5日目 天使
天国に来て5日目。
昨日は買い物があって、あまり観光できなかったので、今日は街を歩いてみることにした。
ホテルから随分歩いて、今は噴水の前にいる。
噴水周りには待ち合わせをしている人や近くのベンチに腰掛けて話をしている人など、人がたくさんいた。
水の流れってやっぱり綺麗だ。
ここで待ち合わせするのもオシャレでいいな。
そして、それを見ながら歩いていたオレは、横から誰かに話しかけられた。
「すみません。その羽根、どこで?」
「え?羽?」
おれが話しかけられた方を見ると、青年がおれの右肩を指差した。
「それです。その、肩についてるの」
おれがクイっと首を捻り、自分の肩を見ると、確かに白い羽根が付いている。
「あー、ほんとだ。どこで付いたんだろう」
鳥の羽根だろうか。
うっすら光って見える
綺麗な羽根だ。
しかし、鳥の羽根にはバイ菌があるというが…
天国ではどうなのだろう。
おれが羽根を左手で取って、目の前にかざして、ヒラヒラしてみると、青年が言った。
「それは天使の羽根です。よければ少し貸してもらえませんか?」
天使?
「良いですよ。」
青年に羽根を渡す。
別にいらないものだし、渡してもそこまで問題ないだろう。
「ありがとうございます」
彼は羽根を受け取ると、何らかの機械にセットした。
彼が手元のタブレットをいじると機械が動き出す。
ハイテク。
天国にもこういう機械があるのか。
その割にはスマホなど見たことがないが。
「こうすることで、天使の行方を追うことができるようになるんです」
機械が動き終わるのを待つ間、青年が説明してくれる。
天使の行方。
じゃあこの青年は天使を探しているわけか。
機械の動作はすぐに終わった。
「終わりました。ありがとうございました」
そう言って羽根をおれに返し、彼は歩いていった。
返されてもな……
それから、おれが羽根を手に持って、ひらひらぶらぶら歩いていると、地面の方で何が動いた気配がした。
なので、足元を見てみるが何もいない。
何もいないので気のせいだったかとそのままぶらぶら歩いていると、また、何かが横切った。
これは何かいるとおれは確信して、立ち止まって辺りを見回した。リスとかの小動物なら良いが、まさか虫じゃないだろうな……
左には道路、右には建物。
今おれが歩いているのは歩道。
左前には街路樹がある。
車はほとんど通っていない。
歩いている人も少ない。
だからこそ、さっきから立ち止まって辺りをキョロキョロできた。他の人がいると恥ずかしいと思う。
そんなことを考えていると、また地面を黒い影が横切った。
どうやらそれは影のようだった。
おれは空を見上げた。
するとそこにいたのは鳥でも虫でもなく、天使だった。
おれはビックリして固まったが、何となく冷静にさっきの羽根はこいつのだったのかと思った。
天使は飛んでいった。
建物の向こうに消えていった。
本当にいたのか……
──────
それからまたしばらく、石畳の道を歩いていると、さっきの青年がいた。
青年は道の端に何やらアンテナのようなものを置いて、タブレットのようなものを見ながら、それを調整しているようだった。
「何やってるんです?」
さっきのこともあって、少し天使について気になっていたおれはそう話しかけた。
「ちょっと、アンテナの向きを調整してましてね…」
青年はタブレットとアンテナを見たまま答えた。
「よければ手伝いましょうか?」
生前なら絶対出なかった一言だ。
しかし、天国の気楽さに当てられて、おれもそんな気分になった。
「いいんですか? ……ありがとうございます。では、このアンテナを空に向けて、こんな感じで掲げてくれますか?」
「分かりました」
こんな感じかな……
おれは片手にケーブルを持ちつつ、もう一方の手でアンテナを上に向けるように持った。
「どうです?」
「もう少し右に向けて下さい。そう。そこ」
「よし、そのまま持っていて下さい」
青年はタブレットを熱心に見ながら言った。
何やらそこに文字が流れ出す。
「……オッケーです。ありがとうございます」
青年のそう言いながらおれからアンテナを受け取って、そっと地面に置いた。
「いやぁ、ありがとうございます。助かりました」
「いえ、全然。さっき天使が飛んでいるのを見ましてね。よければこの後も手伝いましょうか?」
天使。天国らしくて、面白そうだ。
「え。天使を。見たんですか?」
青年が少し驚いたように言う。
「ええ」
「どんな姿でした?」
「速くてよくは見えませんでしたけど、羽の生えた女性のような感じでしたかね……」
思い出しながら説明する。
もしかして超レアなんだろうか。
幸せの青い鳥みたいな。
「そうですか…。天使を見れるなんてラッキーですよ。ぼくも昔、男の天使を見ましてね。でも女性の天使は双眼鏡で遠目にしか見たことがありません」
そんなにレアなのか。
ラッキー。
ビギナーズラックってやつか。
「それでさっきの話ですが…」
「あ、手伝ってくださるんでしたっけ。とても助かります。実は来る予定だった仲間が全然来なくてですね……。ひとりじゃ大変なので困っていたんですよ」
なるほど。
だから、こんな装置を1人で持っていたのか。
──────
「そっちのアンテナで検知して、このタブレットで出力して…」
「これは天使の通った後に通る光の筋を検知しているんです」
手伝いながら、天使の話や彼の所属しているらしい天使サークルの話を聞く。
手伝うと言ったからか、最低限説明してくれるようだ。
おれとしても、天国の話が聞けて助かる。
「つまり、天使の羽根が通った後には、真空のような、何もない霊的空間が生まれ、そこを光の筋が通るわけです」
「そもそも天使というのは……」
「それでぼくは天使サークルの一員として……」
話を聞きながら、あちこちに移動してはアンテナを立ててを繰り返す。
天使を追っているようだが、なかなか追いつけない。
「なかなか天使見つからないな」
おれがそう言うと、彼は笑って言った。
「そう簡単には見つかりませんよ。1週間ずっと追って、やっと見れるかどうかです」
「そうなのか…」
中々根気のいる作業のようだ。
まあ、天国ならそれもありか。
なぜなら、明日も明後日も休みだから。
そして天使が見つからないまま時間は過ぎ、おれは追っかけ君と共に、天使サークルに機材を置きに戻ることとなった。
あ、追っかけ君というのは、青年のあだ名だ。
天使を追っかけているようなので、心の中ではそう呼ぶことにした。
彼はおれと同じくゲームが好きなようだった。
ここまでの数時間でかなり仲良くなったと思う。
天使サークルの前に着いた。
中々立派な建物だ。
「あ、竹田さん。坂口さんが探してましたよ。遅刻して申し訳ないと」
中に入ると竹田さん、つまり追っかけ君に受付の人が声をかけた。
「分かりました。理由は何でした?」
まるで面白いことを聞くように追っかけ君が尋ねた。
「寝坊だそうです」
「やっぱり」
そう言って、追っかけ君は笑う。
坂口さんの寝坊はいつものことなのかもしれない。
「あら、そちらは?」
受付の人がおれのことを指して聞いた。
「ああ。彼は今日、坂口さんの代わりに手伝ってくれた人です」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ、全然。私も貴重な体験をさせていただきました」
受付での会話が終わると、奥のエレベーターに乗った。
10階まで上がる。
チリンと音がして、ドアが開くと明るい光が入ってきた。
どうやらそこは展望台みたいになっているようだった。全面ガラス張りで、双眼鏡などがテーブルに置かれている。
「どうです。良い景色でしょう。ホテルには及びませんが、ここもなかなかの高さですよ」
──────
「普段はもう少し人がいるんですけどね」
追っかけ君が機材を置く。
「今日は人が少ない日のようです」
「そうだ。せっかくですから、我がサークルの誇る銅像をお見せしましょう」
「こっちです。着いてきてください」
螺旋階段を降り、9階に降りる。
するとそこには、ドーンと大きく、天使の像があった。
「すごいでしょう? 翼の部分は本物の羽根を貼って作ってるんです」
「本物ってのは、天使の…?」
「そうです! ここまで集めるのに苦労しました」
すごいなぁ……
「そうだ、おれの羽根もよければあげるよ」
「いいんですか?」
「ああ。今日のお礼」
「ありがとうございます!」
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