第152話

 実習は極めて順調に進み……そして終わった。

 俺や稲村先生がなにかしなければならないような事態にはならなかったし、生徒たちも基本的にはいい感じに集中しながらダンジョン内を歩いていた。

 ダンジョンから出てきた生徒たちの中には、顔を白くさせて安堵の息を吐いている者もいた。きっと、彼らみたいに繊細な精神を持っている人間が基本的な姿なのだろう。俺の周囲にいる魔術師や召喚士は、ダンジョンの中だろうが外だろうが顔色なんて変わらないし、なにより、無感動にモンスターを処理していくような人間ばかりだ。彼らとそういう人間を比べればよくわかってしまうが……やはり異常者というのは人間社会には溶け込めないものなのだ。


「それで、僕のことも異常者扱いしに来たってことかな?」

「ん……いや、お前は常人の真似をするのが上手だろ?」

「それ、僕が常人じゃないって言ってるようなものだけど」

「え? お前、自分が常人のつもりだったのか? だったら自己評価をもう少し何とかした方が良いってアドバイスしてやるけど」

「いらないよ。僕は優れた召喚士であって異常者ではないんだから」


 いやいや、無理があるだろ。

 寮の自室で寝転がりながら実習について色々と遊作に喋っていたのだが、いきなり自分が常識人みたいなことを言い出した遊作に俺は首を傾げてしまった。遊作みたいな男が常識人なわけないんだから、普通に諦めて認めてしまえばいいのにと思ってしまう。


「少なくとも、僕は君みたいに作業のようにモンスターを駆除したりしないよ。常に自分を高めるために本気だからね」

「それで狙っている場所が頂点なんだから、異常者じゃなかったら求道者だろ」

「そっちは誉め言葉だからどんどん使ってくれていいよ」


 違いがわからん……一般人からすると求道者も異常者の一部だろ。



 稲村先生が俺に何を期待しているのかイマイチわからない。最初は、本当に世界最強の召喚士になれる人間を求めていたのかとも思っていたのだが、最近の彼女の言動から自分の後継者を探しているような気もする。それも、召喚士としての後継者ではなく……教師としての後継者だ。あの年齢で後継者探しをするのも俺はどうかと思うんだが、とにかく彼女は俺に自分の後ろを任せたいと思っているんじゃないかってのが、俺ができる想像の限界だ。勿論、的外れなことを言っている可能性だってある。単純に俺が暇そうだったから誘っただけかもしれないし、いい経験になるよ程度に考えて俺のことを誘ってくれたのかもしれない。そこら辺の真実はわからないが……彼女は未熟な人間をいっぱしの召喚士に育てるのは上手くても、既に召喚士として活動している俺みたいな人間に対して指導するのが苦手なのかもしれない。思いっきり感覚派みたいなところあるからな。


「……教員免許ってどうやれば取れるんですか?」

「いきなりどうした?」

「いえ、担任の教師が少し特殊な人だから、俺も将来的にはあんな風に過ごすのも悪くはないかなって思ったんですけど、偉大な召喚士だからって特別に教師になれたりするわけじゃないんで、やっぱり教員免許とか必要なんだろうなって」

「……正直に言うなら、お前にはそんなところは目指してほしくないんだが」

「そうだよ。シュンスケは生涯現役でも全然通用すると思うし、講師としてだけなら教員免許も必要ないから、無理に大学なんて行かなくていいんじゃないかな?」


 頼れる大人が少ない俺が相談する相手なんて、必然的に仕事場の2人になる。

 しかし、どうやら2人は俺が教師になるのは反対らしい。理由としては、そもそも偉大な召喚士がわざわざ教師になる必要が無いからってところだろう。しかしなぁ……稲村先生の過ごし方を見ていると、ちょっと羨ましいと思うところもあるんだよな。


「安全な仕事で安定した収入を得るって考えたら、やっぱりああいう仕事なのかなって」

「教師なんて時間外労働ばかりで儲からないぞ」

「それは普通の教師の話でしょう? 俺はあくまでも召喚士としての教師を目指しているんですから、あんまり関係ないですよ」

「あるぞ。召喚士だろうが魔術師だろうが多少の上下で収まる範囲しか金は変わらない。そもそも、お前が安定した職業を求める理由はなんだ? 恋人もいないのに」

「余計なお世話ですよ……将来的に結婚するかもしれないじゃないですか!」

「今のまま進んで、本当に結婚できると思ってるのか?」


 グリズリーさんから飛んできた圧の強い言葉に屈して、ちらっとエドガーさんに救いを求めてみたのだが……するっと視線を背けられた。


「……召喚士って結婚してる人、多いんですかね?」

「魔術師の比べると少ないな」

「その言い方だとまるで多いのかなって期待にするんで、最初から普通に少ないって言ってください……え、少ないんですか!?」


 なんで!?


「そもそも出会いがない、危険な仕事、不定期な仕事……はっきり言って恋人がいるような人間がやる仕事ではない」

「誰かがやらないといけない仕事ではあるんだけど……元々お世辞にもいい仕事とは言えないから、給料が高いだけで、基本的にはやっぱり人気のないお仕事だよ」


 なんだろう……無性に召喚士を辞めたくなってきたな。


「召喚士を辞めたくなってきたって顔をしているが、お前が今まで命の危険を感じたことなんてあるか?」

「ありますが?」


 なんで勝手に俺は今までなんの苦労もなく生きてきた人間みたいな扱いにしているんだ? 俺だって召喚が遅れて命の危機を感じたことも何回かあるし、魔力欠乏で死にかけたことだって何回もあるが? 殆ど自滅みたいなもんだろって言われたらその通りでぐうの音も出ないんだけど……それでも俺もダンジョン内で死にかけたことぐらいありますが?


「そうか。だが、他者に比べたら確実に少ない……それは自覚しているはずだ」

「まぁ、俺の召喚獣は強いので」

「妙に自信を持っている部分と、何故か自信を持っていない部分があるんだよね……不思議だ」


 俺は自分の目で見たものしか信じない!

 俺が死にかけたのはしっかりと現実を直視した結果だし、それでも今までのダンジョンで無事にいられるぐらいの実力があるのもまた事実だ。


「とにかく、余計なことを考えずに今は学生生活を楽しめ。そろそろダンジョンの謹慎も終わる……そうなったら世界中のモンスターを再び討伐することになるんだからな」

「え、世界中?」


 また海外行くんですか? 

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