第45話 醜悪
「ひぃやぁぁぁ!?」
マジで。
「ひぃぃぃぃっ!?」
マジで。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
マジで。
「うるせぇっ! なんで自分からついてきた癖にモンスターを見る度に悲鳴上げるんだよ!? 魔術師として活動してるならモンスターなんて見慣れてるだろ!? マジで耳元で毎回ギャーギャー騒いで鬱陶しいんだよ!」
「ご、ごめんなさーいっ!?」
クッソ……なんで俺の背後を点いてきているのかも理解できないのに、モンスターが出現して襲い掛かってくるたびにこれなんだから、まともに魔術師として活動することもできないだろ。と言うか、こんなんでどうやって免許取得したんだよ……そっちの方が怖いわ。
ずっとギャーギャーと騒いでいるが、別にモンスターとの戦いに苦戦している訳ではない。真正面から突っ込んできたモンスターに対しては「ひっ」と言うだけでそこまで大袈裟な反応はしないが、背後から奇襲された時なんか滅茶苦茶デカい声を出している。そして、そのデカイ声に反応して遠くから別のモンスターが寄ってくる。なんか……意図せずにモンスターを誘き寄せて効率を良くしてくれているのだが、奇襲とか関係なく近づいてきたモンスターはハナによって一刀両断されているので、騒ぐ意味がマジで理解できない。
「はぁ、はぁ、はぁ……よく、そんな調子で魔術師とやろうとしたな」
「だ、だって……私、頭も良くないし父親がいないからお金も無かったし……自分の身だけで稼げる仕事につかなきゃって思ってたから」
「で? 1人で稼げてるのか?」
「……あんまり?」
だろうね。
いや、それでも普通に社員として働くよりは金を手にしているだろうが、魔術師として自分の身だけで戦おうと思うと色々と事前に用意するものも多いだろうから、その経費を考えたら実際に自由に使えるいお金ってのはそう多くないだろう。
「逆に……どうして君はそこまで冷静に振舞えるの? 召喚士だから?」
「……どうだろうな。最初からモンスターに対して恐怖も感じていなかったからわからない」
「え……それはかなりの異常者じゃない?」
「だから異常者じゃないとまともにできないって言ってるんじゃないか……実体験だよ」
まともな精神性があったら絶対にモンスターと戦い続ける日々に摩耗してしまうだろうが、俺は異常者だから基本的にモンスターの命を奪っても特になんとも思わない。この場合は、異常者ってよりは割り切っていると言った方がいいかもしれないけどな……実際、国に裏切られるような形で刃を向けられた時はそれなりにショックだったし、それを撃退したら滅茶苦茶ムカついてきたのだから、心が動かされない異常者って訳ではないんだ。ただ……俺はモンスターをまともに生物として見れていない。生物じゃないから壊しても悩まないし、悩むことがないことを自覚しているからこそ俺はこうして召喚士として働いている。こうしてダンジョンに潜ってモンスターを淡々と処理していると、つくづく天職なんだなと実感する。
「……中二病?」
「ぶん殴るぞ」
茶化すなら置いてく。
「ま、待ってくださいよーっ! 謝りますから、ね?」
「はぁ……次は騒がないって約束してくれるならいいですけど、無理でしょう?」
「うっ……で、でも努力するから! ほら、人間は成長しますから」
「それ、成長しない人が言うセリフですよね」
「そ、そんなことないよ」
絶対に嘘だわ。
何度か階段を降りたあたりから明らかに周囲の雰囲気が変わっている。結局勝手についてきた柊七海さんも、なんとなく雰囲気が変わったことは察したのか……必死に口を塞いで声を出さないようにしていた。
嘆きの森なんて名前をつけられているだけあって、このダンジョンは迷宮のように入り組んでいる構造にはなっていなくて、ひたすらにだだっ広い森の中を歩かされることになる不思議な場所だ。目印になるぐらいのものは存在するので、普通の精神状態で探索していれば、ダンジョン内で迷子になることもない場所だ。普通の精神状態でなかった場合でも、簡単にあの世まで送ってくれるだろうな。
「ひっ!?」
「うわっ」
柊さんが口を抑えながら悲鳴を漏らしてしまったが、同時に俺も口からつい声が漏れてしまった。まぁ……人間の顔よりもデカイ醜悪な蠅のようなモンスターが集団で飛び回っている姿を見れば誰だってそんな反応をするだろう。
「ハナ……いけるか?」
「問題ない。ただの羽虫だろう?」
「お、おぅ……ただの羽虫には見えないけどね」
どうやらハナにとっては気色悪いものでもないらしい。何と言うか、強いな……普通の感性を持っている人間なら絶対にその気色悪さに声が漏れてしまいそうなもんだけど。そこは妖精的な感性によるものなのか、それとも単純に価値観が違うのか。
近くの石を拾ってから集団の1匹に向かってハナが投げつける。敵にこちらを発見させるための行動かと思ったら、その石は蠅の身体を貫通して絶命に至らせた。
「えぇ……」
「ど、どうなってるんですか?」
「いや、知らない」
「貴方の召喚獣じゃないんですか?」
「そうなんだけど……なんか、違うって言うか」
召喚士は自らの召喚獣についてのスペックをしっかりと理解しているものらしいんだけど、正直に言って俺はそこまでハナやイザベラのスペックを理解している訳ではない。それは俺に魔法的な知識が無いって理由もあるのだが、なんとなく個人情報を盗み見るのは……みたいな考えがある。なまじっか言葉が通じる存在だからそういう遠慮が出てしまうのだ。
仲間がやられたことに気が付いた蠅の大群がこちらに向かって飛んでくる。空を覆いつくすような醜悪な蠅の姿に、柊さんは悲鳴より先に口元を抑えてなんとなく気持ち悪そうな顔をしていた。多分……嘔吐感を堪えているんだと思う。
「数だけだな……この程度の羽虫っ!」
妖精の羽根を展開したハナが音を置き去りにして蠅の群れへと突っ込んでいき、瞬きの間にボトボトと蠅の大群が地面に落ちていく。牙を剥き出しにして攻撃性を露わにしていた蠅たちも、一瞬で仲間が大量にやられたことで混乱しているのか、統制の取れていない動きであっちこっちに逃げ出していたが……10秒程度でその全てを叩き落としてしまった。
「ふふん」
「……いや、本当に凄いな」
ハナの戦闘能力が明らかに俺の想定より上なのは……俺の予測が甘いのか、それとも稲村先生の言っていた通りに俺の力が急速に強くなっているのか、どっちなのだろうか。
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