8日目 コンサート
おれの泊まっているホテルにはラウンジがいくつかあるのだが、ホテル生活8日目にして、おれが一番だと長く過ごしているラウンジは52階にある、フリーラウンジである。
フリーラウンジは、快適なソファとテーブルがいくつもあり、飲食自由、どう過ごそうと自由の、無法地帯だった。
もちろん、みんなマナーを守って快適な空間が保たれているが、他のラウンジと比べると少し会話が多く、食事をする人やゲームをする人など、多種多様な人がいた。
おれはそんな中でゆっくりソファに座って本を読むのがここ数日の大抵だった。
静かな読書エリアももちろん良いが、静かすぎると息が詰まる。
だからこうして少し賑やかなところで読むのも悪くない。
ラウンジには自由に読める本棚も置かれていたので、そこから持ってきた本を読んだ。
本を読みながらでも、数日過ごしていると、どんな人がラウンジに居るのか分かってくる。
入ってきてすぐに退室する人、お昼頃に食事をするために来る人、友達とゲームをしに来る人。
ラウンジに長時間いるメンツは大体決まっているので、自然とその人たちとは言葉を交わすようになった。
最初に話したのは、コンサートの日である。
この街に有名な歌手が来て、そのコンサートがあるので、その日はラウンジにも人はほとんどいなくなった。
天国ではみんな暇を持て余して、こういうイベントは大盛り上がりらしい。
おれはというと、コンサートのことなど全く知らず、なんだか今日は空いているなー、と思っていた。
そんなおれは大層珍しかったのだろう。
コンサートに行かない変わり者に、同じくコンサートに行かなかった変わり者が話しかけた。
その人たちは、おれのようにコンサートがあることを知らなかったわけでもなく、知ってて行かなかったのだから、天国の価値観からすれば本当に変わり者だ。
「あなたはどうしてコンサートに行かなかったの?」
「コンサート?」
「そう。コンサート」
ここでそんなもの知らなかったと答えればいいものを、おれは知ったかぶって、
「そんなのより、ここで本読んでる方がいいから」
と答えた。
コンサートというものは天国ではみんな知ってるような口ぶりだったので、知らないと答えるのは少し恥ずかしかったのである。
今考えると、天国に来たばかりなのだし、そうじゃなくても、みんながみんな知ってるなんてことはないだろうから、知らないと答えて良かったと思う。
ただ、当時のおれは天国というものをそこまで知らなかったので、みんなが知っているであろうことを知らないのは恥だと考えて、知ったかぶった。
とにかく、そんなおれの姿は、彼らからしたら自分達と同じ変わり者に見えたのだろう。
俺たちはコンサートに行かなかった仲として、不思議な仲間意識のもと、仲良くなった。
──────
金光さんは街角の本屋で働いているらしく、最近はどの本が売れ筋か、といったことを教えてくれる。
「最近はロケットのニュースのせいか、科学系の本がよく売れていて、みんなミーハーだな。ははは。」などと言っていた。
しかし、斯くいう金光さんも最近SFの本を読み出したらしい。
金光さんの隣にいた佐藤さんがこっそり教えてくれた。
佐藤さんはピアノ弾きらしい。
どうしてこのホテルにいるのかというと、このホテルには音楽室があり、そこで練習できるかららしい。
ラウンジにもピアノがあるので、少し弾いてもらったがとても上手かった。
もう充分に思えるが、ホテルでゆっくりしながら、その腕を磨いているのだそうだ。
──────
佐藤さん達は普段は4人でボードゲームとかしているらしいが、今日は2人がコンサートに行ったので、おれは数合わせとしてそれに参加することになった。
「ショッピングモールの向かいにある、ラントレってケーキ屋にはもう行った?」
「いや」
「あそこのケーキ、すごい美味しいから、是非食べてみて」
そんな会話をしながらボードゲームを楽しんだ。
──────
やがてコンサートが終わり、その客達が帰ってくると俺たちは元のポジションに戻る。
しかしおれと彼らの間には、コンサートに行かなかった者同士という不思議な絆が生まれていたのであった。
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