第151話 教師
「なに、言ってんだ……お前」
「召喚士むいてないからやめたほうがいいんじゃないって警告してやっただけだよ。紛れもない俺の本心だし、今でもそう思ってるよ。才能なんてものにコンプレックスを抱いて、まともに前も見れないような人間がなって生きていけるような業界じゃないよ、召喚士は」
才能という名の壁はこの世界に存在しているのが現実。努力は裏切らないとか、天才を超えるために努力するなんて言うが、努力する天才には誰も追いつけないのが現実のことなのだ。そして、才能がある人間ほど、世の中の物事を才能で片づけたりはしない……それは自らがやってきたことが正解であったと言う揺るがない自信を持っているからだ。
自信がないから他人の成果を才能という見えないものに当て嵌めて言い訳にする。世の中には確かに才能は存在しているが、だからと言ってそれが全ての原因になるわけではない。あくまでも、最上位の限られた一部のみに関する話だ。
「才能なんて目に見えないもに縋ることでしか召喚士が続けられないなら、最初から諦めて普通科に転科、そこから受験して大学でも行った方が遥かに幸せな人生を送れると思うけどな……別に意地悪で言ってるわけじゃないし」
俺が最後まで言い切る前に拳が飛んできたので、それを掴みながらそのまま言葉を続けた。
興奮した様子のクラスメイトの男子は……俺のことを殺してやると言わんばかりの目で睨んできているのだが、手を少し出すだけでそれ以上のことはしてくる様子が無い。そういうところが……むいていないって言ってるんだけどな。ムカついたなら徹底的にやってしまえばいいのに。そうするだけの理由がこいつにはあるはずだ。自分の中の自尊心を満たすために、俺に対して暴力を振るってしまえばいいのに……そんな自暴自棄にすらなれない男なんて、ダンジョンの中でまともに生きていけるなんて思えなかった。
「こら」
単純に疑問に思いながら彼のことを見つめていると、稲村先生が静かに俺たちの間に入った。
「今日はここに喧嘩をしにきたわけじゃないでしょう? 今のはどっちも悪いんだから、2人とも反省しなさい」
「なんで俺まで悪くなるんですか! どう考えたってこいつがふざけたことを言ってるから──」
「誰がなにを言ったかなんて関係なく、手を出したんだから君も悪いでしょ? 今岡君も……君がなんとなく渋っていた理由はわかったけど、流石にこれは看過できないよ」
「……すいません」
俺の方も変に熱くなっていた。
多分だけど、俺がダンジョンで遊んでいるって言われたのはちょっと気に入らなかったんだと思う。我ながら子供のようなことを考えているなと思ってしまうが、それだけ俺にとってダンジョンが重大なものになっているのだ。
彼の言うことにも同意できる部分はあるのだ。だって俺は才能だけで召喚士を始めたのだから、彼が俺に対して怒るのも無理はないだろう。勿論、今はその才能任せではなく、そこからどうやればまた上の人間になることができるのかって考えているが……才能任せで始めたのは事実なのでなんとも言えない。
「こいつっ!? 俺は──」
「あのね、あんまり騒ぐようだったら……私が叩き出すよ?」
さっきまで優しく諭すような感じで喋りかけていた稲村先生だが、唐突に本気の殺気を放った。俺はそれを受けて反射的に召喚魔法を発動しかけたのだが、向けられた本人はその場に座り込んでしまっていた。腰が抜けてしまったのか、上手く立てないらしい。
「みんなもわかってると思うけど、ダンジョンは遊び場所じゃないの。誰がどんなことを考えていても内心の自由が保障されているからそれはいいと思うけど……命をかけて仕事をしている人たちがいるダンジョン内で、くだらない私情を持ち込むぐらいなら、最初からダンジョンなんて入らない方がいいわ」
召喚士として圧倒的な実績と実力を持っているからこその威嚇。ここに集まっている生徒たちは全員が免許を持っていないということもあって、放たれた本気の殺意で身体が竦んでしまって動けなくなっているらしい。
「あの……流石にちょっと本気すぎてみんな怖がってますよ」
「え? あー……ご、ごめん」
数秒の沈黙の後に、俺が稲村先生に近づいて耳打ちする。
彼女としては浮足立っていたり、俺に対して個人的によくない感情を持っている生徒たちを引き締めるためにやったのだろうが、ガチすぎて漏らしている人がいないだけマシってレベルになってしまっている。多分、手加減なんてことを知らずに生きてきたんじゃないかな……そう思えるほどに、彼女の放った殺気は、この場で絶対に殺すと言わんばかりの圧力だった。
「んー……じゃあ、気を取り直してみんなでダンジョンの雰囲気を感じ取りながら、もう少し実践的な部分も体験していこうね!」
なるべく明るく振舞っている稲村先生の言葉に、誰も返事ができていなかった。
いきなり荒れた感じで始まってしまったが、それ以降は順調に進んでいる。
先頭を稲村先生にしてゆっくりとダンジョンの内部を進んでいるのだが、万が一もないように周囲には稲村先生が召喚した召喚獣が配置されており、生徒たちが傷つかない様に見張っている。俺は逆に最後尾で生徒たちの背中を追いかけ、背後からなにかやってこないか見ている。
「ねぇ……今岡君って、稲村先生より強い?」
「……本気のあの人と戦ったことが無いからわからないな。でも、自分以外だったら今まで俺が世界中で出会ったどんな召喚士よりも強いと思う」
「そ、そんなに?」
「うん。なんで今でも現役で召喚士をやってないのかわからないレベルで強い。マジで、冗談抜きで世界で一番強いんじゃないかって思えるぐらいの強さ。だから、あの人を基準にしない方がいいよ」
教育者としては優秀かもしれないけど、模範とするべき先生としてはあまりにも遠すぎる場所に立っている。魔法生物科の生徒たちは、まず彼女を追いこすことなんて諦めることからが召喚士への1歩だと思っていい。それぐらいに、あの人の実力は規格外だ。
「稲村先生、美人で強いなんて私、惚れちゃうかも」
百合か? 百合なのか? 女子高生と教師の禁断の恋愛とか、普通に稲村先生が捕まってしまうのでは? やめてあげてよ……あの人、今まで召喚士としてしか生きてこなかった人なんだから、教師としての夢ぐらい応援してあげて。
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