狂気 五
午後六時頃。
病院から運転してきた車から、降りる。それから、正面に立ちそびえている、まだ煙が燻っている大きな建物を見上げた。
例の火災があった漫画喫茶だ。
これが「悪魔の城」か。
携帯で件の書き込みと、それから漫画喫茶の残骸を交互に見た。燃えた後の崩れかけの漫画喫茶は、陽の暮れ始めであたりがうす暗いのも相まって、確かに荘厳な城のように見えなくもなかった。悪魔が住んでいる、と言う感じは全くしないけど。
漫画喫茶を燃やした後の放火犯の動向を探るには、犯人の遺した書き込みから手がかりを探るしかない。書き込みの内容では、騎士は城を燃やした後、騎士は自身に燃え移った炎を消すために『鉄の馬』に乗って湖を目指した。騎士、と言うのは犯人のことだろう。
それから、『鉄の馬』、ね。まあ、これに関してはなんとなく予想がついている。おそらくは自動車か、或いは自転車だな。馬なら、大きさ的には後者かもしれないが……。
あまりあてにはしていない。
重要なのは、その『鉄の馬』でどこまで行ったか、だ。
俺は車に再び乗り込むと、漫画喫茶を起点に、周囲を探索し始めた。
犯人が遺した文章を元に。
〇
文章を頼りに移動を開始し始めたが、この作業は混迷を極めた。まず俺が最初に注目した文章はこちらである。
――私は燃え盛る炎を頼りに、湖を目指して暗闇を走った。
※実際の文章はとてもじゃないが読めたものではなく、これはあくまでも意訳である。
湖? 川なら近くにあるけど……。
取り合えず、川を渡ってみるとしよう。俺は車を走らせた。川を渡ってみた後、更に文章の続きを読解してゆく。
――あの塔は私の威光を示す素晴らしきものだ。てっぺんは雲を突き抜け――…
文章を読み進めていた俺は、思った。
コイツ、身体が燃えてるんだよな? 自慢なんかしてる場合じゃないだろ。と。
それにしても、塔、塔か……。もしかして、電波塔のことだろうか。
更に車を走らせる。
――アレは大きな魚です。星屑の鱗を纏っています。夜になると光り輝き―…
魚? えっ、なんで急に魚が出てきたんだ? 魚などいただろうか。おそらくは何らかの魚型のモニュメントを指しているのだと思うけど……。そう言えば近くに魚型の看板があった……ような……。
しかし、夜になると光り輝くとは何のことだろうか。
〇
そうして書き込みを頼りに俺は道を進んでいき、
そして最終的に、
漫画喫茶にたどり着いた。
おいおい、冗談だろ。なんでだよ。漫画喫茶からは離れて移動していたはずなのに。
いや、そうじゃないな。
携帯で時刻を確認する。
午後六時十分前。
やはりそうだ。捜索を始めた頃の時間に巻き戻っている。よく見たら空もいつの間にか若干明るくなっているのが分かる。俺は知らずにまたループの沼に沈んでいた、というワケだ。しかしループの起点がこうして変化したということは、やっぱり俺の予想通り、今回のループの原因は火災による被害者らそのものではなく、むしろ放火犯が逃亡中に引き起した何らかの事件の方に関係がありそうだな。
だが、肝心の犯人の脚である『鉄の馬』に該当するものが一向に見つからない。書き込みを手掛かりに探せば効率よく見つかるとタカをくくっていたけど、当てが完全に外れた。
確かに、俺の予想通り、書き込みに描かれているストーリーや情景描写は所々現実とリンクしていると思われる個所があった。だが、火傷の怪我による極限状態での執筆だったからか、文章や時系列、整合性があまりにも支離滅裂で読解が難しい。それに現実の行動とは全く関係のない描写も多々あるようだった。進んだと思ったら、元の位置に戻っていた、なんてことを繰り返して、気が付けば、何度も同じ時間軸をぐるぐる回っている。
今の俺の状況は、短くまとめるとそう言うことだ。
よし。
だったら発想を変えよう。書き込みから離れるのだ。別の手段でヒントを得られないか。
そう思い、ポケットから電話を取り出した。
一人じゃどうしようもないことは、さっさと他人の協力を得て解決すべし。研修時代に散々教わったことの一つだ。教わったというより「出来ないならさっさとそう言え」としこたま当時の指導医に怒られたってだけだけれども。あの叱責は、今でも耳の奥にこびりついて離れない。
俺は電話を使って、
「もしもし」
『はい、どうしたんですか?』
件の榎田さんにはすぐに電話がつながった。
「つい先ほどあった放火事件について知ってますか?」
『ええ、もちろん。犯人は
放火犯の身元まで既に特定しているとは、恐れ入った。
「犯人の動向を追うことは……可能ですかね」
『あれ? 確か安藤さんの勤務してる病院に運び込まれたんじゃありませんでしたっけ?』
思わず、どきりと心臓が跳ねた。さすがに何でも把握しているな、この人は。
「ええ、まあ。でも知りたいのは彼が逃亡中に乗り捨てたであろうアシの方なんです」
『ああ、だったらちょうどいいですよ。たまたま警察の無線通信を傍受していたんですけど、丁度警察が犯人の乗り捨てた車を確保してるみたいですよ?』
「傍受って……」
犯罪家業からは足を洗ったのじゃなかったのか。
『趣味です。仕事も兼ねてますけどね。悪いことには使ってませんし、気にしないでください。秘密にしといてくださいよ~? あ、車の場所を携帯に送っときます』
と同時に、携帯が振動して、何かのデータが送られてくる。おそらく車までのマップデータなのだろうけど、途轍もない手際の速さである。
『安藤さんのいる場所からそれほど離れてません。ですが暗いところですから、足元に気を付けて』
「あ、ああ。ありがとうございます」
本当にただ物じゃないな。末恐ろしい探偵だ。まあ、なんにせよこれで犯人の車を見つけることができた。感謝しよう。
電話を切った後、俺は車に乗り込んで、更に車を走らせる。
〇
そして、ついに。
「……見つけた」
俺は、放火犯の乗り捨てた車へとたどり着いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます