文化祭【藤フェス】

はくすや

気まぐれの遼、ビッチに出会う

 気まぐれはしばしば天からもたらされる。自分の意思ではなくそれは天の意思なのだ。

 クラスの留守番を終えたりょうは休憩という名の徘徊に出た。

 ひとりで歩いていても、それが普段の姿だと誰もが思ってくれるから気分は楽だ。

 しかしそれは校内日常の話であって、今日は文化祭。外から訪れた人間には通じない。

「あ、君、ちょっと良いかな?」

 遼が眠そうな目を向けると、いかにもビッチな女子大生といった明るい茶髪に濃い化粧を施した女が舌なめずりを隠しもせず不気味に笑っていた。

「何でしょう?」

 一応訊いたのは、その女がなかなかイケていたからだ。

 遼は美形に目が無い。女は軽薄を装っているが、その実、常時あらゆる計算をしているインテリジェンスが見えた気がした。

「せっかくだから校内を案内してもらえる?」

「俺が、ですか?」

「そう、オレ

 断る選択肢は消されたらしい。

 遼は肩を少しすくめて女を案内することにした。やれやれだ。

「君みたいな美少年が私の時にもいたらなあ」

「うちの卒業生ですか?」

「うん、まあね」

「今日はひとりで? それともどなたかに会いに?」

「弟の芝居に誘われて来たのだけれど、どうでも良くなったよ。君と行こう」

「勘弁して下さいよ。俺、ボッチの方が落ち着くんで」

「良いじゃん!」

 いきなり腕に絡みつく。

 それで動転するようなタマではない。いつも妹にやられているから、しつけられた胸の膨らみも妹と同じCカップだなと思っただけだった。

 しかし校内の視線がヤバい。

 ふだんから女子に見られてその視線に慣れっこになっていたが、今は皆上体じょうたいが後ろに引いている。それはそのまま意識も引いているということだ。

「いやあ懐かしいなあ。文化祭に来るのは一年ぶりだ」

「去年も来てるのじゃないですか」懐かしむほどか?

「そうだよ。でもあまり長くいられなかった。元担任につまみ出されたからね」

「何をやったんです? 現役時代」

「生徒会にいたよ。副会長してた。あと、文芸部」

「では文芸部に案内しましょうか。文学フリマに出す予定のを買ったら良いですよ」

「君、買ったの?」

「いえ」

「興味ないかあ、ないだろうな。但馬たじまが仕切ってるんだろうし」

「それは何とも」

「私がいた頃はまだ御子神みこがみ先生が顧問をしてたけど、今は野上のがみでしょう?」

「俺が知らない先生スね」

「ボッチの弟には演劇部に入るように言って正解だったわ」

「ブラコンなんですね」

「弟がシスコンなだけ」

「じゃあ俺とおんなじですね」

オレもお姉さんいるの?」

「妹ですね」

「可愛いんだろうなあ」

 彼女は目をキラキラさせた。まあ間違ってはいない。

「ここにいるの?」妹さん。

「いますよ、何してるか知りませんが。あいつは助っ人団で忙しいもので」

「助っ人団。私も入ってたなあ。懐かしい」

 ずっとくっついている。

 視線は浴びる。浴び過ぎだ。

 人が寄ってこないので助かってはいるが、と遼は思った。

 そうして歩いているうちにテントが立ったエリアに来た。文化祭実行委員会本部だ。すぐ隣に生徒会本部もある。

「あれ?」彼女のトーンがやや落ちた。「辺鄙へんぴなところに来てしまったわ」

「こちらに用があるのかと思って」

 しがみついているから引っ張ることなく連れてくることができた。

涼音すずねじゃないか! 樋笠涼音ひがさすずね

 本部で学校名が入ったウインドブレーカーを着た口髭の男性教師が声を上げた。

「うは、暑苦しいのがいたわ」

「なんだ、早速香月かづきを捕まえたのか。お前、相変わらず手が早いな」ガハハと笑う。

 顔は知っているが遼には縁のない教師だった。

 生徒会役員共が椅子を用意する。そう指示したのは生徒会長だった。

「ようこそお越し下さいました」生徒会長が彼女に頭を下げる。

「そうか、あなた生徒会長になれたのね。理事長の娘だものね」

「ただの理事でございます。香月君を解放していただけると幸いです」

「私また逮捕された? 強制送還?」

「何を言ってる。俺が案内してやるよ」ガハハと口髭の教師は笑った。

 腕が軽くなった。やれやれだ。

「またあとでね~」

 彼女の高い声を背中に聞きながら遼は徘徊をやり直す。

 できるだけ人がいないところへ移動しよう。そしてもう一度やり直しだ。

 天がまた気まぐれをおこすから。

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