第5話 臨死体験
「うむ、君の弟子入りを認めよう」
「うおおおお!やったぞ!!ありがとうございます!!」
数々の苦難(2回)を乗り越え弟子入りの許可を貰ったよろこびで頭がおかしくなってしまいそうだ。人生で今以上に嬉しかった出来事など絶対にないと言い切れるほどの喜び、ゲーム中以上の大声が出る。
「では感想を言おう」
「まずタイトル、俺は平凡魔術師なのに性悪チート魔王を倒さなくてはいけない件、これはいいね読んでみたくなる」
「ですよね!」
これまでなら腕を捻じ曲げ黙らせるような大声に反応することなく淡々と感想を言う、それに違和感を持てずハイテンションで相槌を打つ俺。
「内容も合格点だ、特に魔王のキャラが立っているね。嫌な奴というのがこれでもかと伝わってくる」
「そうでしょ!そうでしょ!だってモデルは新山さんだから!あっ…」
しまった、ついうっかり本音が出てしまった。恐る恐る顔を上げると青筋を浮かべまくり見るからにおこってらっしゃる師匠と目が合う。
「そう、問題はこの性格の悪い魔王が私に非常に似ているということだよ」
「あの…これはですね…こうしたら面白い作品が出来上がるかなって思いまして…すいません…」
「なにを謝っているんだい?怒ってなんかいないよ?」
100%嘘だ、声色は普段通りだが顔から怒りが滲み出ている。
「作品として点数をつけるなら50点だが私相手にこの題材で勝負したところは高く評価しているよ」
「分かりますか!?俺としても一世一代の大勝負だったんですよ」
「ふむ、というと?」
怒りを鎮めてもらうなら適当でもなんでも言い訳をしたほうがいいのに、俺の苦労を分かってくれてると感じついつい饒舌に話を進めてしまう。
「これ書いたら絶対面白くなるとは思ってたんですけどワンチャン殺されるんじゃないかなーって、ハハハ!」
「なんだその覚悟はあったんだね、なら話は早い、一度死ね」
――ボキ――
聞きなれた音だけど今回の音の出所は腕ではなく首。走馬灯は見えなかったけど確実に死に至ったことだけは感じ取れた、それと同時に意識を取り戻す。
「俺…今死んでました…?」
「あぁ、死んだ瞬間蘇生した」
普通に生活しているだけでは絶対にしない会話をしたことで何となく理解した、この人の弟子になったということはこれから何度も死を経験することになるんだと。
「分かっていると思うが出来が悪かったり言うことが聞けない様なら殺す、私はスパルタ以外のやり方を知らないしする気もないからな」
「ですよねぇ…」
分かったつもりではいたが口に出されると血の気が引く、逃げるなんて確実に出来ないしとんでもない人の弟子になってしまったのかもしれない。
「まずはお互いのことをもっと知るために私のことを話そう」
「知っての通り私は様々なジャンルでベストセラーを叩きだしている超がつく売れっ子作家だ」
「存じ上げています…」
「君が興味あるのは元勇者のほうかな」
「そうかもしれませんね…」
下手なことをいうとまた殺されるかもしれない、その恐怖でまともに会話ができない。
「そこまでかしこまる必要はない、対等ではないが普通の会話くらいなら問題ない」
そう言われても怖いもんは怖い、けどこの態度を続けて機嫌を損ねるのも怖い、結局何をしても怖いのだ。なら普段通りを選択した方がマシな気がしてくる。
「じゃあ元勇者というのを詳しく教えて下さい」
「そうそう、それでいいんだよ」
それから新山さんは今日の出来事を語るくらい軽そうに詳細を話し始める。
「確か21歳の頃、私はすでに作家として有名になっていた、九重君と同じ年齢のときだね」
は、腹立つ~!!俺が何も言い返せないのを分かってて皮肉たっぷりのセリフを言いやがる。落ち着け落ち着くんだ俺…反抗したところでいいことなんて何一つない、今は大人しく話を聞くしかない。
「目を覚ましたら知らない空間に私と女神を名乗る女の二人だけ、異世界転生ってやつだね」
「その女が言うには地球上で最も勇者適正があったのが私でこの世界を救ってほしいってさ」
「面白いよね、ただの文章を書くことしか能がないのに勇者適正があるだなんて」
「そして力を得た、君が見たようになんでもできる力、それがあったから特に困ることはない」
「華々しい冒険譚も、苦楽を共にした仲間もない、コンビニに行く感覚で世界を救った」
今更嘘つき呼ばわりするつもりもオーバーリアクションを取る気もない、静かに頷きながら話を聞く。
「そして私は英雄になった、報酬としてこっちの世界でも力を使えるようになった」
「帰ってきてなんとなくラノベを書いてみたら飛ぶように売れてしまってね、リアリティのある描写だと褒められ大ヒットさ」
「そりゃ実際に体験したことなんだからリアリティがあるのは当然さ」
この人のラノベが異常に面白い理由が分かった、けど全てが異世界での経験のおかげと思わせない説得力がある。きっと新山さんなら普通に生活しながらベストセラーのラノベを書くこともできたはず、そんな人がラノベを書くためのような体験をしたんだ他の作家が束になっても勝てない訳だ。師匠だからできたことだと頭では理解しているのに俺も異世界転生をしたらもっと面白いものが書けるという希望に満ちた思考が脳を埋める。
「その後もちょくちょく呼び出されては全部で10個くらいの世界を救って今に至るって感じだね、次は九重君の話を聞かせてくれ」
とんでもない話の連続でこの後に自分の話をするのは少し苦しいが平凡な過去を語る。
「俺は中学生の頃ラノベ読んで面白いと思ってから趣味で小説をネットに投稿してそれがたまたま本になって、けどそれ以上はなにもなくてズルズルと一日を消費してるだけです…」
情けない、小説だったら一二行で語り終わる俺の人生とは一体なんなのか…しかし弟子入りしたからにはそんな人生とも別れを告げる時が来たのだ。
「なるほど、つまり何か目的があって弟子入りしたということか?」
俺の決意の思考を読みとって無理矢理会話を成立させてくる、めちゃくちゃ話しにくい。
「いや…特に考えてないですけど」
「なら今決めろ、もちろん最後の目標は決めてあるが、その前段階の小さな目標を立てるんだ」
これは…大きく出ても調子に乗りすぎと言われ小さな目標を言ってもつまらんと言われる未来が見える…
「じゃあ、俺の出した小説が漫画されるとかですかね…」
「つまらん」
ほら見たことか。
「アニメ化にしろ、最初の目標はアニメ化作家になることだ、いいな」
それ普通は最初の目標じゃないですと言いかけた口を閉じるのに必死な俺を師匠は待ってくれない。
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