから、知り合いのブネについていくってことだろう。国連の人間についてもそこそこ知ってしまっているわけだし、俺が死んで澪がタナトスとしてゴエティアに戻れば……もしかしたらゴエティアが国連を圧倒することがあるのかもしれない。


「この決闘は私とお前の決着をつけると同時に、タナトスの今後を決めるためのものでもある……断ったりはしないだろう?」

「ここまで来て断るわけないだろ。断るなら最初からメールで言ってる……それに、澪のことなんて関係なく、俺はお前と決着をつけるつもりだったしな」


 ブネの召喚士としての能力は本物だ。だからこそ、殺せるうちに殺しておくべきだと俺は判断した。将来的にブネはきっと数多の人間を殺してしまうだろう。それはゴエティアの掃討が本格的に始まった時のことを想定しての考えだが、あながち間違いではないだろう。それだけ、この男の召喚士としての実力はずば抜けている。


「くく……強者との戦いはいつだって楽しいものだ。それが命がけなら猶更だ」

「前回の戦いじゃあ満足できなかったか?」

「勿論だ。あの程度のお遊びでは満足できない……それはお前もだろう?」

「悪いが、俺は戦いに楽しさなんて求めてない。さっさと決着をつけて、帰るんだからな」

「そうか? 戦いを楽しいと思っていない人間がそこまで強くなることなどないと思うがな。楽しいから人間は続けられる……お前が戦うことを潜在的に求めているはずだ。そうでなければ、それほどの強さを身につかない」

「一緒にするな」


 人間は何かを守る時にだって強くなれる。俺は特別に守りたいものも、倒したい敵だっていないけれど……こいつには負けられない。こんな精神が破綻している人間に対して、執念がないから負けましたなんてくだらない言い訳をすることは絶対に無い。

 互いに魔力を解放して召喚獣を召喚する。俺はイザベラを、ブネは漆黒の龍を召喚した。


「さぁ、思う存分、殺し合おうじゃないかっ!」


 ブネの殺気と共に放たれた召喚獣の龍は、口から炎を吐いて見に纏いながらこちらに突進してきた。澪を横に避けさせてから俺はイザベラと目を合わせる。

 俺の目を見つめていたイザベラは小さく頷いてから、突進してきた龍に対して上に飛び上がって避ける。


「追えっ!」

「決めろよ」


 ブネの戦闘スタイルから考えて、最初の攻撃は長めになるだろうと予測していた。短い召喚と召喚解除を繰り返す戦闘スタイルだが、最初の攻撃が短いと召喚士の防御が疎かになる。だから狙うなら最初だと、事前に話し合っていたのだ。

 突撃してくる龍に、イザベラは両手を合わせて……魔力を放出した。

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