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キャリスの手配した仮住まいは、シオンも予定地を知っていたらしい。

クロードはどこかで待ち合わせるものと思っていたのだが、このまま向かうと言われた。

ついでに世話になったのだからお茶くらいはと、グレンまで問答無用で同行が決まってしまう。


「駆け出し同士で世話も何もねぇのに……つーか、マジでなんもしてねぇ」


「ごめんね。ああなるともう、シオン話聞いてくれないんだ」


「聞いてはいますよ。聞き流しているだけです」


だめじゃん。

クロードとグレンの声が重なって、顔を見合わせて笑う。


そうしてしばし談笑していれば、仮住まいにはあっという間に到着してしまった。



「お二人とも、お帰りなさいませ。そちらがグレン様ですね。どうぞ、中へ」


ドアを開けて迎えるキャリスを見て、背景の建物を首が痛くなる程見上げて、通ってきた道と開け放たれていた門を振り返って、腕の中で大人しくしているスライムをぷにぷに捏ねて、それからキャリスの姿を確認して。


呆然と立ちすくむグレンと無言で微笑むシオンの傍らで、何度かそのルーティンを繰り返すクロード。

クロードに捏ねられ続けているスライムは、遊んでもらっていると認識してきゃあきゃあと楽しげな思念を送ってくる。



「キャリス、借家って言ってたのは……?」


「工房は隣の土地を買ってそちらに建てましょうということになりました。生活スペースは改築の必要がないので、借家は解約済みです。

 厨房だけは後日改装しますが、生産設備の大半は隣に建てるので大きな工事はしません」


「あ、はい」


「警備や家の手入れのため、既に何人か雇っています。お嬢様が自ら面談した者を手配したので、安心して受け入れてください。」


「あ、はい」


「厨房とは別に小さなキッチンがあるので、そちらでもポーションくらいなら作れますよ。

 それと簡単な作業部屋があるので、小さな細工物なら加工できると思います」


クロードとグレンの両方に笑顔で畳み掛けるキャリスを見て、クロードは察した。


「巻き込んでごめんね」


「何が!?」


「さっきシオンが何かしてるなーとは思ってたんだ……。一応聞くけどキャリス、工房ってもしかして……」


「はい。たった今アルド様より、製薬設備に加えて鍛冶工房の追加発注を済ませたと連絡がありました。

 グレン様が通うか住むかはお任せするとのことですが、宿暮らしより快適であることは保証しますので是非!!」


「…………巻き込んでごめんね」


「いや、何がどうなったんだよ」


クロードの初めての友人に浮かれてはしゃぐ、兄と姉と世話役と護衛。

クロードにはそれを諌める手段が、残念ながら思い付かなかった。


恐らく、いや間違いなく、店舗か商会かは不明だが成果物の取引手段も確保されている。


兄と姉がクロードのためにすることを、クロードが今まで止められたことなどない。

つまりクロードが考えるべきは、ここまで進んだ好意を断る方法ではなく。


クロードの今後の成果をどう彼らに還元するか。そして、彼らに完全に身内として囲われてしまった友人の処遇である。


『ぐれーん、げんきないのぉ?』


スライムが主の腕から、呆けたままのグレンの腕の中へ飛び移る。

グレンには、クロードの従魔の声は聞こえない。腕の中に収まったスライムを無言でぷにぷに捏ねるしかなかった。




たっぷりと無心でスライムを捏ね続けたグレンが、大きく息を吐いてから、震える声で静かに切り出す。


「あー、うん。俺としては、情けないし恥ずかしいが、非常に、その、助かる。

 駆け出し冒険者が稼ぐ日銭なんざ、ほぼ宿代で消えちまうからな……。それに、工房以前に作業場所がねぇと売り物すら作れねぇ。付与だけするにも、宿じゃ個室借りねぇと無理だしな。

 ただ、一方的にダチに寄っ掛かるのは不本意だ。出世払いにしてもらえるなら、必ず鍛冶師としての働きで返すと約束する」


「ぼくもグレンと同じ気持ち。すごくありがたいけど、お兄様にもお姉様にもこのまま甘えっぱなしでいたくないよ。

 錬金術師と鍛冶師が組んだらどんなものが作れるかなって興味もあるから、この環境には感謝して使わせてもらおうと思う。

 ええと、だから、一緒に頑張ろう!!……で、いいかな……?」


おずおずと目を合わせるクロードに、グレンが笑みで返す。


「では決まりですね。お二人の工房ですから、これから設計の希望を詰めていきましょう。

 来週にはアルド様と大工が来る予定ですので、なんとなくでいいので欲しい設備を考えておいてください」


そんなわけで、クロードとグレンは友人となったその日のうちに同居が決まったのであった。

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