第92話 そろそろ年度末

「ふーん……今度はイギリスに行ってきたんだ」

「はい。イギリスの黒い魔導士って知ってますか?」

「うん、知ってるよ」


 おぉ……流石は稲村先生。国際機関で働いていた過去がある人なだけあって、やっぱり有名人とは結構合ってるんだな。


「あの人はねぇ……実力はすごいんだけど、口から騒音が出てくるから嫌いなんだよね」

「は、はっきりと嫌いって言ってる……なんて酷い」

「会ったならわかるでしょ? ぺちゃくちゃと、よくもあんなに喋れるなー、なんて感心してたよ。煙草を咥えている時はうるさくないから、煙草吸っていいか聞かれたら速攻で頷いた方がいいよ」

「おぉ……裏技まで知ってる」


 やっぱり俺の先生は稲村先生だけだよ。まさか、召喚士になって世界中を飛び回るようになっても教わることがあるなんて、思いもしなかった。


「今、世界中でダンジョンの異変が起きてるでしょ?」

「そうですね」

「実はちょっと後悔してる」

「それは、召喚士をやめて教師になったことですか?」

「そう……私がもし、教師じゃなくて召喚士をやってたら、もしかしたら世界で亡くなる人が減ったのかもしれない。そうしたら、亡くなった方について悲しむ人が少しでも減ったかもしれない、なんて……ちょっと傲慢かな」

「気持ちはわかりますよ。俺だって、似たような理由で人助けをしているんですから」


 やっぱり、誰だって考えてしまうものなんだな……自分が持っている力を使えば、もっと多くの人を助けることができたかもしれないのに、なんて。言葉だけ聞くと、世界で悲しむ人たちを、自分の力だけで減らすことができると思い込んでいる、随分と傲慢な考え方だろうが……実際に、召喚士や魔術師はモンスターを倒すことでダンジョンのバランスを整え、地上で被害が出ないようにすることができる。

 稲村先生が召喚士として自由に動ける状態だったら、確かにものすごい戦力になったと思う。少なくとも、日本で起きていることなんて全部任せてしまってもいいかもしれないぐらい、彼女の召喚士としての能力はずば抜けている。


「でも、先生は先生ですから」

「……ありがとね」


 それでも、稲村先生は自分で選んで教師になり、人を教え導く道に入ったのだ。そのことを自分で後悔するようなことはあるかもしれないが、俺は絶対にその道を否定したくない。俺がダンジョン内でモンスターを倒して人を救っているように、稲村先生もまた、悩む生徒たちに助言をして救っているのだ。やっていることの本質は似たようなものだと、俺は思っている。


「先生は教師としてもしっかり責務を果たしているじゃないですか。魔法生物科から普通科に転科した生徒、過去最少なんて聞きましたよ」

「あー……でも、それに関しては才能ありまくりの世代だったかなー、なんて思ってるよ」

「……あんまり大きな声では言えないですけど、才能があるなんて思った生徒は、俺は数人しか見なかったですよ」


 そろそろ新学期が始まりそうだって言うのに、魔法生物科から転科した生徒の数は10人にも満たない。歴史的に快挙と言えるだけの少なさだって、三浦先生が1人で興奮してたし。


「確かに、今岡君、吉田君、桜井さんの3人は飛び抜けてるよね。でも、召喚士って言うのはそれぞれに合った召喚獣と契約して、絆を繋ぐことが大切なの。どれだけ強力な召喚獣を召喚できたって、心を通わせないと決して召喚士として成功しないわ」

「逆に言えば、どんな召喚獣だって心を通わせれば……必ず強くなれる」

「うん! 召喚士にとって召喚獣は戦うための駒じゃなくて、一心同体のパートナーなんだから」


 ん……稲村先生のそういう考え方、結構好きだな。


「参考にします」

「参考にしてくれていいよ。君は召喚獣と言葉でコミュニケーションが取れるから、余計に気を付けた方がいいよ」

「喋ることができるから、こそ?」

「そうだよ。言葉でコミュニケーションができたって、それは完璧じゃない。人間関係と同じでしょ?」

「た、確かにそうですね……むしろ、会話ができるからこそ、生まれてしまう擦れ違いがあるってことですか?」

「うん。喋ることができるからって、なにからなにまで話してくれるわけじゃないでしょ? 聞かれにくいことは誰にだってあるもの。そういうところも、しっかりと向き合っていかないと駄目だよ?」


 召喚士として必要な能力は、召喚獣と向き合って対話することだと、確かに稲村先生はこの1年間でずっと言っていた。実際にダンジョンでモンスターと戦ってきたからこそ、俺はその言葉に共感していたが……俺もまだ、足りなかったかもしれない。

 手の中に存在するイザベラとハナが描かれたカード……それを見つめていると、なにかを語りかけてくるような気がした。


「俺、もっと向き合ってみます」

「よろしい!」


 先生らしく、朗らかな笑みで頷いた稲村先生を見て、俺もまた自然と笑みが浮かんだ。



 稲村先生の研究室を出て、寮に戻ろうとしている途中、遊作と桜井さんが切磋琢磨している姿が見えた。

 キマイラとクリスタルドラゴンが空中で激しく競り合いながら、周囲に色とりどりの魔力を散らし……2体の召喚獣が激突するたびに、花火の様にきらきらと光っていた。


「……綺麗だな」

「だろ?」

「うわっ!? びっくりした……山城かよ」

「俺で悪かったな」


 空を見上げながら素直に綺麗だと呟いたら、背後からいきなり声を掛けられてめちゃくちゃびっくりした。

 山城が同じように空を見上げながら、俺の背後に立っていたのだが……なんとなくパツキンヤンキーが背後に立っていると、命の危機を感じるからやめて欲しい。そいつがどんな人間なのか理解していても、なんとなく背中がむずむずするって言うか……なんか、ちょっと変な感じなのだ。


「2人はなにやってるんだ?」

「我武者羅に修行だよ。そろそろ2年生になって、免許が取得できるからって張り切ってるんだとか……それに、同期のライバルがテレビに何回も映ってるのが刺激になってるみたいだぜ」

「俺、なんかニュースになってた?」

「なんで本人が知らねぇんだよ……お前、実力者として組織から特別許可を与えられたんだろ? ニュースになってたぜ」

「へぇ……マジ?」

「マジだ」


 その特別許可って、特権のことだよな?

 それ、ニュースになってたとしたら、組織の言うことを聞かない危険人物の集団ですみたいな紹介になってなかったか?

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