第12話 カミングアウト

「面白そうな話をしているね」


 めんどくさいのが登場してしまった。変な奴と思われたくなくて最近のことを隠し通そうとした努力も、俺一人の手で陽太をレベルアップさせるという覚悟も全てが意味を無くす。

 若干の苛立ちを必死で隠している俺とは対称的に陽太はテンションが上がりきっている。


 「なんでこんな所に新山千がいるんだ!!」

 「おや?彼に私とのことを話していないのかい?」


 あまりにも白々しい…知らない訳がない、来るタイミングも何故か鍵を無効化して入ってきた入室方法も全てが嫌がらせの為ということにしないと説明がつかない。


 「簡単に言うと彼は私の弟子だ」

 「はぁ!!?」


 その通りだし、正解なのだけどややこしくなってくる、もう口を開かないでほしい。


 「どういうことだよ龍!説明しろ!!」

 「いや~なんというか、その~」

 「ハッキリしろ!!」

 「そうだよハッキリしたまえ」


 う、うるせぇ~、うぜぇ~…

 なんで混乱を作り出した張本人が乗っかって煽ってくるんだろう。出来ないことがないのは理解していたのだが人をイラつかせることにも長けているなんて本当に素晴らしい御方だ。


 「隣の部屋にたまたま新山さんが引っ越してきてその流れで弟子入りしたって感じ」

 「それでちょくちょく小説のことを教えてもらってるんだよ」


 元勇者の話は信じないだろうし信じてくれたとしてもややこしいので伏せておく。それでもペースを握ることは叶わない。


 「一緒に異世界に行った仲じゃないか、なんでそのことを話さないんだ」


 もう黙ってくれ…


 「え、それってつまり…?どゆこと…?」

 「いや、言っていいんですか?」

 「いいに決まっているだろ?親友に隠し事はよくないよ、それとも私のことを知っているのが自分だけっていう特別感が欲しいのかな」


 一応気を遣ったというのにこの言われよう、思いやりを異世界に、いやへその緒に忘れてきたらしい。


 「何言ってんだと思うかもしれないけど今から言うことは全部本当のことだからな、覚悟して聞けよ」

 「お、おう…」

 「新山さんは元勇者なんだよ!異世界にも行った経験もある」

 「俺も弟子入りしてから一緒に異世界に連れて行ってもらった」

 「だから…俺のプロットが面白くなったのは全部師匠のおかげだ、嘘ついてごめん…」


 師匠を気遣ったなんていうのもきっと言い訳だ、この期に及んで自分の身を案じている。作家としてのレベルは少し上がったかもしれないけど人間としてのレベルは少しも上がってないのかもしれない。

 お前だけいい思いしてズルいとか、俺もそんな体験してたらだとか一生分の悪口を吐かれるのじゃないかと思っていたが陽太はそんなこと少しも考えていなかったらしい。


 「じゃあ二人は魔法とか使えんの!!」


 身構えていた分想定外の発言に体の力が抜ける。普段はうるさくて馬鹿で頼りない奴だけどこういうところがあるからこれまで俺たちは今まで友達なんだろう。


 「ハハハ…九重君、いい友達を持ったね」

 「そうですね…魔法か、俺は師匠次第かな…」

 「私は何でもできるよ」

 「スゲー!!じゃあ俺のこと殺せたしするんですか!!」


 それはまずい。


 ――ゴキ――


 「うぇあぃ?」


 ボトンと陽太の体が床に倒れる。血は一滴も垂れていないし折れた首以外に外傷もない。それでも親友の体からは生命特有の熱や生気を感じない。スライムを始めとした魔物の死体は見てきたが人間の死体を見るのは初めてなので血の気が引く。これを見た後に何食わぬ顔で蘇生を施すこの人は人として大事なものが欠落しているに違いない。


 「うぇあぃ?」


 しまった…今のは失言だったか…


 「「ハッ!俺今死んでた!?!?」」

 「走馬灯みたいなの見えたけど碌な思い出がなかったな…てかなんで龍まで死んでるんだよ!」

 「よくあることだ、気にすんな…」

 「なるほど…?」


 死を経験してスルースキルを身に着けたのか追及はしない、それか師匠の機嫌を損ねたら死ぬということを理解のかもしれない。


 「とにかくスゲー!!本当になんでもできるんですね!」

 「一度死んだ人間のリアクションはよく見てきたが夢見君の反応は新鮮で面白いね」


 師匠が陽太を気に入ってる?今ならちょっとしたお願いなら聞いてくれんじゃないか。


 「師匠こいつにも魔法使わせてあげてください!そしたら俺たちの目標が近づく気がするんです!」

 「ほう、目標とは何だい」

 「俺がU22ラノベ大賞を獲ってその本の表紙を陽太が描くことです」

 「それが実現したら相当面白いね、昔からの友人でタッグを組むか、ロマンがあるね」

 「俺も魔法使いたいです!!」

 「……」


 この流れでゴリ押せばこの人も首を縦に振らざるを得ないだろ、その願いに応じる理由もないが断る理由もない。しばらくの沈黙を経てようや師匠は口を開く。


 「いいだろう、どんなのが使いたい?」

 「火の玉を出す魔法と無理なこと言うと絵が上手くなる魔法とか…」


 意外と強欲だな…


 「じゃあ火の玉からいこう、頭の中で念じてみたまえ」

 「待て待て!外に出てからやれ!」

 「どうせ元通りになるというのに細かいことを気にしすぎだ、だから売れないんだ」

 「細かいことじゃねええええ!!」


 ウキウキでベランダに出る陽太を魔法に慣れている俺と師匠は室内から眺める。その後ろ姿は希望に満ち溢れていた。


 「いくぞ~出ろ!」


 ――バゴン――


 いつか見た光景が重なる、外は見える限り焼け落ちいる。俺のときと違うのは魔法を撃った人間の反応、腰を抜かせてブルブルと震えていた誰かとは違い陽太は楽しくて仕方がないと言わんばかりに飛び跳ねている。


 「本当に出た!!!」


 いつも通り指パッチンで全てが元通り、それにも喜びを爆発させている。


 「どうなってんだコレ!」

 「次は絵が上手くなるだけど」

 「あーそれはいいんです、テンション上がって適当なこと言っただけなんです」


 当然といえば当然だ、なんでも出来るとは言え絵を上手くするなんて無理な話だ。


 「出来ないと思われるのも癪だ、上手くしてやろう」


 出来るのかよ…


 「ただそれをしても夢見君の為にならない、私がするのはちょっとしたお手伝いだ」

 「そこのペンタブに描いてみたまえ」


 なに言ってんだ絵描きでもない俺の部屋にそんなものあるわけないだろ。


 「龍、お前ペンタブなんていつ買ったんだよ、しかもこれ最上位モデルのめちゃくちゃ高いやつじゃん」


 何故か机の上にプロ御用達の高級ペンタブが置かれている。流石におかしいだろ、これは物を移動させたのか?それとも物を生成したのか?本当におかしいだろ。


 「今から君はあのMyuiと全く同じ絵を描く」

 「お?おぉ?手が勝手に動くぞ」


 液タブを覗くとラフから色塗りまでの工程を一度も消しゴムを使わずに書き上げる、一時間もしたらイラストは完成した。完成したら絵は師匠の本の表紙を飾ったあのイラストだった。いつ見ても惚れ惚れする唯一無二の神イラスト。


 「これで描き方わかったかい?」

 「は、はい…」

 「じゃあ本日は解散」


 師匠は消えていき陽太も早足で帰宅した。元通りになった部屋で俺は一話の執筆を開始する。


 1日後


 昨日と同じくチャイムとドアを叩く音で目が覚める、ドアを開けると興奮した様子の陽太が紙を一枚だけを持ってズカズカと家の中に入ってくる。


 「おいおいなんだよ!」

 「できた!できたんだよ!」

 「なにが!!」

 「俺史上最高のイラストが!」

 「分かった分かった!とにかく見せろ!」


 手元にある紙を奪うとこれまでとは比べ物にならないほどクオリティの高い絵が描かれていた。

 髪のツヤ感、影の描き方、瞳の描き込み、修正点がまるで分からなかった前回のイラストが嘘のように違いが分かる。最上位層の絵師には届かないレベルだが俺と同じく上達の希望を掴んだのが見て取れる。


 「この感じなら俺たちいけるかもな!!」


 確かに手ごたえを感じていると窓からコンコンと音が鳴る、誰がいるのか予想はつく、というよりそんなことをするのは一人しかいない。こちらも前回通り鍵のかかった窓が開く。


 「今日は悩める若者のために特別ゲストを連れてきたよ」

 「誰もいないですけど…?」


 当然の疑問をぶつけると謎の女の子が部屋のなかにワープしてくる。


 「なんじゃこれわれぃ!!げ、新山ぁああ!!」

 「じゃーん!イラストレーターのMyuiさんでーす!」

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