第16話 天才に勝つために

「つまり君じゃ私に勝つことは不可能ということだ!」




 プライドの高さを披露する師匠に呆れつつも言ってること自体は間違いないので再度頭を悩ませる。課題を一つ解決しても次から次に問題が降ってくる、それを全て解決したときにこそ傑作ができるのだろう。




 「具体的にどうすればいいと思います…?」


 「そうだな、蘇生をできないようにするかそれが出来ない殺し方を考えるかだ」


 「あとはできないことを決めるんだ、なんでもできるは反則らしいからね」




 実際師匠がしないことはあるけれどできないことはないのだろう、短い付き合いだが未だに見たことがない。そしてこれからも見ることはないのだと思う。なんでもできるのほうがキャラクター作りとしては最も簡単だ、普段は0から設定を練る足し算方式で考えているが今回は出来ないことを作る引き算なのでいつもとは脳みその使い方が少し違う。




 「じゃあ蘇生とか即死とかの命関係の力は消して、他人に力与えるのも…あっそれは主人公に渡すから消せないか」


 「他にはどんなアイデアがある?」


 「いやむっずかしいなコレ!!!」




 一般的なキャラクターはある程度出来ないことのテンプレが決まっていてそれを細かく考えたことなんて一度もない。しかも今回のモデルには常識が少しも通用しない人物を採用してしまった。




 「しかし弱くしすぎもよくない、主人公の強化も兼ねているのだからな」


 「じゃあ基本的な魔法が使えて勇者らしく近接戦闘もできる…」


 「まだ弱すぎるな、その世界で敵なしくらいの力を加えたまえ」




 普通はそれだけでも十分すぎる程強いはずなんだろうがこれでもまだ足りていないらしい…いや結局足し算で設定を作っている、これでは途方もない。基本的には何でもできるが命にまつわることはできない、それとあと少し何かを減らせばなんとかなる気がしているのだが、その何かが一向に思い浮かばない。




 「埒が明かないな、書きながらその場の流れで決めてしまえばいいではないか」


 「俺は師匠と違ってそんな天才的な技能はもってないんすよ…」


 「それもそうだな、九重君には少し、いやかなり早かったかもな」


 「ぐぬぬぬぬ…」




 煽りなのかそれとも本心からのセリフなのかは分からない、きっと両方なのだろうが俺の脳みそは煽りと捉えることしかできない。煽られたというのにそれを軽く受け流せるほど俺は人間ができていないのだ、できるかどうかはあまり関係がない、ここまで言われたらやるしかないのだ。




 「やってやろうじゃないですか!!!」


 「では序盤の本文を書いたら報告したまえ、それでは解散」




 その言葉を聞いた瞬間にパソコンに体を向け執筆を開始する、普段ならどんな原理で瞬間移動しているんだろうと少し考えてしまうのだが今回はノータイムで作業に没頭する。




 陽太Side




 これまで喰らったことのない没を喰らい陽太は生気を完全に失い大理石でできている綺麗な床に横たわっている。イラストを描きまくって体力を使い果たすなんて初めての体験で完全に起き上がる方法を忘れている。




 「コラ陽太ぁ!!いつまで寝とんじゃ!!」


 「痛あああああああああい!!!」




 横になっている陽太をまるでサッカーボールを蹴るかのように力一杯蹴り上げるMyui、陸に上がった魚のようにピクピクと陽太は飛び跳ねる。




 「そんなんでアニメ化確約されたラノベの表紙描けると思ってんのかぁ!」


 「いやぁ、俺的にはメチャクチャ頑張ってるんですけどねぇ…」




 メチャクチャ頑張っているという言葉に納得いかないのか先ほどまでの騒がしさの中にも元気がある態度とは180度態度が入れ替わり静かに淡々と話し始める。




 「なぁお前はどう思う」


 「なにが…?」


 「自分のことを才能がある人間だと思ってんのかちゅう話や」


 「いやぁ、あなたに比べればない側ですけど」


 「せやろ?ならやるしかないんや」


 「人間は努力する凡人と努力しない天才の2パターンちゃうで」


 「努力しない凡人、努力する凡人、努力しない天才、努力する天才の4パターンや」




 喋っている内容もさることながらいつもの騒ぎながら大声で怒鳴る喋り方とはまるで違う静かでしかし突き刺すような話し方に言葉を失う。




 「えっと…」


 「ちなみにMyuiさんはどのタイプですか…?」


 「死ぬほど努力する超天才や」


 「新しいパターンがあるんすね…」




 しかしMyuiの自己評価は微塵も間違えていない。SNSでは三日に一枚はイラストを投稿しながら仕事も裏で完璧にこなす、SNSと仕事の絵でクオリティの差はない、常に本気で命を削る思いで鍛錬を重ねている。圧倒的才能を持ちながらそこに胡坐をかくことは一切ない、だからこそ名実ともにナンバーワンのイラストレーターなのだ。彼女が表紙を描けばどんな駄作でも飛ぶように売れる、そして才能がないくせに努力をしない凡人に苛立ちを覚え罵声を浴びせるのだ。




 「ちなみに俺はどれだと思います!」


 「まずは陽太の考えを聞かせろや」


 「努力しない天才ですかね!!」




 ブチッっと堪忍袋の緒が切れる音がする、冷静に話すことに努めていたMyuiが再び大声を出すには十分な回答。




 「お~ま~え~は~!!!!努力しないゴミカスやあああ!!!」




 部屋にある雑貨や日常品が宙を舞う、陽太は小さな声でごめんなさいと何度もつぶやきながら頭を手で覆い体を丸める。




 「龍が受賞すると仮定してぇ!その本の表紙と挿絵を描く仕事はぜぇええったいに!努力してる天才にくる!」


 「多分イラストレーターも22歳以下にするはずやから私はない、がぁ!今のままじゃ絶対依頼来ないで!」




 普段の怒鳴る喋り方に加え話している内容の厳しさも相まって陽太はすっかり畏まりプルプルと震えている。




 「じゃあ俺が頑張っても無理じゃないですか…」




 流石にその言い方には思うとことがあったようで意を決して反論を試みるが呆気なく一蹴される。




 「違ああああう!!陽太お前は死ぬほどありえんくらい努力するんや!!」


 「無限にラフを没にしたのも、あえて紙に描かせたのもその過程のほんの始まりにすぎひん」


 「つまり…どういうことですか…?」




 少々頭が悪い陽太はいまいち話の全容を掴み切れていない。真剣な会話の最中にボケているのかと言いたくなる返答をしてしまうがMyuiはわざわざツッコミを入れることもなく陽太の心に再度火を灯す言葉をかける。




 「つ~ま~り~!!死ぬほど頑張って天才たちから依頼をぶんどるんや!!」




 逃げ道はもうない、そして陽太は後ろを振り返ることも逃げ道に逸れることももうないだろう。




 「龍!!俺はやるぞ!!!」

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