第74話 好き勝手にやる

「組織としても君の意見は貴重なものだという認識はあるだろうが……だからと言って、すぐに人員を確保できる訳ではない。仮に人を集めることができたとしても、その対空性能が高い召喚士をどうする? 遊ばせておくような余裕がある国は存在しないし、そもそも組織はダンジョンからモンスターが外に出ることを想定したりしないだろう。そうさせないことが我々の仕事だからな」

「最悪の想定はした方がいいのでは?」

「……最悪の想定をしたところで、その対策をするための金がないのでは意味がない。人命がかかっていると理解はしていても、結局は金が無ければ動けないのが組織というものだ」


 世知辛いなぁ……俺はシドニーでモンスターの駆除と人命救助をした結果、多くの人にお礼を言われた。それによって自らの承認欲求が満たされなかったと言うと嘘になるが……それ以上に、俺は他人を助けることに力を使うことに充実感を得た。普段の仕事だって、一般の人間が住んでいる地上にモンスターを出さないようにするものだと理解しているが、やはり面と向かって礼を言われることはない。

 他人から褒めて欲しいから、感謝して欲しいから仕事をするわけではないが……やはり誰だって、人から感謝されるのは嬉しいし、仕事のモチベーションにはなるのだ。


「君の考えも理解しているつもりだ。こちらとしても召喚士たちの地位向上なんかにも貢献したいと考えているが、現在はダンジョン関係で後手の対応にまわっているせいで、下手なことをすれば逆に批判されるだけだ」

「……いや、俺は別に組織の手を借りるつもりはないですよ」

「なに?」

「召喚士の地位向上って言えば簡単ですが、俺は別にちやほやされるためにやっているわけじゃない。単純に、召喚士だからと侮られないために地位を向上させたいと言っているんです。そして……その具体的な方法は既に思いついていますから

「聞かせてくれ」

「俺が個人で、人助けをするんです。災害が起きたらボランティアに行くとか、それこそダンジョンが決壊したら鎮圧に乗り出すつもりもありますし、その後の救助活動なんかもするつもりです」

「……諸刃の剣だ。君のその行為は偽善や売名と捉えられかねない」

「それでも、人の命を助けられるのなら俺は良いと思っています。顔も見えない100万人から批判されようと、俺は助けられる1つの命を見捨てたくない」


 モンスターとばかり戦ってきた俺が思いついた、召喚士としての在り方だ。モンスターを殺すことでしか人の役に立つことなんてできないと思っていたが、俺はその力で人を助けることができることを知った。たとえSNSなんかで顔の見えない誰かに偽善だと罵られようとも、1つの命に感謝される人間でありたい。


「俺は人の命を助け続けます。魔法を使うことを許可された人間にしかできない人の命の助け方が、俺にはあるんですから。偽善や売名だと最初は言われるかもしれませんが、続けていくうちに本物の名声に変わっていくと俺は思っています」

「あくまで、人の善性を信じると?」

「召喚士としてモンスターを倒してダンジョンの秩序を守ってる人間が、人の善性を信じなくてどうするんですか。力を持ってモンスターを殺すだけなら、兵器と変わらないですよ」


 本当に悪い人間なんてこの世に存在しないなんて言うほど、人間のことを信じているわけではないけれども、最低限の善性は誰もが持っていると俺は思っている。そうでもなければ、ダンジョンが現れてから人間は簡単に滅んでいるはずだ。

 俺の言葉を聞いて、グリズリーさんはなんとなく考え込んでいる感じだ。多分……俺がこんなことを言うと思っていなかったのだろう。元々、なんとなく大人ぶってグリズリーさんと会話していたし、なにより自分が大人として見られたいと思っていた。けど、今は俺は俺でしかないと思っている。大人とか子供とかそんな些細なことは重要ではないのだ。ここにいるのは大人と子供ではなく、グリズリーさんと俺なのだから。


「わかった。君は好きにしてくれていい……なにか起きたら勝手にこちらがフォローする。好きなように活動して、好きなように人助けでもモンスター退治でもしてくれ」

「いいんですか?」

「今の君なら、こちらから指示を出すより好きにさせた方がいいと俺が判断した。もし組織になにかを言われたとしても、それは全て俺の責任になる。だが、俺のことなど気にせずに好きにやってくれ」

「……ありがとう、ございます?」


 急にどうしたんだろうか。

 グリズリーさんは組織の人間だ。俺が組織の中でもそれなりに貴重な戦力であることは事前に聞いているので、俺を自由にさせる意図がわからない。俺を好き勝手に行動させて、指示を出さないっていうのは組織にとってマイナスの要素でしかない筈なんだが……何故かグリズリーさんは組織にとってマイナスの働きをしようとしている。

 俺の困惑が伝わったのか、グリズリーさんは胸ポケットにある煙草に伸ばそうとしていた手を止めて、苦笑いを浮かべサングラスを外した。強面な顔からは想像もできないほど優しい瞳が俺に向けられている。


「これは俺が個人で勝手にやっていることだ。そこまで心配しなくていい。ただ、俺が子供の頃に、お前みたいな召喚士や魔術師がいたら、きっと俺の両親も……なんでもない」

「わかりました」


 彼が止めた言葉の先を聞くつもりはない。でも……きっと彼には思う所があったのだろう。俺の意思が彼のその心を刺激して、結果的にそっちに動かしてしまった。これから先の俺の行動次第では、グリズリーさんの命運は決まってしまう。俺が変なことをすれば、彼は簡単に仕事を失ってしまうかもしれない。それでも、彼は自分のことなど気にせずに好きに行動しろと言ってくれた。なら、俺は彼に同情しないように詳しい事情を聞かないようにしよう。

 コーヒーを飲み干して、俺は立ちあがる。


「ありがとう。お前みたいな召喚士がいてくれることに、感謝するよ」

「なんですかそれ……感謝の言葉は、助けられた時に取っておいてください」

「俺が助けられることは確定なんだな」


 珍しく朗らかに笑ったグリズリーさんにつられて、俺も笑ってしまった。

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