第14話 夢に向かって
「どうした龍急に大きな声出して」
田中が驚いた顔で問いかけてくる、俺の友人に田中なんて人間はいない。それなのにこいつの性格から出会い方まではっきりと覚えている。この世界が師匠の創り出した世界だと分かっているがこのクラスの一員である記憶も確かにある。記憶の混濁で頭が割れそうだ。
「いや、なんでもない…」
「それより見ろよ泉さんを…今日も可愛いなぁ…」
泉芽衣、クラスで一番いや学校でも一番の美少女。誰にでも優しく勉強もできる皆の人気者で俺らみたいな陰キャに態度を少しも変えずに接してくれる。いやおかしい、俺の設定では主人公は陰キャではない。これ絶対師匠が内容を改変している、俺はこれからクラスの中心人物たちに異世界でいじめられるのだろう、気が重くなる。そんなうちにお決まりの魔法陣が教室を包み込み気付くと異世界に飛ばされていた。
「ここどこ~」
「なんだよこれ!!」
異世界を経験している俺以外が騒いでいるといかにも王様らしい小太りのおじさんが学生たちを一喝する。
「貴様らには今から二つのグループに分かれてもらう!」
「使える人間と使えないゴミのような人間の二つにな!!」
周りは理解が追い付かずおじさんを口汚く罵る、それに怒りを表したのは王様ではなく見張りの近衛兵たち。槍で脅しをかけ生徒たちは大人しく口を閉じるしかない、そのまままたしても定番のスキルの鑑定が始まる。
「お前は魔法剣士」
「そっちの貴様は聖女」
「王様一人を残し鑑定が終わりました」
「ほうほう、結果はどうだ」
「驚くべきことに全員がレアスキルを持っています」
「なんと!!では最後の一人も終わらせてしまえ」
ついに俺の番が回ってくるが結果は分かりきっている、どうせ村人とか農民とかだろう。
「結果が出ました!」
「どんなレアスキルなんだ!」
「ど、奴隷です…ある意味レアではあります…」
奴隷ってなんだよ…思ってたより酷いな…
「奴隷の小僧、名前は」
「九重龍です…」
「うむ、貴様だけがゴミだったようだな、他の皆には格別の待遇を約束しよう!」
クラスメイトたちは俺を口汚く罵るのではなく可哀そうな奴を見る目で憐れんでどこかに歩いて行った。
「貴様はゴミ拾いだけでもしておけ」
「あ、はい…」
一方陽太はMyuiの家で合宿を始めていた。
「すげー!!Myuiの家ってこんなでけぇのか!!」
「敬語ォ!あとここは一つの部屋でしかねぇ」
「じゃあルームツアー?ハウスツアーしましょう!」
「んなもんあとじゃ!とにかく描け!」
ワンルームの龍の家によく遊びにいく陽太には別荘に見えるほど大きな部屋に驚きを隠せず子供のようにはしゃぐ陽太。先生になる人物から課題を渡されているというのにそれを無視しテンションの制御が効いていない、Myuiの容姿に威厳が足りていないのかもしれない。
「じゃあここの液タブ使っていいんですか!?新山さんが出してたのと同じやつだ~」
「新山の力見たんか」
「え?Myuiさんはいつから新山さんと知り合ってるんですか?」
「…腐れ縁や」
なんとも言えない間を残し答える、確実に腐れ縁だけで片付けることはできない言い方なのだが陽太はそれに気づく気配がない。
「んなことええねん、その液タブは使わせん。紙と鉛筆でひたすら描け」
「なんでですか!」
「お前どうせデジタルで適当に描いてるやろ、線一つに命かけろや」
陽太もイラストで仕事を貰うイラストレーター、決して絵が下手なわけでない。それでもNo1イラストレーターの地位を欲しいがままにしているMyuiからしたら線の一つ一つがお粗末なものに見えてしまうのだろう。
「そんなのしてたら疲れちゃいますよ!」
「龍の本の表紙描くんやろ?今のままじゃ無理やで」
「…」
痛い所を突かれこれまで制御の効かず上昇を続けていたテンションが急降下。それに気付きながらもそのことには触れず話を進めるMyui。
「陽太お前どんな絵描くのが好きなん」
「可愛い女の子が好きですね…」
「男も描きや、ラノベの一巻てのは基本的に主人公の男とヒロインの女の二人やからな」
「男女二人組のラフ描きまくって見せや、OK出るまで進ませないからな」
「そんなぁ…」
龍の特訓にも負けず劣らず厳しい修行が始まる。
龍Side
クラスメイトと隔離され城の掃除を続ける日々が三日経った。今日も夜までゴミ拾いを続け牢屋のような自室に戻ろうとすると外にいるクラスメイトたちがいる、皆が俺に手招きをするので周りを見渡してから俺も外に出る。
「久しぶり皆!」
陽キャでクラスの中心の八神が静かにしろと俺の頭を軽く小突く。
「九重この四日何してた?」
「ゴミ拾いだけど…」
「俺らより酷いな…俺たちは訓練という名前の地獄を見てたんだ」
「戦ったことなんてない俺たちを男女関係なしに暴力で支配してきたんだ」
「いやいや俺なんかより酷い仕打ちだな…」
ここで俺の設定と合流を果たす、これが原因でクラスメイトたちは魔王軍に入るのか、先の展開が分かっているのにまるで初めて聞くかのようなリアクションに徹する。架空のクラスメイトと茶番を続ける。
「そんなときの魔王軍の幹部を名乗るやつがこっちにこないかって」
「九重もこないか?」
掃除を続ける毎日に飽き飽きしているのも事実なのだがここでついて行ってしまったら作品の根本が変わってしまう、大人しく断っておこう。しかしクラスメイトが全く嫌なやつではないのですでに変わっているのかもしれない。師匠のすることに間違いはないだろうし俺からすることも特になし、あと何日でゴミ拾いから解放されるのかは分からないがこの日常を継続する。
「俺は残るよ、皆といても役に立たないから…」
「大丈夫、皆のことは黙っとくから」
「そうか、じゃあまたいつかな」
ぞろぞろと歩いていくみんなを見送り自室に帰ると早速偉そうな人が俺の胸ぐらを掴み怒鳴り始める。
「貴様!なにか知っているだろう!あのガキ共はどこに行った!」
「知りません知りません~!話してください~!!」
「貴様が探してこい!見つけるまでここに貴様の居場所はない!」
なんの餞別もなしに外に投げ捨てられる、この展開は既定路線なのだが惨めなものは惨めだ。ここで勇者のお姉さんに出会うはずだ、どんなお姉さんに出会うんだろう。すこし楽しみでもある、のだが見覚えがある人が俺の前に飛んでくる。
「やあ、久しぶりだね」
まぁそんな気もしていた。師匠がニヤニヤと俺を見下しながら登場した。
「あの!なんかちょくちょく設定と違いませんか!?!?」
「いじめられる弟子というのは見るに堪えないからね」
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