第100話 メルヘンチックな地獄

「おいおい……本当にファンタジーでメルヘンチックな場所に来てしまったな」


 ダンジョンに入った瞬間に、俺は我が目を疑った。

 焼かれたクッキーのような色の地面がずっと先まで左右前後に広がり、所々にパステルカラーで彩られた作り物にしか見えない樹木が生え、数十メートルぐらいの高さにありそうな天井には青空と太陽が絵として描かれている。

 遠くにはこれまたメルヘンな感じを醸し出している城が建っていて、本当に絵本の中の世界に入ってしまったのではないかと錯覚してしまいそうだ。


「今回はひたすらにモンスターを倒すことが目的だから、他は気にすることないんだよな?」

「そうね。貴方が普段から他にどんな仕事をしているのか、私は知らないけれども……モンスターを倒すだけの単純な仕事だから、私も一緒に来ることが許されたんじゃない?」

「そうかな? そうかもしれないな」

「そうに決まっているわ。自分で言うのもなんだけれど、私は高校生の子供で、実績もなにもないのだから……今はそういう扱いをされるものって受け入れるしかないのよ」


 不満ではあるけど、今後のことを考えてちゃんと受け止めなければならないって考えることができるのは、素直に凄いと思う。俺は普通に文句を言いまくって、特権なんてものを作らせるに至ったわけだから……俺の数十倍は大人かもしれない。


「クリスタルドラゴン、頼むわよ」

「おぉ……何回見てもかっこいいな」


 桜井さんが召喚したクリスタルドラゴンを見て、俺は思わず感嘆の息を漏らしてしまった。体表のクリスタルがきらきらと輝き、メルヘンチックでおかしな世界の中に佇んでいても、絵になるような風格だ。

 授業の中で会話したこともあるクリスタルドラゴンが、俺の方を見て低く唸り声を発してから、桜井さんの方へとのしのし近づいて行った。


「よし、じゃあハナ」

「じゃあ、と言われて召喚される方の身にもなって欲しいのだが……なんだか、妥協されたみたいな感じなのだが」

「いや、メルヘンチックな世界には妖精の方が似合ってるかなと思って」

「そんなくだらない理由で選んでいるのか……と言うか、主様はその時の気分で召喚していないか?」

「え? うん」


 だって、2人とも俺が期待している以上の活躍をいつもしてくれているんだから、そこまで気にしなくてもいいでしょ。


「召喚士としてどうかと思うわ」


 桜井さんにはドン引きされてしまったが、俺は2人のことを信頼しているからそういう形にしているだけなのだ。だから、俺の感覚はおかしくなんてない。



 互いに召喚獣を召喚した俺と桜井さんは、とりあえず視界が確保しやすい場所に移動しようと思って、パステルカラーの森から抜け出そうとしたのだが、木々の影からモンスターがずるりと這い出て来た。


「きも」


 メルヘンチックな世界観には全く合っていないような、黒いヘドロのような怪物が出現したので、俺の口から思わず罵倒の言葉が出てしまった。モンスターはそんな罵倒は理解できないと言わんばかりに、次々と影の中から這い出てきて、一斉に飛びかかって来たところを、クリスタルドラゴンの口から放たれた眩い光線によって消し飛ばされた。

 モンスターが出現してからわずか数秒の攻防によって、モンスターが文字通りに消し飛ばされてしまったが、桜井さんは首を傾げていた。


「この程度で、いいのかしら?」

「そんなもんだよ」


 桜井さんの召喚士としての才能は、彼女が思っているよりも遥かに優れたものだ。そもそも、クリスタルドラゴンなんて強力な召喚獣を使役しておいて、今までダンジョンに潜ったことも無いなんてことの方が勿体ないぐらいのことなんだから。

 困惑している桜井さんだったが、そんなことはお構いなしにモンスターが再び影の中からずるりと這い出て来るし、今度は上空から鳥みたいなモンスターが、木々の間からは猪のようなモンスターがやってきた。全てが絵本の世界に出てくる動物の様にデフォルメされているが、こちらに向けられる殺意は本物だ。


「俺、どこを担当する?」

「これくらいなら、私が1人で片付けられるわ。クリスタルドラゴン! 私の敵を殲滅しなさい!」

『────ォ』

「もう1回言ってみなさい!?」


 今のは、絶対にクリスタルドラゴンが「人使いの荒い女だ」的なことを言ったぞ。魔力を用いて会話を聞く必要なんかなく、表情から読み取れたぞ。

 多少の文句は口にしていたようだが、桜井さんの言葉通りにクリスタルドラゴンは動き始めた。手始めに、再び光線を口から吐いて猪と影のモンスターを消し飛ばし、翼を広げて雄大に飛び上がると、今度は全身からクリスタルの欠片を飛ばして鳥のモンスターを全て串刺しにして落としてしまった。


「やるな」


 その光景を見て、ハナは感心したような言葉を口にしていたが……確かに器用な戦い方をするなと俺は思った。鳥のモンスターに対して光線を放って消し飛ばしてしまえばいいのに、わざわざクリスタルの欠片を飛ばすなんて、省エネを心掛けているのだろうか。それに、地表のモンスターたちだって森の木々もまとめて消し飛ばしてしまえば楽だろうに……ダンジョン内の環境はあまり変化させたくないのかな?


「主様、背後からなにか来るぞ」

「それも桜井さんに任せればいいんじゃない?」

「いや、これは……」


 ドカン、という鈍い音を鳴らしながら俺たちの背後から獣、だと思われるモンスターが姿を現した。

 その姿を見て……俺は思わず見上げてしまった。


「……デカくない?」

「クリスタルドラゴン!」


 犬みたいな耳があって、猪みたいな牙があって、狐みたいな尻尾があって、鳥みたいな翼があって、熊みたいな爪があって、虎みたいな模様があって、魚みたいな背びれがあって、猫みたいな牙があって……とにかくどんな動物の特徴も詰め合わせたみたいな茶色に黒の模様がついた巨大な獣。

 クリスタルドラゴンが降りてきて俺たちの前に立っても、それよりも更にでかい場所に頭があるので……とんでもない圧迫感だ。

 桜井さんが指示を飛ばすよりも前に、クリスタルドラゴンが口を開いて光線を放つが……巨大な獣はその光線に対して真正面から受け止め……


「理解不能だな」

「それはこっちのセリフよ」

「いや、俺にもわからなくて桜井さんにもわからないなら、もうこの場の誰にもわからないだろ」


 なんなんだよ、こいつは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る