Das schöne Wetter jenes Tages und die schwarze Rose

ケルリッヒ・アルトマンは、空中戦においてその名を轟かせた男だった。第52戦闘航空団の司令官として、数えきれないほどの敵機を撃墜し、その戦果をどこか冷徹に、そして無感情に積み上げていった。しかし、彼には一つの信念があった。それは、戦争は戦争であり、敵とはあくまで「敵」だというものだった。人間としての感情を持たず、戦闘機のコックピットに座ることが唯一の目的だった。


その日も、ケルリッヒは目の前に現れた敵機を一機ずつ冷静に撃墜していった。彼のパイロットとしての腕前は誰もが認めるところで、航空戦において彼の名を知らぬ者はほとんどいなかった。だが、その戦闘の中で、ケルリッヒの心に何かが変わり始めていた。


その事件が起きたのは、彼が数機の敵機を撃墜した直後だった。彼の戦闘機が旋回している間、ふと無線が乱れた。最初は、単なる通信障害だと思った。しかし、しばらくすると、明確な声が混乱するバンドの中から耳に届いた。


「こちら、ターゲット12。応答願います。」


その声には、戦争の冷徹さとは異なる、どこか疲れたような、しかし確かな決意がこもっていた。ケルリッヒはその言葉を無視するつもりだったが、なぜか耳を澄ませてしまった。その声の主は、敵のパイロットだった。


何度か交信が続く中で、ケルリッヒはそのパイロットがどんな人物なのかを想像するようになった。通信内容には、あまりにも日常的で、戦場とはかけ離れた言葉が交わされていた。


「家族は元気か? 俺はまだ戦えてる。でも、もうすぐ終わるんじゃないかと思う。」


その声には、ケルリッヒが今まで感じたことのない「人間らしさ」があった。敵であっても、戦争という悪夢の中で同じように命を懸けている、一人の人間であることを感じさせられた。


「今度はどうする?」


ケルリッヒは一瞬ためらった。通常なら、すぐに攻撃を仕掛けるところだが、彼の指先が無線のボタンに触れるのを止めた。そのパイロットとの会話は、ケルリッヒの心の奥底に、かすかな疑問を抱かせていた。


次の交信では、ケルリッヒが自ら問いかけた。


「ターゲット12、君の名前は?」


その問いかけに、相手は少しの沈黙を経て答えた。


「私はエリック。君は?」


ケルリッヒは短く答えた。


「ケルリッヒ・アルトマン。」


その瞬間、戦闘機の中で時間が止まったように感じた。敵の名前を聞くことなど、これまでなかった。それが、無意識のうちに彼に変化をもたらしていた。


その後も、ケルリッヒとエリックの間で何度も無線での会話が交わされるようになった。戦闘機の音に包まれた無線の向こう側で、二人のパイロットはまるで友人のように語り合った。しかし、どんなに話しても、その結末は避けられなかった。


「次の接近で、お前を撃墜する。」


それが戦闘の最期を告げる言葉だった。ケルリッヒもエリックも、その言葉を交わす時はいつも覚悟を決めていた。


そして、戦闘の最終局面。ケルリッヒはエリックの機体を標的にした。だが、その瞬間、彼の中にある何かが止めた。彼は引き金を引くことができなかった。


「エリック、君を撃墜できない。」


「そうか。俺も、戦争が終わる日を待っている。」


その言葉を最後に、エリックの機体は煙を上げて急降下し、墜落した。ケルリッヒは無線を通じてその最後を見届け、心の中で彼を敬意を込めて送り出した。


空の上で、戦争は続く。しかし、ケルリッヒ・アルトマンの心には、もはや冷徹な戦士の姿はなかった。彼はただ、戦争という名の悲劇の中で、人としての思いやりを見出したのだった。


そして、彼の戦果の数は、今も記録として残っているが、ケルリッヒの心の中での戦いは、もはや別の形をしていた。


ケルリッヒ・アルトマンがエリックを撃墜した瞬間、彼の心には深い虚無感が広がった。敵機を撃墜することが、もはや勝利の証であるとは感じられなくなっていた。その後、彼は無線を切り、ひとしきりの沈黙の中で戦場を見つめていた。


だが、空の上では戦闘が終わることなく続いていた。ケルリッヒは、エリックとの会話が続くことを期待したわけではないが、あの声が未だに耳に残っていた。彼が感情的になっていることを認めるのは、少しばかり奇妙なことだった。これまで感じたことのない感覚が彼を支配しつつあった。


数日後、ケルリッヒの機体が再び敵陣へと向かうとき、彼の無線機がふと再び微かに反応した。


「ケルリッヒ・アルトマン、聞こえるか?」


その声は、再びエリックのものだった。ケルリッヒは驚き、同時に少し安堵したような気持ちを覚えた。彼が無意識に期待していたその声に、再び直面することになった。


「エリック…?」


ケルリッヒはつい、声を漏らした。目の前の空は、今までのようにただの戦場ではなく、何か新たなものを孕んでいるように思えた。


「俺は生きている、ケルリッヒ。ただ、少しだけ、空を見上げていたかっただけなんだ。」


無線越しのエリックの言葉は、ケルリッヒを再びその戦場に引き戻す。彼の心の奥底で、彼と戦い合うことへの疑問と、無力感が芽生えていった。エリックは戦闘を続けながらも、まるで戦争が終わることを待っているかのようだった。彼の言葉からは、絶望や諦めではなく、何かしらの希望の片鱗が感じ取れた。


ケルリッヒの指先が無意識に無線のボタンに触れる。しかし、その瞬間、彼は自分に問いかける。


「本当に、これは戦争なのか?」


再び機体を旋回させ、彼はエリックの影を追いながら空を仰いだ。彼の目には、敵であったエリックの姿が今までとは違って見えていた。彼もまた、戦争に巻き込まれた一人の人間であり、勝者と敗者が定義されたこの空の上で、戦う理由すら忘れてしまったかのようだった。


無線が途切れる前に、ケルリッヒはもう一度、エリックに問いかけた。


「君は、いつまで戦い続けるつもりだ?」


その問いには答えがなかった。だが、無線の向こう側で、エリックの声が再び響いた。


「お前はどうだ?」


その言葉がケルリッヒの胸に深く突き刺さった。彼もまた、この戦争がいつ終わるのか分からない。その終わりが見えないまま、彼は戦場で生き続ける理由を問われていた。


ケルリッヒは答えなかった。ただ、深く息を吸い込み、機体を急旋回させて前方に現れた敵機群に向けて突っ込んだ。その行動は、もはや戦争を終わらせるためではなく、ただ戦うためだけのものに感じられた。


だが、その瞬間、彼の心の奥にあった一抹の違和感が再び膨らんだ。今まで感じていた「戦う理由」が、もはや彼自身には明確ではないと気づいた。


戦闘が終わり、基地に戻る途中、ケルリッヒは無線のスイッチを入れる。


「エリック、聞こえるか?」


エリックの声がすぐに返ってきた。


「聞こえる。何かあったのか?」


ケルリッヒはしばらく言葉を詰まらせた。戦争の中で、二人が交わす言葉は、もはや単なる指令や命令ではなかった。


「僕は、いつまで戦い続けるんだろうな。」


その言葉には、どこか他人のような響きがあった。エリックの返答も、少しの間、途切れた後に答えが返ってきた。


「分からない。でも、今はただ生きているだけだ。」


ケルリッヒはその言葉を聞き、心の中で何かが決まったような気がした。戦争は続く。だが、その戦争の中で彼が見つけたものは、もはや戦果でも勝利でもない。それは、人間らしさ、そして戦争が終わった後の未来について考え始めることだった。


「ありがとう、エリック。」


その言葉が、無線越しに届いた。


再び彼の機体が空を飛ぶ中、ケルリッヒの心には確かな変化があった。戦争は終わらなくても、人間としての理解を深めることができるのかもしれない—少なくとも彼は、そう感じていた。 


ケルリッヒ・アルトマンは、エリックとの会話が終わった後、機体を整えて基地へと帰還する途中で、心の中に湧き上がる複雑な感情に戸惑っていた。彼の思考は、これまでの戦闘の中で感じたことのない感覚に支配されていた。戦争という名の悪夢の中で、彼は人として、敵であったエリックに共感を抱く自分を否定したくなったが、否定することができなかった。


戦場では、勝者と敗者が必ず存在する。しかし、ケルリッヒはその理論が崩れつつあることを痛感していた。エリックとの会話を通じて、彼は「戦争」というものが単なる結果を求めるものではなく、もっと深い、人間同士の繋がりや思考が絡み合ったものであることを感じ始めたのだ。


基地に着陸する際、ケルリッヒはいつものように冷静に機体を降ろしたが、心の中には嵐が吹き荒れていた。周囲の整備兵たちは何事もなかったかのように彼に敬礼し、彼の戦果を讃えた。しかし、ケルリッヒにはその祝福が空虚に響くようになっていた。


その夜、ケルリッヒは自室で、ただ一人静かに座っていた。彼の目の前には、エリックとの会話が記録された無線のログが広げられている。それを繰り返し読んでは、何度も何度もその内容を噛みしめていた。


「俺はまだ生きている」

「戦争が終わる日を待っている」

「お前はどうだ?」


その言葉が、ケルリッヒの脳裏で反響していた。戦争は終わらない。しかし、エリックが言ったように、彼もまた「生きている」だけであり、戦争を待ち望むような感情を抱えているわけではなかった。何も変わらない日常の中で、ただ命を繋ぐだけでいいのだろうか。


次の日、ケルリッヒはいつも通りの戦闘に赴く準備をしていた。しかし、その時、あることを決心した。彼はエリックとの再会を望んでいた。そして、これまでのようにただ戦うだけの戦争ではなく、自分の立ち位置を見直し、何かを変えなければならないという気持ちが強くなっていた。


無線を通じてエリックと再び交信することに決めた。彼は自分の戦闘機のキャノピーを開け、冷たい風を感じながら、無線機のスイッチを入れた。


「ターゲット12、こちらケルリッヒ・アルトマン。」


無線の向こう側から、しばらく沈黙が続いた。だが、やがてエリックの声が返ってきた。


「ケルリッヒ、またか。何か用か?」


「…君ともう一度話したい。」


エリックの声は少し驚いたようだったが、すぐに落ち着いた調子に戻った。


「話すって、戦場でか? お前も相変わらずだな。」


「違う。戦場ではない。空のどこかで、何かを変えなければならないと思うんだ。」


エリックはしばらく黙っていた。そして、少し間を置いて答えた。


「変えなければならない? それはお前自身が決めることだ。でも、戦争はそんなに簡単に変わるものじゃないぜ。」


「分かっている。でも、もうこれ以上ただ殺し合うだけの戦争は続けたくない。」ケルリッヒはその言葉を口にすることで、自分が本当に何を求めているのか、少しずつ明確にしているようだった。「エリック、君はどうなんだ?」


その問いかけに、エリックの声が少し沈んだ。


「俺も分からない。戦争はやめたい。でも、やめる方法が見つからない。」

「でも、戦争を終わらせるためにはどうすればいい? 俺たちが出会ったように、戦場でだけじゃなく、何かを始める方法があるはずだ。」


無線越しの沈黙が長く続いた。ケルリッヒは、エリックが何を考えているのか、はっきりとは分からなかった。しかし、そこでの会話を続けることが、何かの兆しとなるかもしれないと感じていた。


「ケルリッヒ、俺たちは敵同士だ。それでも、もしお前が本気で戦争を終わらせたいなら、他の方法を見つけてみる価値はあるかもしれない。俺もその道を探し続ける。」


その言葉がケルリッヒにとって新たな希望を抱かせるものであった。戦争の終結という夢は、もはやただの幻想ではなく、二人の手の届くところにあるかもしれないと感じた。


ケルリッヒは再び機体を操縦席に座らせ、無線を切った。そして、彼の心には、新たな目標が芽生えていた。


「生きるために戦うのではなく、戦わずに生きるために戦う」——

その言葉を胸に、ケルリッヒ・アルトマンは再び空へと飛び立った。

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