柊屋にて

「あら、萌柚もずがお友達を連れてくるなんて、初めてじゃない?」


お店に入るなり、にこにこのお祖母ちゃんが声をかけてきた。


「えへへ。ねえ、ここの席に座ってもらってもいい?」


本当に、今日出会ったばっかりとは言っても、友達を連れてきたのは初めてなので、少し気恥ずかしい。


いいわよーと言いながら、お祖母ちゃんがお冷を注ぎにいってくれた。


私も彼の荷物を預かって棚に置き、メニューを渡す。


「本当に来てくれてありがとうございます、椹木くん」


さっき聞いた、彼の名前は椹木秋斗くんで、どうやら同じ歳らしい。


『椹木』と聞くと、椹木通りを思い出す。


そんなことを考えている私を、彼は不思議そうに眺めながら微笑んだ。


「こちらこそ今日はいろいろとありがとう」


彼の透明な声が、静かに響く。


平日の夕方なので、まだお店は空いていた。


厨房でお手伝いしようかと思ったけれど、まあいいかと、椹木くんの横の席に座る。


「なんで、東京から、こんな時期にお引っ越ししてきたんですか?」


気になったから、聞いてみただけなのに。


彼の眉間がほんの少しだけ寄っていることに気づく。


少し、不躾な質問だったのだろうか。


「…ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」


「いや、別に、そんなことないですよ」


やっぱり彼の眉間は寄ったままだ。


悪いことをしてしまった。


それなのに、ちゃんと答えてくれようとする。


「…家の都合で、少し、いろいろあって」


その姿に、申し訳なさが募る。


「あ、ここのおすすめを聞いてもいい?」


気まずさが伝わったのか、なんなのかわからないけれど、彼が空気を変えるように、明るく質問してくれた。


「んー、今日はじめじめしてるし、少し暑いから、何がいいだろう…

 冷やしにしんそばがいいかもしれない!冬だったら、ぜったいあったかいのがおすすめなんだけど…」


「じゃあそれ、ひとつください」


「はーい。お祖母ちゃん、冷しにしんそば一つお願いします!わたしはいつもので!」


厨房の奥から返事が聞こえる。


「そういえば、柊屋ってことは、お祖父さんたちの苗字は柊さんってことですか?」


ふんわり首を傾げながら聞いてくる。


「ええっと、お店を立ち上げたのが12月だったのが所以だそうで、

 祖父母の苗字は古滝です」


「そうなんですね、教えてくださってありがとうございます」


そういう彼の目がまた氷のように冷たく光った気がして。


思わず息を飲み込む。


さっきのは勘違いじゃなかったのかな。


彼の周りの雰囲気が一気に硬くなった感じがする。


蒸し暑いはずなのに少し寒気を感じた。


早い時間なので私たち以外は、誰も隔離されたカウンター席にはいなかった。


カウンター席の方は、創作料理も出せるようになっているので、少しお高めなのだ。


今回は、友達だからいいけれど。


彼を横目で見る。


ほんとうに人外のような美しさを持っていて、なんだか目を惹きつけて離さない。


芸能人みたいだと思った。


彼と目が合う。


ずっと見ていたのがばれてきまずい、というよりも、彼の目が異様に冷たい気がして怖くて。


「テレビでもつけましょうか」


気を取り直して席を立つ。


19時になったらニュースが始まるから、その時間からはお店でテレビをつけてもいいことになっている。


お客さんが少ない時は音楽だけだけど、今日は友達(今日会ったばかりだけど)がいるからいいよね、と思いながらリモコンを操作しに行った。


お店のテレビが使えない時はリビングやスマホででも、


7時のニュースを見るのが、わたしの毎日の日課だった。


もう19時を少し過ぎていたので、2つ目のニュースが始まっていた。



ー 青波あおなみハルさんが、来月以降の舞台もすべて、降板されることが決まりました。

  事務所はその理由についてまだ発表していません。


ー ハルさんは来年にも大きな作品を控えていると言うことですが、このままだと芸能界に大きな穴が空いてしまいますね、心配です。



アナウンサーの人がコメントした。


大きなビルの画像に続いてハルくんの出ていたドラマの映像が少しだけ映る。


「ハルくん、二ヶ月くらい前から、急にテレビに出なくなったよね。心配だなぁ」


青波ハルくんが月9で準主演もしたことがある、今流行りの俳優さんだ。


確か同じ年だったけれど、本当に演技力がすごくて、前にドラマを見た時にハマっちゃったんだよね。


呟きながら椹木くんをちらっと見る。


東京から来たって言ってたし、芸能人にも会ったことがあったりするのかな。


彼を見て驚く。


顔色が驚くほど青ざめていて、肩が小刻みに震えている。


金色の瞳だけが異様にギラついていた。


「え、だ、大丈夫?」


「…大丈夫だ」


今までの明るい声と違った、低い声が小さく聞こえた。


本当にしんどそう。


…どうして?



ーこちらが事件のあった場所です。



アナウンサーさんの声が耳に飛び込んでくる。


パッとテレビの画面を振り返りを見ると、殺人事件の再現ビデオが流れていた。


もしかして、ニュースのせい!?


こんなのお腹が空いている時に見たら余計につらいよね。


一人納得し、テレビのコンセントを抜いた。


ブチっと音がした気がしたけれど、まあお客さんのためだし怒られないよね。


ひとり納得し、テレビの電源ごと落とす。


「ごめんねー、ニュース暗かったよね!?お腹空いているのにごめん!!」


訳のわからないことを口にしながら背中をさすってみる。


「…悪い、助かった」


彼はふうと大きなため息をついた。


「ええ、本当に、大丈夫ですか…?」


返事は返ってこず、わたしは肩をもう一度とんとんと緩やかなリズムで叩いてみる。


長い睫毛が彼の瞳に影を落としていた。


目に光は灯らず、生気を感じられない。


今までの彼が見せてきた明るさとは裏腹に、一歩踏み込めば闇に落ちてしまいそうな危うさまでがそこにった。


わたしがかれを心配する声が聞こえたようで、何事かと祖母が飛んできた。


椹木くんが慌てて座り直すのが横で見えた。


顔色は幾分かよくなっているように見えた。


他のお客さんは帰ってたみたいでよかったなと思いつつ、説明する。


「お腹が空いているのにちょっと暗いニュースが流れてきたから辛くなっちゃったみたいで…」


「ああ、そうだったのね。大丈夫?」


おばあちゃんが心配そうに彼に視線を送る。


「すみません、大丈夫です」


椹木くんが椅子に座ったまま少し頭を下げた。


もう彼の瞳は、最初の頃の光を取り戻していた。


わたしは安堵の胸を撫で下ろした。


「じゃあ、とりあえずお料理ができたから運ぶわね」


にしんそばと、私の分のお蕎麦が運ばれてきた。


「お祖母ちゃんありがとう!!」


「ありがとうございます」


彼はある程度回復したみたいで明るさを取り戻していた。


「わ、おいしい!」


隣で喜びながらお蕎麦を食べている彼を見て安心する。


わたしもお蕎麦を口に運んだ。


「おいしすぎるぅ…」


本当に、毎日と言っていいほどお蕎麦を食べているけれど、何回食べても感動は薄れない。


ほっぺがとろけて床まで落ちていきそうだ。


これが老舗の味ってやつなのかもしれない。


「ふーう、幸せだぁ〜」


全部食べ終わっておかわりまでした私は、満腹&満足なのだ。


三杯もおかわりした私を見て、隣の彼は目を丸くしていた。


「おいしかったです、ありがとうございます」


椹木くんがお会計を済ませて席まで戻ってきた。


「こちらこそ来てくれてありがとう!」


お互いに、にへら、と笑う。


いつの間にか、私の笑い方うつったようで、彼の笑い方もへにゃっとしたものになっていた。


「じゃあそろそろ、お暇しますね。

 雪原さん、今日は色々と、本当にお世話になりました。

 ありがとう」


「こちらこそありがとうございました!」


椹木くんを玄関まで見送る。


日はもう完全に落ちていて、夕闇の中に彼は消えていった。


⭐︎




階段を上がって、いちばんはしの左が私の部屋だ。


ベッドに学生鞄を放り投げて、制服のスカートに消臭ミストをかける。


ほのかに柚子の香りが広がった。


朝メイクして出しっぱなしだった、ローテーブルの上のブラシやアイシャドウをささっと片付け、

さっき放り投げた鞄をあさり、宿題を入れたファイルを出す。


さて、ここからは勉強の時間だ。


一応進学校に入っちゃったから、明日までの課題がたくさんあるんだよね。


畳の上で居心地悪そうにしている勉強机に教科書とノートを広げた。


「んー、わかんないよ」


進学校に入学したとは言っても、私自身の頭はそれほど良いわけではなかった。


なぜこの学校に入れたかもわからないほどに。


ものの数秒で課題を自力で解くことを諦め、回答冊子と睨めっこする。


答えを見れば理解できるんだけどなぁ…。



ーピピピピ



スマホのタイマーがなった。


スマホのロック画面を確認すると8:00。


お風呂の時間だ。


クラスラインの通知も来ていて、誰かが明日の時間割を訊ねていて、他の誰かがそれに対し答えていた。


着替えを準備し、一階まで降りていく。


お風呂に入りながら今日あったことを回想する。


そう、魔法の使えるイケメンと出会って話してご飯まで一緒に食べれちゃうなんて、こんなスーパーハッピーな体験をできちゃうのは、世界で私くらいじゃないだろうか、と。

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