第17話 ドロドロな感情

 「九重君、君作業ペースだけは凡人離れしているね」


 褒められているのか貶されているのか判断が難しくはあるが一応誉め言葉として受け取っておく、内容には目を瞑るとしてスピードだけはそこそこの自信があったのでそこを認めてもらえたのだとしたら嬉しいものだ。そして執筆が終わった瞬間には既に俺の部屋にいることはもうスルーさせてもらおう。


 「見てもらってもいいですか」

 「もう見たよ」


 もはや速読のレベルではない、力を使って読んだというのはギリギリ納得できるのだが一瞬で少なくはない文量が脳内に入り込んでいるというのに脳みそが処理落ちしないのは理解不能だ。元から脳が異常な発達をしているのか魔法とかで脳の力を強化しているのか分からない、どちらもあり得そうなので特に追及することはない。


 「どうです?結構…いやかなりいいですよね!?」

 「この間の師匠と出会うまでの展開を忠実に再現して書いたんでおもしろいとは思うんですけど」


 あそこまで手を貸してもらってこの初稿が没だったら俺はどう頑張っても無理だろうと思ってしまうほど今回のデキには確信が持てているが天才には物足りないものだったようで呆気なく没を喰らう。


 「微妙だな」

 「え、なんで…体験をしっかり伝えれてると思うんですけど…」


 三日間も独房のような場所で寝泊まりしてまで書いた文章が総没というのは簡単に立ち直れそうもない、しかし師匠は俺の目を覚ますアドバイスをくれる。


 「何故体験したことをそのまま書くんだ、それを活かして更に面白くしようとする工夫が微塵も感じられない」

 「あくまで執筆は創作活動だ、体験したことを基にそこから更に面白さを創り出すんだ」


 師匠の指摘はごもっともであっちの世界で体験したことをそのまま書いているだけだった、これで十分だろうと自分で意識しないうちに妥協してしまっていた。つい最近まで惰性で書いていたツケが本気で取り組んでいたつもりの俺の足を引っ張る。


 「具体的にはどこですか…」

 「例えば君だけが牢屋のようなところで生活し毎日掃除しているところの心理描写だが、ここはもっと恨みや怒りを描写するんだ」

 「それが今後の主人公の行動原理になる、そして読者が主人公の境遇に同情しより応援できるんだ」

 「なるほど…」


 お姉さんは声を荒げることもなく只々冷静に落ち着いて説明を続ける。


 「九重君は私の創り出した世界ということを理解しながら生活していたからあまりその手の感情を感じなかったかもしれないが、そのままではとんでもない駄作になり一次選考突破も夢のまた夢だね」

 「そんなにダメでしたか…」

 「あぁ、まずは主人公の負の感情を爆発させるように書いてごらん」

 「けどそれだと王様っぽいやつらも敵になりません?」

 「おや?その場の流れで書くというのはデタラメだったのかい?」


 しまった、自分で言ったことを忘れていた。あそこまで啖呵を切った以上今更やっぱ無理ですなんて言おうもんならこれまでの自分から少しも成長していないことになってしまう、それだけは避けたかった。


 「いや!やりますよ!やる!やるから!」

 「そうか、早速書き直してみたまえ」

 「わかりました!」


 俺が体験したことを更にスケールアップし面白いと言える物語にする、アドバイスも貰っているしそこまで難しいことではない。一人不遇な立場に置かれている主人公の不遇さを書き、クラスメイトは主人公を置いてきぼりにし再開後には更に嫌な奴にする、味方のはずの王様陣営も理不尽を振りかける憎たらしい敵に仕上げる。ここまで書くと主人公がやることが明確になってくる、恩人である勇者を殺したクラスメイトとその原因を作った国に復讐。そして最後に真の黒幕である元勇者とのバトルで物語は終わりを迎える、当初想定していたよりもドロドロとしていて暗い物語だが平凡な一作になるよりは随分とマシなように感じる。物語につられ俺のテンションも下がり主人公に感情移入しボソボソと周りへの恨みつらみを呟きながら超特急で直しを進める。


 「やっぱり書くスピードだけは速いねぇ、素の私と比べても見劣りしないレベルだ」

 「そりゃ俺みたいな作家はスピードで負けてたらダメでしょ、てか素で俺より早いってどんだけですか…」

 「って!!なんでいるんですか!!!」


 あまりにも自然と会話を始めてくるものだから普通に乗っかってしまったではないか。


 「書き終わるタイミングすらもお見通しなんですか…」

 「いや?ずっといたが?」

 「こいつらはどうせ最後に皆殺しだ~とか俺の怒りを買ったことを後悔するんだなとか、ラノベの登場人物みたいなことを小さい声で言っていたのも聞いていたよ」

 「はぁ~!!?」


 いるならいると言え、なんならその都度アドバイスをくれたっていいじゃないかと少しズレた文句が出て来てしまうほど恥ずかしい。俺を辱めるための言動としか思えない、絶対作中で惨たらしい死に方をさせてやる。俺がそう誓うより先に首の骨が鈍い音を立て俺が死んでしまった。ここ数日は死ぬこともなければ痛みを感じることもなかったので普段より鮮明に痛みを感じた、分かってはいたが人生で何度も経験をしたくはないほどの苦痛だ。


 「そう簡単に弟子を殺すなぁあああ!!」

 「この私に向かって不敬な思いを抱いた時点で躾けの対象なのだよ」

 「言ってることめちゃくちゃですからね…」


 なにかを思い出したのか師匠はニヤニヤとした薄ら笑いをやめ急に真面目な顔で違う話題を提示してくる。


 「ところで君は夢見君が本当に表紙を描けると思うかい?」

 「なんですか急に…あのMyuiが教えるなら余裕なんじゃないですか?」


 真面目な顔で話すもんだからどんな重大な話かと思ったが師匠も意外と分かりきっていることを聞くんだなと親近感が沸いてきた。


 「だって俺と陽太の創作のレベルが同じくらいだとして、同じくらい凄い先生がついて同じくらいの期間頑張るなら二人ともいける計算ですよね?」

 「二つ間違えがある」

 「一つは正解ナンデスネ…」

 「正解なのは君と夢見君のレベルの話だ、それ以外は間違っている」

 「私の方がMyuiよりも優れている、そして夢見君には九重君ほど時間がないのだよ」


 俺の想像と少し違っていた。同じ期間頑張るのというのが正解だと考えていた、自分がMyuiより優れていると言うのは予想がついていて、俺と陽太を比べたら俺の方が少しレベルが上だと褒めてくれるものだと思っていたが全く違っていた。


 「時間がないってどういうことですか?」

 「普通に単行本を出すだけなら絵師の方があとに決まるが今回は注目度の高い賞だ、今一番勢いのあるイラストレーターが先にピックアップされるだろう」

 「今が何月で賞の締め切りがいつか分かるかい?」


 今は確か七月…曜日感覚が失われているのでこっちも自信がないが締め切りは更に分からない、U22は大きい賞なので存在はもちろん知っていたが応募する気になんてとてもじゃないがならないので締め切りなんて知るはずもないのだ。


 「今は七月下旬、そして締め切りは10月末だ」


 思ってた以上に締め切りが先で一安心だ、師匠はなにをそんなに心配をしているのだろう。


 「なにが問題なんですか?」

 「君は締め切り後の結果発表で一気に有名になるが夢見君は締め切りには既に人気イラストレーターになっていないといけないんだ」


 約三か月…いや三か月もないもしかしたら八月中には候補がリストアップされるかもしれない、そんな短い期間で本当に人は大幅に生まれ変わることができるのだろうか。しかもあの陽太だ今頃泣き言を言っているだろう、少し心配になってきてしまう。


 「しかも教えるのは私ではなくMyuiだ、あまり楽観してはいられない」

 「Myuiなら良いのでは…?師匠もそう思って呼んだのでは?」

 「どんなに絵が描けても小説が描けても教えるのが上手いとは限らないからね、私は全て出来るがね」

 「そこまで言うなら師匠が教えてあげればいいのでは…?」

 「バカをいうな私の弟子は九重龍、君だけだ」


 滅多に褒めてくれないのにこんなどうでもいい所で嬉しさをくれる、もちろん少し安心もしたが普通に褒めてもらえると俺はもっと嬉しいのだ。


 「じゃあどうするんですか…?」

 「合宿だ!!」

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