傷がついた君と傷をつけた僕と

焼鳥

【短編】 傷がついた君と傷をつけた僕と

「しよっか。」

どことなく耳に残るあの甘い声に誘われて、僕はあの日間違いを犯した。


華奢な体に、吸血鬼に見間違うような綺麗な銀髪、なのに瞳は僕と同じ黒。

そんな日本の何処を探しても居なさそうな女子の友達がいた。

家が隣だったこともあってすぐに仲良くなり、いつも二人で何かしていた。

そんなは、彼女の一言で簡単に変わってしまった。

中学の卒業式が終わった後、珍しく彼女に誘われた。

「家にお父さんもお母さんも居ないから、家で遊ぼ。」

僕は二つ返事で返し、制服のまま彼女の家に向かった。

家に着くと、彼女は「少し待って欲しい」と言った後に家に入り、数分経つと玄関の扉が開いた。

彼女の家で遊ぶのは久しぶりで、何をして遊ぶのか考えていたら、彼女に引っ張られるまま、彼女の自室につれて来られた。

「今日は卒業式だったね。」

クラスメイトは皆楽しそうにしながら泣いていた。僕もつられて泣いてしまった。

「氷花も卒業した。」

彼女が卒業証書を受け取る姿はとても綺麗だった。

「今日をもっと特別な日にしたいんだ。」

悪い事でもするのかと聞くと、彼女は少しだけ頷いた。

「私を、弘人だけのものにして。」

彼女の唇が、僕の唇を重なった。



「うわあああああああああ。」

汗だくになりながら、ベットから飛び起きる。

「・・・・やらかした。」

汚れた服を洗濯機にぶち込み、そのままボタンを押す。

時間を見ればまだ5時を過ぎた頃だ。あまりにも早く起きすぎた。

既に小腹も空いてるので、キッチンに向かい朝食を作る。

テーブルには『明日の夜まで忙しい』と書かれた紙を見つける。

母親は忙しい時期に入ってるようだ。

母親は夜勤、父親は単身赴任なので、基本的に食べる時は一人だ。

それでも月末とかは家族揃って食べる日もあるので、家族仲は良い。

冷凍食品まみれの弁当も合わせて作り、昨日の残りも合わせてパパっと作り終える。

「いただきます。」

スマホで動画を見ながら食べる。対戦ゲームのコーチング動画などを見ながら、昨日の連絡を思い出す。

「今日もあいつに振り回されるのか....中三の俺はなんで止まらなかったのか。」

過去を悔やんでもしょうがない。

食べ終えた食器を水に浸し、そのまま歯を磨く。

「あいつ妙に身だしなみやら清潔感を要求するんだよな。考えが分からん。」

部屋に戻り制服に着替える。もう一年も着た制服は体に馴染み、安心感を覚える。

時間は6時を回り、後一時間程で家を出ることになる。

母親の用の飯を用意してない事に気づき、慌ててキッチンに戻る。

「ご飯は炊いて、目玉焼きは完熟で焼き、ありあわせのサラダをテーブルに置いとけばいいだろう。」

ジュウ~と美味しそうなに匂いが立ち、またお腹が空いてくる。

「行きのコンビニで何か買えばいいか。」

いつもより早く起きた事もあり、時間を余らしているので、彼女に連絡し家を出る。

習慣と言わんばかりの足取りで自宅の横の家の前で止まる。

「おはよ。」

「おはよ。」

目を引くような銀髪、なのに瞳は俺と同じ黒色。

彼女が神崎氷花かんざきひょうか、俺の親友であり、初めての相手だ。

「今日は早起きだね。う~んもしかして?」

小悪魔のような表情と声で耳元に語り掛ける。

咄嗟に後ろに下がってしまい、そのまま電柱に頭をぶつけてしまう。

「図星みたい。弘人は分かりやすくて助かる。」

そう俺が弘人。

柳弘人やなぎひろと、高校二年生で、氷花の親友で、彼女の初めてを奪った張本人だ。

「お前可愛いんだからそうやって直ぐに顔を近づけるの辞めろ。」

「弘人にしかしないよ。だって私はだもん。」

彼女の言うとおり、俺は過去にやらかしたせいで、責任を取らざる負えない状況だ。

「そういうお前は簡単に何処かに消えちまいそうだけどな。」

「そうなる前に弘人は私の手を握ってくれるから大丈夫。」

ニコッと彼女ははにかむ。こういう所だ、俺はこいつに今後も勝てそうにない。

「早起きしたんだからいちゃいちゃしながら行こ。」

「はいはい。」

差し出された手を取り、彼女の歩に合わせて高校に向かうのだった。


「荷物ありがとう...」

「いつものことだしな。五月とはいえ猛暑日の日もある、倒れるなよ。」

「善処します。」

氷花は普通の人より体が弱い。これでも小中の頃より改善したといえど、未だに体育の授業が免除されている。彼女は頭が良いのもあるのだろうが。

(顔が良いと汗だくでも絵になるの本当にズルいな。)

セミロングの髪を伝って汗が落ちるだけで、すれ違う人の視線を奪う。

彼女からすれば暑すぎて死にそうなのだろうが、これを間近で見られるのは特権か。

「後少しで高校だ。最悪背負っていくがどうする?」

「お姫様だっこ。」

「それは流石に俺が殺される。」

「・・・ビビり。」

最後の発言を聞こえなかった振りをし、歩く。

氷花から繋いでいる手から更に指を絡めてくる。先ほどの事もあり諦めて成すがままにされる。彼女は恋人繋ぎが出来てご満悦のようで、鼻歌を歌っている。可愛いな。

「高校着くまでだぞ。」

「弘人が望むならその先もいいのに。」

「いずれな。」

「もう済ませたのに?」

「うるせえ!」

将来こいつに尻を敷かれると思うと未来が暗くなる。俺は果たして無事に生きていけるのか。

校門に着くと、流石に氷花も弁えているのか手を放す。けど隣から離れず、特等席と言わんばかりにくっつく。正直歩きずらい。

校門を過ぎれば自然と俺達に視線が集まる。俺ではなく彼女にだが。

彼女は同学年では一位二位を争うぐらいに可愛いらしく、ファンクラブが存在するとも言われている。去年は上の学年の生徒からやたら告白されたと言っていた程のなので、俺の想像よりも遥かに彼女の人気は凄まじいようだ。

「やぁ氷花ちゃん。」

下駄箱に着く前に声をかけられる。

彼女に連れられて振り向けば、陸上部が朝練を終えたらしく下駄箱に集まっていた。

「前声かけた時はタイミングが悪かったみたいだからね。この後時間あるかい。」

「ないです。」

声をかけたのは俺も知っている人だった。同学年で陸上部の次期エースと言われている鮮花あざかさんだ。去年は一年生でありながら春の全国大会でベスト4に入るほどの実力者だ。彼のファンも多く、よく女性に囲まれているイメージだ。

「そうかい。お昼はどうかな、僕の奢りだ。」

「行かないです。」

彼女は一瞥してから一度も彼の方を向いていない。こういう時の氷花は機嫌が悪い証拠だ。早くこの場から抜ける方が先決だが、この人が彼女を離すとは思えない。

「鮮花さんも人詰まってきてますし、話しは教室で・・・。」

「おや氷花ちゃんの餅巾着じゃないか。」

「は、はぁ....」

俺学校だとそういう認識の仕方なのか、まぁ氷花には似合わない男だと思うが。

「弘人行こ。一限目小テストでしょ、弘人は事前に頭に入れないと。」

氷花に引っ張られ階段の方に移動する。だが鮮花が彼女の前を遮る。

「お昼は結局どうなのかな氷花ちゃん。」

この人は氷花が苛立ってる事に気づいてないのか。はたまた鈍感タイプなのか。

「行かない。さっきもそう言った。」

「僕が聞きたいのはそういう回答じゃなくてね。」

「はい」か「イエス」か「喜んで」しか聞かないタイプの敵かよこいつ。

周りに人が集まってきている。これ以上は流石に面倒くさい噂が立ちかねない。

でも俺じゃどうすることもできないし、何かいい案はないのか。

そう考えてる時、彼女は口を開いた。

「あそこが小さい人は絡むことでしか女性に振り向いて貰えないと聞いた事ある。」

「氷花?」

普段の彼女から想像つかない程の低い声で鮮花に語る。

「貴方も同じタイプのようですし、きっと付き合った女子に悉く失望されたんでしょうね。」

淡々と話す彼女は恐怖でしかなく、言ってる事も男子を殺す言葉だ。

「やったはいいけど、女子は皆満足出来なくて貴方の元を離れたんでしょうね。」

「氷花流石にオーバーキルだ。仮定の話かもしれないけど鮮花の顔が青ざめてる。」

周りの男子もちらほら青ざめている、氷花が大量殺人兵器になってる。

「俺達はこのへんで~逃げる氷花!!!」

「あ!」

彼女を先ほどはやらないと言ったお姫様抱っこし、階段を上り教室に駆け出す。

みなさんすみません、後で謝ります。


「すぅすぅ。」

「寝るの早すぎだろ。」

教室について彼女の荷物を机に置いた後に、自分の席に着いた。

そしたら氷花が俺の膝に座ったと思ったらそのまま寝てしまった。

確かに今日はいつもより30分ほど早く家を出た、そしてさっきの疲れでこのようになったのだろう。いくらなんでも体力が無さすぎる、既に知ってることだが。

鮮花さんとは別の教室なのでお通夜の空気にならなくて済んでるが、教室の男子がちらほら俺の方を見てるので、少なからずダメージを負ってる人はいそうだ。

「氷花寝てるじゃん。相変わらず弘人にだけなついてるよね。」

「委員長おはようございます。色々ありまして。」

声をかけてくれたのは学級委員長の裏道うらみちさんだ。クラスを纏めるカリスマと実績のある信頼でその座を勝ち取った人だ。

「聞いた聞いた。氷花があんな爆弾発言するとは思わなかったよ。でもあの言い方だと男のやつ見た事あるいいかた言い方だったけど。」

「ブフォ!!」

「弘人!?」

裏道さんは頭を傾げてたが、心あたりしかないないせいで気まずい、逃げたい。

「それにしても本当に二人はお似合いね。入学当初からそんな感じだったでしょ?それで付き合ってないんだから驚きだよ。」

「まぁこいつとは長い付き合いですし、他の人よりかは信頼を置かれてる自信はあります。こんな感じに寝てしまうぐらいにはね。」

「惚気か~このこの。」

なんだかんだ裏道さんは気づかいが出来る人だ。俺も安心して話せるというもの。

「そろそろ朝のHRの時間だ。ちゃんとお姫様起こせよ。」

「わかってます。」

彼女が去った後に氷花を肩を叩く。

「起きろ氷花、HR始まるから自分の席に戻れ。」

「う~ん。」

重い瞼を上げたのを確認して、彼女を降ろそうとする。

その時寝ぼけたのか、弘人も想定していない行動を氷花は取った。

彼の首元に頭を押し付け、こう呟いた。

「まだ側にいて。」

甘く溶けそうな小さな声は弘人を凍らせるには十分すぎるもので。

「HR始めますよ。」

思考が停止してる間に先生は到着し、出席確認を始めてしまう。

「あれ、神崎は今日休みか?柳お前なにか・・・お前も大胆だな。」

「いや先生本当に誤解なんです信じてください!」

「先生恋愛には口出さないから、避妊だけはちゃんとしてね。」

「だから違うって信じてください!!!!!」

教室に虚しい声が響いた。


「殺してくれ。」

お昼になると氷花の周りには女子が集まり、俺の元には男子が集まる。

話題は付き合ってるかどうかだ。これに関しては同じ事言い続けているのに、俺達の距離があまりにも近すぎるせいで周りからまるで信じて貰えない。

「本当に付き合ってないんだって。」

「「「嘘だ!!!」」」

「氷花さん本当に付き合ってないの?」

「付き合ってはないよ。で~も、私は弘人のものだよ。」

「「「きゃ~!!!!!」」」

彼女が原因で更に拗れていく。本当にいい加減にしてくれ。

話し終えたのかこちらに氷花が来る。そのまま膝に座り、俺の前で弁当を広げる。

「俺が食べるスペースが無いんだが。」

「私が食べさせてあげるよ。もしかしていや?」

俺に選択肢が存在しないので、ため息をつきながら口を開ける。

「よろしい。」

彼女は自分の弁当から適当に摘み口に入れる。俺はそれを噛みしめ味わう。

「美味い!」

「でしょ。私の手作りだもん。」

「お前それが寝不足の原因だろ。」

俺が原因だと思ってたが、どうやら別の原因があったようだ。

「さぁどうでしょう?弘人が私を朝早く連れ出したのも原因じゃない。」

「誤解しか招かない言い方辞めろ。」

空いてる手を俺の手に重ね、指を絡ませる。

「私はいつでも待ってるよ。弘人からを求められるの。」

「・・・・・」

「弘人、顔ちょっと赤いよ。」

「隠せるものじゃないしな。」

こいつ堂々とそういう事言えるの本当にズルい。ビビりな俺には出来ない芸当だ。

でも俺もやるときはやる男だと示さないといけないようだ。


「終わった~。」

「体調大丈夫か。午後の体育見学でもきつかっただろ。」

「なんとか耐えた。でも荷物は持って欲しいかも。」

「あいよ。」

荷物を受け取り、二人で歩きだす。

「歩きずらいのだが。」

「男避けだと思って。」

「しゃあねぇ。」

彼女の腕と組んでる形なので、引き剝がそうと思えば剥がせるが、それはしない。

それは氷花を傷つけるかもしれないし、疲れてる彼女を支えられるきっかけになるので、俺からすれば引き剝がす理由がない。

「この後コンビニ寄っていいか。」

「うん?大丈夫だよ。」

道中にあるコンビニで寄り、トイレを借りると彼女に伝え、外に彼女に待たせる事に成功した。

「いざ探す本当に売ってるんだな。」

も会計を済ませ、氷花と合流する。

「お前この後時間あるか?」

「あるよ。弘人の為なら時間は幾らかでも割けるよ。」

「良かった。今日家に誰も居ないんだ。だから遊びに来ないか。」

この時間なら既に母親は家を出ている時間だ、しかも明日の夜まで帰ってこない。

「分かった。じゃあ早く帰ろ。晩御飯はそっちで食べようかな。」

「了解。材料あったけ?」

氷花は調子が上がったのか少しだけ歩くスピードを上げ、俺もそれに合わせる。

なんだかんだ分かりやすくて俺は好きだ。


「ごちそうさまでした。」

「片付けは俺がしとくよ。お前はゆっくりしといてくれ。」

鶏肉が冷蔵庫にあったので、出来合いのつけ汁を使った唐揚げにした。久々に作るので味が心配だったが、企業の信頼の技のおかげで美味しく出来た。

「まだ時間大丈夫か?」

「大丈夫だよ。なに?まだ何かあるの。」

「ある。」

彼女の隣に座り、顔を覗く。

「体調は大丈夫か。」

「大丈夫だよ。弘人帰りの時もそうだけどやたら心配するね。」

「そりゃあこの後に関わるからな。」

「この・・あと?」

彼女の頭に?が浮かぶがそれは直ぐに消える。

「え、そういうこと!?」

「お前が普段俺に言ってることだろ!なんで恥ずかしがるんだよ。」

氷花は既に顔を真っ赤にし、プルプルと震えている。

「私今日可愛いの着てない。」

「別にお前は何着ても可愛いよ。」

「心の準備が....」

「昼間のあの言葉は嘘だったのか。」

「ヒァウ.....」

初めて誘われ、間違いを犯した時の氷花とは全然違う。

みたいに見える。

「あの時全然態度違くないか。」

「それは・・・私も成長したといいますか。」

「口調もなんか変わってる。」

「・・・・・ヒニャ~。」

彼女の手を取り、立たせる。

「俺の部屋来るか?」

「はい。」


部屋は何も変わってなくて、あの時と同じ匂いがした。

彼はあの頃よりずっと大きくなっていて、私が包めるぐらいに差が広がっている。

両親に彼の家に泊まる事はもう伝えていた。もしかしたらと思ったから。

彼がコンビニに寄った時、何かを買っていたのを見た。だから予想はしてた。

「氷花は家大丈夫なのか。」

大丈夫だと伝える。少しだけ声が震えてしまった、バレていないだろうか。

「あの時みたいに出来るか分からない、先に謝る。」

何故謝る必要があるのか、弘人はあの時だってとても優しかった。

彼がカーテンを閉め、常夜灯に変える。光源はベットに付属されたライトだけ。

固まっている私を見て、彼は頭を撫でる。

「ホントお前の髪は柔らかいな。」

髪の先を撫でられると、恥ずかしさで目を伏せてしまう。爆発してしまいそうだ。

「氷花。」

彼の声でハッと目を見開く。

「お互い緊張しまくりだな。」

彼が私の手を握り、そのまま私を引き寄せ、為されるがまま彼の胸に飛び込む。

「あの日みたいな特別な日じゃないけど、いいか。」

彼は私に答えを求める。

「はい。」

彼の唇と、私の唇が重なる。



「私を、私をもう一度弘人だけのものにしてください。」

だから、

「しよっか。」

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