ケツイン

嗚呼烏

チイン

「この辺りは一年に人が一人、通るか通らないかぐらいの人通り。助かる反面、誰も来ないと大変。案外、嫌なもんだわ。」

目の前は、馬穴に大量な赤い液体。

あの時の喉の熱さを思い出して、心臓が縮こまったみたいな感覚を覚える。

「母さん。こんなの、飲みたくない。」

情けない声。そして、こんな体になった罪悪感。

口の冷や汗だけで、喉が鳴く。

「あんた、死にたいの?」

そんな言葉、正論で冷酷。

呆れたという目に、緊張感を覚える。

私が食い下がれる程度の言葉ではない。

「いただきます。」

震える手で馬穴を持ち上げる。

飲み物では出せない、喉越し。

明らかに、喉に刺激が留まっている。

鼻に通る、全ての味が混ざったような匂い。

甘みも酸味も苦味も、あるような。

不味いというよりは、気持ち悪い。

喉仏が下がらなくて、鼻で呼吸をする。

血の匂いを感じてしまうことに対する、無力感。

というか、無力さ。

当たり前のように零れる涙を感じ、また涙が零れる。

「偉い。」

扉が強く閉められ、その音が耳の奥に残る。

咽び泣きの悲壮感とは、裏腹な涙の量。

馬穴にあたる涙の音が、私は泣いているという自覚を生む。

心許ない音が、私を泣かせる。

極めて、理不尽だ。

私は明らかに、鉄分の吸収が芳しくない。

食べ物から取れる鉄分は、ほぼない。

飲み物からでさえも、鉄分が充分取れる量より致死量の方が少ない。

こんな私の、生存方法。

それは、血を飲むこと。

それしかない。

もちろん、血を得るには。

人の命を奪うしかない。

この体で生き抜くには、飲み込むしかない。

血を。そして、こんな現実を。

でも、私は。

正義ではないが、無駄がない人間。

普通の人間を、知っている。

私は、普通では無い。無駄がある。

実質的な、無駄な犠牲を産んでいる。

そんなことを考えるだけで、頭が真っ白に。いや、真っ黒になる。

困惑などではなく、絶望。

そんなのも、血の味を悪くしているかもしれない。

もともと、良くなんかないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 金曜日 16:00 予定は変更される可能性があります

ケツイン 嗚呼烏 @aakarasu9339

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ