第125話 霧中の影
結局、ある程度の介抱をしてからヴィクターさんは俺とゼインさんを追いかけてきた。あそこにいた誰かに地上まで送るように頼んできたのだろうが、ヴィクターさんは厳しい顔をしながらも、俺たちにはなにも言ってこなかった。結局、ヴィクターさんも人命が失われる可能性を極限まで減らしたいだけで、俺やゼインさんが言っていることが全く理解できなかったわけではないのだろう。
それからダンジョン内でモンスターにはちらちらと遭遇していたが、先ほどのようなダンジョンそのものが牙を剥いているような感覚になることは起きずに、ずんずんと進めている。時折、ダンジョン内で地響きのような振動が伝わってくることがあるので、他にも進んでいる魔術師や召喚士がいるのだろうと、ヴィクターさんと言葉を交わしながら進み続ける。しかし……やはりダンジョン内にモンスターの起源を探れる様なものなんて見つからない。
「やれやれ……このダンジョンに入ってから既に2時間が経過しているが、ダンジョンの謎とやらは全く見えてこないな」
「元々、見つかるなんて誰も思ってないですよ」
基本的には、自分の実力を過信した人間か、国連からの報酬を目当てにダンジョン攻略にやってきている人間ばかりのはずだ。一部の狂人は、楽しそうだからなんて理由で来ていると思うが……まぁ、分類するなら俺もそっち側になるかもしれないので、あまり強く言わないようにしておこう。
『おい、別れ道だぜ』
少し先を歩いていたゼインさんが足を止めて、目の前に存在している別れ道を指差してどっちに行く、なんて聞きたそうに振り返って来た。
右と左に別れている道だが、どちらも下に続いている。俺とヴィクターさんは同時に顔を見合わせて、同じようなことを考えているのだろうなと思って笑った。
「どっちに行っても変わりませんよ」
『未知のダンジョンであることは変わらない。どちらを選んでも、私たちにとっては初めての経験になる……ならば、自分たちが直感的に選んだ道だけを選択すればいいはずだ。勿論、片方が行き止まりになっている可能性だって大いにあるし、なんなら入口まで戻されるような道になっている可能性だってあるだろう。しかし、その選択を後悔することは絶対に無い……何故ならば、私たちは初めてのダンジョンという未知の世界を探検しているわけなのだから』
『長いんだよ。シュンスケはなんて言ってんだ?』
『どちらを選んでも変わらない、と』
『なんでそれだけの言葉を無駄に長くできるんだよ。馬鹿じゃねーのか?』
『ば、馬鹿っ!?』
おぉ……長々と喋っているヴィクターさんに対して、ゼインさんがなにかしらの辛辣な言葉を吐いたらしい。いきなり悪口を言われたヴィクターさんは驚いた表情のまま固まっているが、ゼインさんはそれを無視して右側の通路を指差した。
『あっちの方が楽しそうだから右側行こうぜ』
「右ですか? 了解です」
『よっしゃ行くぜ』
どっちの道に進むのかぐらいは、ボディランゲージだけでなんとかなる。流石にモンスターの話とか、ダンジョンとか複雑な話はできなくなってしまうけれども……kれぐらいのコミュニケーションなら問題はない。
右側を選んだ理由はわからないが、なんか気になることでもあったのだろうか。まぁ……どちらを選んでも変わらないと言っていた通り、本当になにも変わらないと思っているので別に気になることなんて俺にはないんだけども。
右側を選択してから数分間進んでいると……真正面に霧がかかっているのが見えた。反射的に顔を顰めてしまったのだが、ヴィクターさんは普段から霧が濃いようなダンジョンに入っているからなのか、特に気にすることも無く進み始めた。
霧の中に入ってから数分歩いていると……目の前からいきなり火球が飛んできた。カードに戻していたイザベラを再び召喚すると、迫っていた火球を片手で振り払ってくれた。
『敵か……いいねぇっ!』
蒼い雷をその身に纏ったゼインさんが、霧の中でもよく見える。あれだけ目立つ魔法を使っているとわかりやすいな、なんて思いながらイザベラの方へと視線を向けると、彼女は言葉も無く頷いてくれた。
「って、頷いたのになにもわかってねぇじゃん!」
「え!? 妾に敵の排除を命じたのではないのか!?」
「いや、霧の中でも敵を感知できるイザベラには俺の周囲を守って欲しかったんだけど……もしかして、そんなに敵と戦いたかった? それならハナを──」
「いや、妾が主様を守る」
お、おぉ……すごい対抗心だな。
『はっはぁーっ!』
ドカン、という音と共にゼインさんが蒼い雷を放っているが、霧の中から出てきたゴーレムは雷を無効化しているのか、攻撃に怯むことも無く突っ込んできたのだが、ゼインさんはそれに対して楽しそうに笑みを浮かべていた。
「まだ来る!」
ヴィクターさんが足元から闇を伸ばして更なる敵に攻撃をしようとしたが、敵はその闇を超えてこちらに向かって来たのだが……それを見て俺は思考が停止してしまった。
「は? クリスタルドラゴン?」
「これは……あの女の?」
クリスタルドラゴンも俺を見つけて困惑の表情を浮かべて、そのまま立ち止まった。
少しすると霧の向こうから桜井さんと遊作がやってきて、俺たちの顔を見て驚いていた。
「俊介?」
「あー……ゼインさーん!」
『あ? なんだ?』
『どうやら、我々は霧の中で互いのことを敵として認識してしまっただけの同業者のようだな』
『あー……じゃあこいつも召喚獣ってことか? 骨のあるやつが現れてくれたと思ったんだが……外れだったか』
ゼインさんと睨み合っていたゴーレムがゆっくりと魔力の粒子になって消えていく。どうやら、遊作と桜井さんは2人でこのダンジョンに入ってきたらしいが、まさかダンジョン内で遭遇するとは。
「特徴的な蒼い雷……蒼雷のゼイン・コールソンかな?」
「知ってるのか?」
「逆になんで知らないのよって、私は何回こんなようなことを貴方に言えばいいのかしら?」
「す、すいません?」
マジで知らないことばかりで申し訳ないですね。召喚士とか魔術師に関してもっと勉強しないと、そろそろマジで桜井さんに殴られそうだから、ちょっとグリズリーさんあたりに相談してみよう。
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