エル・ドラード
モンさん
第1話「夢を見るんだ」
今からここに綴るのは、君たちが何度も見てきたような不思議で非現実的なお伽噺。何度も何度も見てきたような…これもまた誰か
が、僕が書き上げた。造り上げた世界のお話だ。
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たくさんの人々が行き交う交差点の上、そこで一人の男が立ち尽くしていた。彼は、皆が交差点を通り、信号が変わろうとも足を進めなかった。大量に聞こえてくるクラクションの音も、まるで聞こえていないかのようにただ突っ立っている。
だが、男がついに動きを見せた。男の肩に手を置き後ろから声をかけている青年がいたのだ。男は振りかえり彼の顔を睨みつけ、ダラダラと、春になって早々とは思えぬほど…異常なまでに汗を垂らしていた。
青年「ちょっと、迷惑じゃないですか。早く行ってください。」
きちっとしたスーツを着た青年は、少し強く言葉をかけると、そのまま男の背中に手を当てて、前へと押し出そうとする。すると…
男「うぅ…うあああううああああ!!!」
意味があるのかもわからないような、大きな叫び声を荒げると、体を大きく後ろに振り返らせた。男の目は血走しっており、まさに…正気を失っているというのが合っている様子である。
そして、男は自身の腕を、青年に向かって上から大きく振り下ろしていた。
青年「ただの薬中だったか…」
彼は握っていた鞄を突き上げ、男の腕に軽くぶつけると、もう片方の腕で下から打ち上げるように男の顎に向かって鋭く拳をぶつけた。
男「うぅ…うあ、うあ、あああ…」
悶えるような唸り声を上げると、膝から地面へと崩れ落ちていく。男は顎を両手で抑え、ヨダレと汗の混じった液が地面にダラダラと垂れていた。
いつの間にか周りには、野次馬によって円が作られており、青年と男を囲んだ。男が悶えている間に、近くにいた警察隊が落ち着いた様子で近付いてくる。
警察「いや~、ごめん。対処が遅れて。とりあえずこの薬中は「警察隊」の方で引き取るから、安心してくれ。」
その男性警察隊は、気さくな感じで話かけてくると、腰から手錠をスッと取り出し、地面で悶えていた男の手へとかけた。
青年「警察隊…」
警官「ん?今なんて?」
青年が何かボソッとつぶやくと、警官は不思議そうに彼の顔を見つめた。
青年「いえ!…では、自分は行ってきます。本日もお勤めご苦労さまです!」
青年は、純粋な少年のように目を輝かせると、そう爽やかな声で警察に挨拶をして、野次馬の方へと走り出しその間を駆け抜けていってしまった。
警察「珍しいな…警察隊に礼を言う市民は…よいしょっと!」
警察が男を背中に担ぐと、近くからまたクラクションの音が鳴り響いてくるのが聞こえる。
「おい!早くどけよな!!」
そんな男の怒鳴り声が聞こえたかと思えば、輸送会社の物と思われるトラックが窓を開けながら、警察の目の前ギリギリを横切るように走っていった。
警察「本当…善良な市民は珍しいな…」
いつの間にか周りにいた野次馬達も消えており、彼は重い足取りで人混みの中を歩いていった…人混みはとても騒がしく、頭の中をすぐに雑音で埋め尽くした。
一方で、男はずっとうわごとのように何かを呟いていた。
『祈れ。弱き者よ…信じよ、猛き者よ。あぁ…全てを信ずる女神よ…』
警察「やっぱり…気味が悪いな…」
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青年は、とある場所へと向かって急ぎ足で向かっている。それは「警察隊官営警察署」だ。それは警察隊の政府公認の警察署であり、警察隊…またの名を「政府の犬」と呼ばれる人達が拠点とする施設。
「現実」とやらで考えるのなら、普通の警察署だと思ってくれれば良い。
鉄柵の門は完全に開ききっており、警察隊のバッジをつけた人々が中へと入っている。そして、入口には主張の強い大きな看板が立てかけられていた。彼らはバッジを胸につけていない彼を見て、にこやかに笑ったり、背中を叩いたり、彼へ様々な反応をしながら通っている。
『ようこそ新入り。』
その看板をまじまじと見た後に、少し気恥ずかしそうにしながら彼らに…先輩方の後についていくように門を通っていった。
青年(ここが警察署か…入ったのは久しぶりだなぁ。)
彼は懐かしそうに周りを見回すと、彼と同じようにバッジをつけていない者達が皆自身の思いを表情へと出していた。真剣な顔つきであったり、はたまた晴晴しい笑顔だったり、それは様々である。
彼は、そんな彼らの顔を見て、少し早歩きで、追い越すように前へと進んでゆく。
中へと入ると、矢印の書かれた「新入り向け」の案内の看板が所々におかれていた。その矢印の通りに進んでいくと、その先には両開きの扉がある。ガラスつきだが、うっすらとしか見えず、中の様子ははっきりとはわからない。そして扉には、「中に入って勝手に座れ!」の張り紙が書かれていた。
青年が、張り紙の指示に従って扉を開けると、かなり広い空間が広がっており、右側の奥の方は壇上になっている。そしてその前には、たくさんの椅子が置かれ、もう既に他の人達が座っていた。もちろんその人達は、バッジをつけてはいない。
とりあえず、一番前の方の席に座ろうと、前へと視線を向ける。すると、やはり皆考えることは同じなのか、なんと青年から見て一番右側の端っこのしか最前列は空いていなかった。しかも、もう既に座っている人達のほとんどは、引き寄せられているかのように最前列にいるのだ。
青年「やっぱりか…まあ一席空いてて良かったけど…」
これにはちゃんとした理由がある。これはどこが発祥なのかは知らないが、警察隊にはとあるルールがあるのだ。そのルールというのは、バッジの番号とその配布順である。警察隊では、新しく新人を迎える式の際に警察隊の証としてバッジを渡すのだが…それを渡す順番は毎回前列の左側からとなっている。
そして、これまた誰かは知らないが「代ごとに番号を与えよう!」と考えた人がいた。それにより、その年ごとにくる新人を毎度一期生や二期生と呼ぶルールが追加されたのだ。これはどこの警察署所属なのかやどのくらいの経験の持ち主なのかという判断に必要なものである。それが作られてから70年以上が経ち、青年は76期生となる。
そして、本題の番号なのだが、ちょっとした栄誉としてバッジに何期生なのかどこの警察署なのかが彫られ、そのついでのような感じで番号が彫られた。
しかし、これをちょっとした面白く半分で、最初に式へ来た新人へ、栄誉として1番のバッジをやろうと、とある警察署の署長が考えたのだ。
そこからいろんなところへと広がり、今では番号は小さい程縁起の良いバッジとされたり、1番のバッジの持ち主にちょっとした贈り物が署長から送られたりと、その署によって様々ではあるが、皆これを一種の競争のようにして楽しんでいる。まぁ、気にしない人は気にしないのだが…
おっと、こんな話をしている内に、青年はもう席へと腰掛けているようだ。一番の席ではないが、最前列はかなりラッキーだ。
しばらくして、ぞろぞろと足音を立てて、他のルーキー達が部屋の中へと入ってきた。
すると、目の前の壇上に何人かが上がってきた。いかにも偉そうな感じの、まさに「重鎮」という単語が似合うような、貫禄のある方々であった。だが、それらの中に署長はいないのか、誰も演説台に一番近い席や演説台に近付こうとせず、それらに敬礼してから座っている。
ただのマナーだろうと思い、そのままの姿勢を保っているとぞろぞろと聞こえた足音が聞こえなくなり、壇上の席が全部が埋まった…一つを除いて。
演説台に一番近くに置かれたその椅子は、周りからも少し離され、向きも違っており、何か紙のような物も置かれているのに気付く。しばらくすると、壇上の上の人達がざわつき始める。一人が演説台に近付いたかとおもうと、マイクを慌ただしくセッティングして喋り出した。
『すまない。少々待機していて欲しい。』
そう申し訳なさそうな声を出すと、深々と頭を下げ始めた。周りの新人達や事情を把握できてなさそうな先輩方も驚いている様子で、青年もまた同じであった。
青年(何かあったのかな…)
何か致命的な問題があったのか?はたまたただの準備不足か?色々な疑問が浮かぶが、事態を深刻そうなようすで話している様子を見ると、自然と何か最悪がことが起きるのではないかと不安になってしまう。
突然、大きな揺れが会場全体を襲った。その場にいた人達は、吹っ飛ばされたりなんとか持ちこたえたりしていたが、皆共通して困惑していた。またすぐにグラグラと揺れ始め、バキッ…バチバチ!という音が聞こえると、パリンとガラスが割れるような音と共に明かりが消え、会場は真っ暗になった。
窓からの光のおかげか、少しは見えるのだが、窓の無い壇上の上はかなり真っ暗になってしまっていた。揺れはまだ続き、次第にどんどんと大きくなり始める。
青年(何が起きてるんだ!?)
冷静に状況を判断しようと頑張るが、揺れで立つことさえやっとで周りも見えずらく上手く情報を得れそうになかった。だが、周りの新人達もパニック状態ではあるが無理に走り出そうとする者は一人も出てはないかった。
青年「止まった…?」
揺れがビタッと急に収まり、皆が一斉に立ち上がろうとしている中、一人演説台の前に立ちマイクを触り始めた。
『今すぐ全員窓から逃げろ!!』
その男がマイクを持ってそう叫んだ瞬間、ガッシャーン!!と轟音を出して壇上の壁が崩れ男の上へと落ちた。そして、壁の向こうから何かが飛びだしてきたのが見えた。それは『腕』であった。
青年「なんだ…あれ…」
真っ白で、骨の形がはっきりと見える程痩せほそり、そして巨大であった。爪は真っ黒に染まり、所々から真っ黒な血液のような何かを垂らしている。それは何本も壁の向こうから突き抜けてきており、地面を何度も何度も叩きつけていた。
近くにいた警察隊達はすぐさま逃げだし、窓を割って外に出て行った。青年も同じようにしようとすると、あるものが目に映った。
手の1本だけが、まっすぐとどこかに向かって伸びて行っていた。その先には女性が一人で地面に座りこんでおり、一人だけ逃げ遅れたのか、全く動く様子を見せていない。
青年(何してんだよあの女!あぁもう!クソ!)
心の中に留めたことではあるが、焦っているからか、心配からか、つい口がお下品になってしまっていた。
彼はまっすぐ女性の方へと全速力で走り、女性の方へと伸びていた手の手のひらの中へ入るようにタックルでぶつかっていった。
すると、案の定腕に掴まれてしまい、そのまま壁に向かってなげつられてしまう。壁には血液飛び散っており、上から天井が追い打ちをかけるように落ちてくる。女性はずっと何をするわけでもなく、祈るように、両手を合わせてただ座りこんでいた。
手が再び女性の方へと向かい始め、更に近付こうとすると、手に向かって何かが大砲のすっ飛んでいく。それが勢いよくぶつかると、指はぐしゃぐしゃになり、骨が外へとつきだして血を流しているようだった。
青年「掴むタイミング良すぎなんだよ…」
そう誰に対して言っているのかもわからない言い訳を口にしながら、スーツについた真っ赤な血液を拭き取っている。
青年「あっ…大丈夫ですか!?どこか怪我は…」
青年が声をかけても、女性は一切の動きを見せることはなかった。すると、こんどは別の手がこっちに向かっているのが見えた。
青年「ああもう!勝手に運びますからね!?」
そう叫ぶと女性の肩と膝の裏側に腕を回してしっかりと持ち上げ、そのまま窓の外へと走っていく。手はこっちを追いかけるのを止めたのか引っ込んでいった。そしてダン!と常に地面を叩いていた音もピタリと止まりだした。
青年「…??」
何だと思い後ろを振り向くと、全ての腕が地面に手をついて動こうとしない。それは人で言うなら自分の体を起こそうとするときによく似ていた。
青年「まずい!」
勢いよく窓の外へと飛び出て、女性を地面にそっと置くと、ガッシャーン!とさっきとは比べものにならない轟音が響いた。急いで女性を再び持ち上げてその場を離れると、周りで他の警察隊が、皆呆然と上を見ているのだ。
彼もそれらにつられて、その目線の方へと目を向けると、とあるものが見える。それは巨大で、警察署と比べても劣らない程であった。
それは蛇のような、それにしては短い。まさにツチノコのような見た目をしており、人のような見た目の、真っ白で長く細い腕を何本も生やしている。その顔は口角が上がっており、不気味にニヤついていた。口の中には人のような歯をいくつにも生やし、何度も口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返している。そのたびに口の中からは黒色の液体が溢れ出し、それは警察署の外まで広がっていた。
この世の邪悪を煮詰めたかのように、その液体からはぶくぶくと沸騰した水のように気体が発せられており、どこかネバネバと粘液のようになっている。
…皆がそれにあっけにとられていると、それは大きく口を開け、喉の中から、腹の底から、地獄の奥底から何かの声を発していた。結構な距離が離れていても、はっきりとそれは聞こえた。
『あぁ、祈れ弱者共。俺は、強者は信じ続ける。良い気分だ。』
『あははははははは!!!』
そう悪魔のような笑い声を発すると、怪物はその大量の腕を動かして、青年の方へと向きを変えて向かってきている。
青年「これが…異形者なのか?」
ドタドタと怪物は足音と絶望を振り撒きながら、その笑い声を絶やさなかった。
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