第19話 特別待遇
綺麗な海で遊んで、頬が落ちる程に美味しいディナーを頂き、ド派手な花火を眺める。こんなに理想的な夏を過ごせている人間は一体どれだけいるのだろう、俺たちは確実にバカンスを楽しんでいた。しかし俺と陽太は天国から地獄に落ちていく、ここから約144時間休憩なしの修業が始まる。それでも俺はまだマシな方で陽太の方が厳しく教えを受けている、Myuiだけではなく師匠までもが陽太の作業を少しのよそ見もなしで監視している。
「おら陽太ぁ!!適当な線引いてるちゃうぞ!」
「今余計な考え事をしていたね?」
「ひぃいいいぃいい…………」
技術的なことからイラストに向き合う態度まで少しのミスも許されない、小説とイラストそれぞれの界隈でトップの座を爆走している二人に見られながら絵を描くというのはとんでもないプレッシャーだろう。師匠に関しては当然のように脳内を覗き見している、そして直接見たわけではなくあくまで本人談だがイラストもMyuiに引けを取らない技術らしい。それでも技術的なことは指導せずにサポートに周っている、本職のイラストレーターから教えてもらって方が受け入れやすいであろうという配慮らしい。一方俺はというと三人でワイワイガヤガヤとしんどさと楽しさをある程度両立してそうな皆を少し離れたソファーから眺め一人悲しく執筆作業に勤しんでいる。陽太とは違い誰にも監視されていないのでソファーで横になろうとすると首が絞まり呼吸が出来なくなる。
「アバババ…!!」
「誰がサボっていいと言った」
「ごべ…ごべんばさい…」
首を絞めるなにかから解放され酸素を必死に取り込む、荒い呼吸をしながら一矢報いようとくだらない作戦を立てる。横になるフリをして体勢を変えるだけのする必要のない行為だ。ソファーに寝そべり師匠からの攻撃を待つのだがなにも起こらない、俺の考えなんて全てお見通しなのかとゆっくりパソコンを頭の方に持っていき執筆を続けると脳内にテレパシーが飛んでくる。
「(そんなことしなくても九重君のことも後でたっぷりシゴいてあげるよ)」
決して構ってほしくてやったのではない。ただ単に師匠の裏をかきたいだけだがその発言が少し嬉しくもある。一方陽太は少し手を休めこれからの方針を三人で話合っている。
「夢見君、君にはあまり時間が残されていない」
「え?なんでです?」
「せやな、長く見積もってあと二か月ってとこやな」
理解不能と顔に書かれている陽太のために師匠は俺にした説明を再度する。自分が想像以上に追い込まれているということに気付いた陽太は顔を青ざめてジタバタする。本人からしたら笑い事ではないのだろうが遠目で眺めている俺はニヤニヤしてしまう、俺よりも厳しい条件下で戦っているが二人がそれぞれの道で一花咲かせる最大のチャンスなのだ頑張ってもらうしかない。俺は九月に誕生日を迎え22歳になる、つまり来年も同じ締め切りで開催されるとしたらその時俺は23歳で出場資格を満たせない。もっと若いうちに挑戦しておけばとも思うのだがこれまでの実力では受賞は不可能だろう。今はそれぞれに最高の先生がついていてこれまでにない成長曲線を描いている、色々な条件を加味しても俺たちにとって最初で最後の大勝負だ。
「イラストは小説とは違い作品を募集しているわけではない、それまでに人気を獲得しておく必要がある」
「それってかなり難しくないですか?」
「せやから陽太はこれから一日一枚SNSに絵を投稿してもらう、中途半端なやつちゃう、めちゃくちゃ上手い反応がたくさんくるようなイラストやで」
「人気急上昇の22歳以下のイラストレーターになれば受賞作品の表紙にふさわしいからね」
二人はまるで簡単なことのように話してはいるが絵を描かない俺でもどれだけ難しいことなのか分かる、どれだけ上手いイラストだというのに反応が薄いものを見てきた。俺も自信作は見向きもされずに微妙な作品が人目を集め書籍化した経験がある、つまり実力だけではなく運の要素も絡んでくる厳しい条件だ。しかし一つだけ運の要素を取り除ける方法が思い浮かぶ、俺としては極力使いたくない手段なのだが陽太はお構いなしにその提案を二人にする。
「じゃあ二人に拡散してもらえば解決じゃないですか!!」
絶対に断られるのが分かっていないのかそれとも分かってはいるがとりあえず自分の考えを伝えているのかは定かではないがこの愚直さは俺にはない陽太の強みだ。
「アホか!んなことする訳ないやろ!」
案の定Myuiに一刀両断される、しかし師匠の考えは少し違うようだった。
「そうかい?私はアリだと思うがね」
「ほら!新山さんがそういうならMyuiもそうしろよ!」
「なに言っとるんや新山!そんなんズルやないかい!てか敬語忘れんなぁ!」
この展開は想像もしてなかった、師匠なら甘えるなと言い断ると思っていた。それは無理だろと勝手に決めつけなにも言わないであろう俺では得ることの出来なかった陽太だからこその近道だ。
「当然下手な絵ならしないよ、拡散するに値する素晴らしいイラストが描けたらの条件付きだよ」
「条件付きかぁ、とにかく頑張るしかないな!」
「グヌヌ…まぁそれならギリ妥当やな」
「私は弟子想いだからね、師匠が私達である恩恵も感じてもらわないと」
条件付きではあるがイラストを投稿する前に大きな一歩で前進した。しかしこの二人の首を縦に振らせるのは相当厳しいだろう、師匠とMyuiが認めるクオリティならその二人に頼らなくても大きな反響を産み出しそうなものだが喜んでいる陽太に水を差すのも気が引けるので黙っておく。
そこそこ長い時間をかけようやく一枚のイラストが完成する、自分のことのようにイラストの出来が気になった。疲れ果てている陽太の脇から液タブを除くとこれまでとは一味ふた味も違うイラストが顔を覗かせる、俺から見た陽太のレベルは中の中、贔屓目に見て中の上といったところだったがこのイラストは既に中を飛び越えて上のレベルに突入しているクオリティだ。SNSに投稿したのを見て俺も急いでスマホを取り出し拡散する、これまで三桁前半のいいね数だったにも関わらず4000を超えるいいねがすぐに集まった。たくさんの反応をもらえるというのはクリエイターとしてこの上ない喜びで陽太の生気もそれに合わせて回復していく。
「通知が止まらないぞ!!」
「なんやまだ通知切っとらんかったんかい」
「常時スマホがなるのはなかなか鬱陶しいものだよね」
俺たちの常識はこの人たちには通用しないらしい。喜ぶ陽太を見て素直に嬉しい気持ちと置いて行かれたなんとも言えない気持ちが同居する。
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