第43話 暴力装置

 俺が断った瞬間に部屋の中の気温が一気に下がった。これは感覚ではなく……本当に空気が急に冷えてきている。恐らくはなにかしらの召喚獣による力だと思うが……不思議なことに小型の蜘蛛と視界を共有してもその正体が見えてこない。


「……もう一度だけ言う。我々と共に日本を──」

「断る。何回言われようと、どうやって俺を脅そうとも絶対にアンタたちみたいなクズの大人の言いなりにはならない……わかったらさっさと俺を開放してくれ」


 俺が求めているのはあくまでも互いに不可侵でいようという話で合って、敵対したい訳ではない。こちらが明確に相手の意見を拒絶して、対等以上の関係でいようって言ってるのに、あくまでも俺が下だと主張してきたらそりゃあ否定もするだろう。

 目の前に氷柱が飛んできたのでそれを掴んでから壁に向かって放り投げ、追加で飛んできた氷の塊を殴って破壊し、近づいてきた雪男らしきモンスターの首を掴んでそのまま力を込める。


「ぐっ!?」

「……コンマ数秒でここまで反撃されると思わなかったって顔ですね。生身の召喚士が相手なら勝てると思ったんでしょうが、生憎こちらは既に生身じゃないので」


 俺が本当になんの警戒もしていなかったら、多分氷柱が目に刺さって氷の塊で吹き飛ばされてそのまま雪男にボコボコに殴られていたかもしれないが、残念ながら今の俺は2人の力を得ている状態なので、コンマ数秒の攻防でも雑に反撃することぐらいならできる。

 雪男の首をそのままへし折ってやろうかと思ったんだが、力を込めると尋問していた強面のおっさんの首にも指の痕がくっきりと浮かび上がっているので……多分、へし折ったらそのままおっさんの首もへし折れるんじゃないかな。


「殺す気はないので、さっさとこのイエティみたいなの、消してくれませんか? 話し合いにはこんな召喚獣、必要ないでしょう?」

「っ……先に、召喚獣を使って、こちらを監視していたのは、君だ」

「だから? だったらこのままやりますか? 俺としては……このまま戦闘になったらこの国にいられないので嫌なんですけども」


 根本的に、俺のことを舐めすぎだ。ちょっと変な召喚魔法を使っているだけの小僧だと思っているんだろうが……カードから召喚獣の力を借りることができる俺の戦闘能力は洒落になっていないのだから、生身で俺と敵対するべきではなかった。

 しばらく待ってもイエティみたいなモンスターを消すつもりがなさそうなので、更に力を加えて首の骨にヒビでも入れてやろうかと思ったタイミングで、扉を開けてまた別のおっさんが入室してきた。


「……やめたまえ。彼は既に一流の召喚士として扱うべきだ」

「わ、わかりました」


 ふっと掴んでいたイエティが消え、部屋の中に漂っていた冷気が消える。


「失礼した。私は日本召喚士協会の会長を務めている、相園あいぞのと言う。召喚士今岡俊介くん……君のような将来有望な召喚士に対してこのような無礼をしたこと、私が詫びよう」

「……俺と金輪際ことを構えないこと。俺に対して無茶苦茶な命令はしないこと。そして……一度でも破れば俺は絶対に協会を許さない」

「わかっているとも。我々の利害は絶対に一致しないことがわかった……君は自由に召喚士をしてくれたまえ」


 自らの利権を守る為に、俺を自由にすることを選んだ……いや、俺が飼い馴らせる存在ではないと悟って敵対しないことにしたってことかな?

 まぁ、いい落としどころだと俺は思っている。そもそも最初から事を構えるつもりがこちらにはないからな……ちょっと挑発の言葉とかは出たが、威嚇みたいなものだ。


「……一つだけ聞きたい」

「ん?」

「その召喚魔法は、誰に教えてもらったのかを」

「あー……」

「勿論、話したくないなら構わないさ……これまで私たちが君にしてきたことを考えると、話したくないと思う方が自然だと私は思うし、なにより君の強さの秘密になっているのならばそれは秘匿するべき事案だ」


 おぉ……なんか、言葉を選んで俺を刺激しないようにしているんだろうけど、凄い申し訳ないな。


「ネットで、召喚魔法が全然上手くいかないって調べたら、たまたま個人ブログみたいなのを見つけて、そこに今の召喚魔法が載っていたんです」

「…………もう一度、言ってもらっていいかな?」


 俺がブランクカードを手の中に生み出しながら説明したら、何度か瞬きをしてから相園さんが聞き返してきた。まるで現実を受け止めきれないって感じの発言だけども、俺は1年前にあったことを端的に説明しているだけだ。


「ネットで調べたら個人ブログがあって、召喚魔法が使えない人が別の方法も試してみるといいですよって書いてあったので、それを試したらできたのでそのまま使ってます」

「そ、そうか……わかった」


 うーん……噓っぽい話だけどマジだから、これだけはものすごく申し訳ない。イザベラやハナだって俺の召喚魔法なんて知らないって言ってるんだから、本当に俺の使っている召喚魔法がどういうものなのかわからないんだよね。なにせ、半年ぐらい研究してる稲村先生がお手上げだって言ってたぐらいには、滅茶苦茶で理解不能な魔法らしいから。


「……あ、あぁ……すまない、少しだけ考え事をしていた。君から聞きたかった話は大体聞けたし、帰ってくれても構わないよ……車で学園までは送るつもりだ」

「ありがとうございます?」


 最終的には偉い人が出てきて相互不干渉で落ち着いたって判断でいいのかな? 俺としては別に嫌われていようとも、命を狙ったり偽物の依頼を出してきたりしなければそれでいいんだけど。

 扉を開けて部屋から出たら、何人かの職員らしき人から恐れを含んだ視線を向けらていた。掌を上に向けて、彼らの身体に引っ付いていた蜘蛛を回収すると、更にその顔が引き攣った。まぁ……身体についていたように見せただけで、その背後から飛んできてるんだけども、彼らにそれを知ることはできないので恐怖心だけが残ることになるのかな。軽い仕返しみたいなものなので諦めて受け入れろって思ったけど。


「こ、こちらです……車で送るようにと言われているので」

「はい、聞いています……安全運転でお願いしますね? 服が破れたりしたら嫌なので」

「は、はい!」


 言外に、交通事故ぐらいで俺が死ぬと思うなよと言うと上ずった声で返事がきた。うーん……ちょっとイライラしていたとはいえ、脅しすぎたかな。

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