第136話 宣戦布告

 ダンジョン内での変死事件か……まだ公にはなっていないのかもしれないが、国際情勢にも関わってくるような大事件であることは疑う余地も無い。


「それで、その調査を俺に手伝って欲しいってことですか?」

「は? 仕事はないが事件が起きていると言っただけで、別に手伝ってもらうことなんてない。なんなら、不意打ちで実力者が殺され続けている現状を考えると、お前には安全な地上にいてもらった方がいい」

「え? 俺に手伝って欲しいからその話をしたんじゃないんですかっ!? てっきりそういうもんだと思ってたんですけどっ!?」


 そんな重大事件の話だけされてそのまま放り出されるとかそんなことあるのか!?

 俺の抗議の声も虚しく、グリズリーさんはそのまま無視してパソコンを触っているので、俺はちょっと怒って自分で勝手に調べてやろうかと思ってスマホに手を伸ばしたところで、エドガーさんが勢いよく扉を開けて入室してきた。


「……ここは契約で借りているだけだから静かに扉を開けろと、言ったはずだが?」

「大事件なんですよ!」

「また事件ですか? エドガーさんはなにを持ってきたんですか?」

「え、シュンスケ? あ、そ、そうじゃなくて……! 13件目ですよ!」

「なに?」

「はぁっ!?」


 スペインで事件が発覚したのが昨日の出来事だって言ってたのに、その翌日に日本で発生なんてことがありえるのだろうか。しかし、エドガーさんが手に持っていたスマホには、しっかりと事件の内容が書かれているメールが映されていた。送り主は、組織だ。

 日本国内でまで被害者が出てしまったのに、このまま黙って俺は地上で待っていろとグリズリーさんは言うのだろうか。俺にとってこの国は生まれ故郷で、政府やその関係者に対していい思いを持っていないと言っても、帰るべき場所なのだ。そんな場所で殺人事件が起きて、しかも手口すらまともにわかっていないのに黙って見ていろ? 納得できるわけがない。


「待て!」


 スマホを片手に俺が椅子から立ち上がったのを見て、グリズリーさんが言葉を強くして止めてきた。


「世界各国の実力者たちが、抵抗することもできずに暗殺されているんだぞ? それに、各国の諜報機関が動いているのに2週間でわかったことは殆ど無い……それでも自分がなにかできると思っているのか? 本当に、自分が動いてなにか解決するとでも思っているのか?」

「じゃあ、黙って見ていろって? 学生として、ダンジョンは危険だから入ることもせずに、平和な生活を送って事件が解決するまでそのまま待っていろって?」

「そうだ」

「なるほど……でも、残念ですが、俺は単独で動くための許可を持っている人間です。グリズリーさんにはお世話になっていますが……その気になれば俺は1人でも動けますから」

「おいっ!」


 制止の言葉を無視して、俺は階段を駆け下りながらスマホから電話番号を探してタップする。呼び出し音を聞きながら階段を降りていると、電話がぶつっと繋がる音が聞こえた。


「もしもし、今、いいですか?」

『……まさか本当に電話をかけてくるなんて思ってなかったわ。単純に連絡先を交換しましょうってだけの話じゃなかったのね』

「それはどうも」

『それで、なにかしら? ナンパならお断りしているのだけれど』

「13件目が日本で起きたって言ったら伝わりますか?」

『そう……日本でも起きたのね。そして、貴方が電話してきた理由がなんとなくわかってきたわ』

「どうせ調査しているんでしょう? 力を貸してくれませんか……

『いいわよ。正直、こっちも行き詰っている所だったから……今夜の便で東京に向かうわ』


 それだけ言い残して、凰歌さんは電話を切った。

 階段を降り切った俺は、ビルから外に出て警備員さんに会釈だけしてから今度は別の電話番号へとかける。


「もしもし」

『あぁ……もしかして、日本でも起きたのか? それとも、単純にさっき知ったばかりとか?』

「どっちもですね」

『なるほど。しばらくは手が放せないからそっちには行けないが、情報が手に入ったら逐一報告するようにするよ。ついでにゼインにも掛け合っておこう』

「ありがとうございます、ヴィクターさん」

『礼は要らない。ただ……今回の事件はかなり大規模なものだ。簡単に尻尾が掴めると思わないことだ。それと……足元を掬われないように』

「そもそも俺の方が格上なんですか?」

『各国で殺されているのは国の中や世界的にも名前の知られたような実力者ばかりだ。しかし……本当の上澄みには手が出されていない。なんらかの目的があって実力者を排除しているのなら、君や私のような実力者が狙われるはずだし、もし関係なくなにかしらの邪魔になって殺されているのならば、もっと名前も知らないような人間が殺されているはずだ。つまり……敵は殺す相手の実力を考えている。自分たちでちゃんと殺せるのか、殺せないのか……それを把握しながらやっているということだ。つまり、君の方が上だ』

「なるほど?」


 ちょっと話が長かったから半分ぐらい聞き流していたけど、要約すると敵は相応の実力者を殺しているけれども、本当にどうしようもない連中は放置されているってことか。そうすると、ゼインさんや凰歌さんみたいな人は手出しされないってことになる。


『気を付けろ。君と一緒にいた2人は、恐らくその範囲内だ』


 ぴたりと、俺の足が止まった。

 ヴィクターさんの警告が、予想外のものだったからだ。

 数秒の沈黙の後に、軽い挨拶だけして切られた黒い画面を見つめていると……光の反射で俺の顔が映った。急に道で立ち止まりながらスマホを見つめる俺のことを不審そうにじろじろ見つめながら人々が横を通り抜けていたのだが、全員が俺の顔を見ただけで顔を青褪めさせている。


「……どこの誰だか知らないが、絶対に許さねぇ」


 ダンジョン内で暗殺だと? ふざけことしやがって……魔術師や召喚士のことを舐めているとしか思えない所業だ。

 確実に、確実に犯人とその後ろにいるであろう組織を壊滅させる。抵抗するのならば……その命を散らせてダンジョンにばら撒くことだって考えよう。これは……犯罪者たちから俺たちへの宣戦布告と考えていいだろう。情けは必要ない……必ず追い詰めて、殺す。

 握りしめたスマホの画面に、罅が入った。

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