第20話 衝突
嬉しさを爆発させ喜ぶ陽太とは対称的に嫉妬とまではいかないが置いて行かれた悲しみ、そして親友が実力を伸ばしていることに対する喜びという2つの感情が同居し言葉に出来ない感情が溢れ俯く俺に師匠が語りかける。
「そんな悲しそうな顔をしてはいけないよ」
「してませんよそんな顔!」
「そうかい?夢見君が人気になりそうなのが怖いけど嬉しさもあるみたいな顔をしていたが?」
ドンピシャすぎる、俺の頭の中を覗いているんだろう。これから悲しい気持ちになる度にその全てが見透かされているというのはかなり怖い。
「ナーバスになってるの暴かないでくださいよ…」
「いや、今のはただ顔を見ただけで分かったよ」
そんなに分かりやすかったのだろうか、陽太とMyuiはわちゃわちゃと大声で見飽きた会話を繰り返しているため俺の異変に気付く様子はない。四人の中で唯一師匠だけが俺の変化に感づいていた、自分自身で自覚するよりも先に。これを能力を使わずに行ったのなら普段から相当周りに目を向けているのだろう、気配り上手な人がする行動に近い気がするがこの人の場合そんなものではないのだと確信できる。
「ところでどこまで進んだのかな?」
「いや…陽太の様子が気になってあんまり進んでないです…」
「言い訳に夢見君を使ったね」
「グヌヌ…」
やはり思考の全てが読まれているのだろう、バレバレな言い訳をした自分の落ち度には目を瞑ることにした。
「もう一度確認だが流れで書くという言葉に間違いはないかい」
「もちろん!」
「ならとりあえず最後まで書いてみようせっかく疲れを感じないんだからね、そして直しが必要な箇所はあの世界に行って追体験する方向でいこう」
「それだけですか…?もっとこうアドバイス的な…」
「九重君は本当に欲しがりだね」
人が聞いたら変な誤解を生むような言い方は訂正してほしい、ニヤニヤしながら言ってると余計にいかがわしい。
「そうだねとにかく長考しないことだ、思うがままに書いてみるといいよ、直しの時間はたっぷりあるからね」
「分かりました…とりあえずやってみます」
「うむ、頑張りたまえ」
そうだ俺は陽太とは違い残された時間は多い、ひとまず自分を信じて師匠のような執筆スタイルでいけるところまでガンガン進めていこう。食事に排泄、多少のリフレッシュタイムを除いて書けるだけ書く、ひたすらに書く。
勇者に拾われた後に簡単な訓練を受け奴隷という外れスキルながら基礎的な戦闘技術を身につける、一方クラスメイトたちは魔王に拾われ王様の下にいた時では考えられないほどホワイトな環境で実力を付けていく。その過程で魔王軍が実は優しいと思い込んでしまい心に隙が生まれる、それを利用され魔王の世界を滅ぼすという目標を脳内に埋め込まれ洗脳され残虐非道の連中に変貌する。再開したときにはかつて主人公を気遣って一緒に逃げることを提案してた優しい側面は欠片も残っていない、奴隷のスキルや着いてこなかったことを必要以上にバカにし見下す。見境なく人を襲う集団になったクラスメイトと勇者の戦闘が始まる、主人公は力が足りないので片隅で見守るしかない。勇者とクラスメイト一人ひとりの力量差は大きいが39人を一人で相手にするのは流石に厳しい、流れ弾が主人公に当たりそうなところを庇いその隙を突かれ勇者は敗北する。そのときに主人公に力を託し死ぬ、恩人である勇者の死体に気が動転した主人公は力の制御が効かず暴走しそれに恐怖を感じた元クラスメイト達は一目散に逃げる。冷たくなった勇者を土に埋め復讐の旅に出る、そしてラスボスである勇者は土から消えてどこかで主人公を待つ。
ここまでを文字通りノンストップで書き進める、普段ならベッドに飛び込むほどの疲労を感じているとことであろうが師匠のおかげで疲れなんて微塵も感じない。まだまだ書き進められそうだが一度立ち止まり師匠にアドバイスを頂こうと思ったのだが二人がなんだが激論を交わしている。
「だ~か~ら~!!!完成したならバンバン投稿するべきやろ!!」
「それでは余計な誤解が生まれるだろ、一日一枚に抑えるべきだ」
陽太のイラストの進捗が想像よりペースが速くSNSの運用方法で意見が違うようだ、どちらの言い分も理解できるが師匠がリスクを取らないのは意外に思える、Myuiの意見のように外野の声など少しも気に留めないという方向で一致すると思っていた。
「そもそも誤解ってなんや!何があかんのや!!」
「トレスに代行、SNSの数字の購入などあげればキリがないほど色々なことがあると思うが?」
「んなもん作業工程も投稿すれば一発で解決やろ!!」
「余計な騒ぎを起こすようなイラストレーターに重要な仕事が回ってくるとは思えないね」
二人の意見は交わることはなく平行線のままどこまでも進んでいく、両者共に我の強さが人類でもトップクラスなので妥協という言葉を知らない。放っておくと合宿終了まで言い争っていそうだ。
「そんなん絶対に関係ない!俺はSNSで何言っても仕事くるで!」
「それはMyui、君だからだよ、夢見君はギリギリの綱渡り状態なんだよ」
いくら会話を続けてもやはりどちらかが折れる様子もなく、どちらの言い分も理にかなっているのが理解できるので俺と陽太は中途半端な意思でこの争いを止めることはできない。埒が明かないとでも言いたげにMyuiが置いてきぼりをくらっている俺たちに会話を振ってくる。
「陽太!龍!おまえらはどう思うんや!」
即答は出来なかった、少しの間を経て俺が先に口を開く。
「俺は師匠に賛成です」
「あぁ~!?なんでや!アホちゃうかボケが!」
「流石、よくわかっているじゃないか」
とんでもない罵声とささやかな誉め言葉を一斉に受け喋る気が一瞬で失われていくのだがここで黙るのも理解不能な行動なのでなんとか理由を説明する。
「そんなに焦って行動しなくても陽太は確実に上達してる、余計なリスクを負う必要はないかなって」
今にも殴りかかってきそうな視線を感じるのでその方向は向かないように天井を見る、気まずい沈黙が流れるのだがそれの空気を打開してくれたのは陽太だった。
「え~俺は完成したならドンドン投稿したいけどなぁ」
「ほらみぃ!本人がこう言っとるんや!」
「陽太まじかぁ…」
絵描きと字書きの性分の違いが表れたのか見事に半々で意見が食い違う、俺と陽太、師匠とMyuiの間で火花が散る。どちらも譲る気はなく多数決も無意味、この場合の解決方法は一つしか存在しない。
「「「「じゃんけんだ(や)!!!!」」」」
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