コンビニで女の子を買おう。

夕日ゆうや

悲恋

たつにぃ。学校遅れるよ」

 爽やかな春の風が窓ガラスを揺らす。

 外の喧噪がいよいよ増してくるよく晴れた日。

「うん。起きる……」

 俺はベッドから這い出ようともぞもぞと身体を動かす。

 が、動けない。

 寝ぼけ眼を動かすと、腹の上に座る一人の少女。

 端正で小顔な黒髪ロングの女の子。

 その吸い込まれそうな黒い瞳がこちらをのぞき見る。

「あれあれ。辰にぃ。どうしたの?」

「ばか。お前……!」

「いいじゃない。くらい」

「いや、お前」

「ふふ。わたしは一生辰にぃを想っているよ」

「それは好き、という意味か? 朱里あかり

 にぃと呼ぶが実際に兄妹なわけじゃない。

 彼女は隣に住む、よく遊ぶ友達だ。

 いわゆる幼馴染みだ。

 きっとこんな日常をいつまでも続けていくことができるのだろう。

 この世界でなければ。

「うん。好きだよ」

「でも、お前は女だ」

 厳しく、残酷なまでに突きつけた言葉の意味。

「知っている。少子化に歯止めをかけるため、新政府が受理した『少子化対策・コンビニ』。その条件は女が16歳になること」

 そう。

 朱里の誕生日は4月9日。

 今日だ。今日が16歳になる。

 朱里は俺の腹から降りると、口笛を吹く。

「あーあ。少子化対策なんてなかったら、わたしたち結婚できていたのになー」

「……そうだね」

 俺は悔しい思いで、うつむく。

 俺が結婚できたらいいのに……。

「わたし、高いんだって。ざっと二億」

「ははは。貧乏な俺には無理だな」

 乾いた笑いが込み上げてくる。

「健康で性格もいいからね」

「自分で言うか?」

 ひとしきり笑いあう。

「……でも、ママは助かるだろうなー」

「まあ、そっくり二億じゃないが、懐は温かくなるよな」

 子育て料って奴だ。

 税金でいくらか持っていかれるが親孝行になるだろう。

「俺も女だったらなー」

「なにそれ?」

 クスクスと笑う朱里。

「いや父ちゃんに親孝行できたって」

「女の子でもいいことないよ」

「……そっか。お前が言うなら間違いないな」

 ガチャとドアが開く。

「バイバイ」

 朱里は小さく手をふる。

 最後の別れだ。


♡♥♡


「疲れたー」

 俺は伸びをする。

 定時になったのでパソコンを閉じ、俺は近くのコンビニに立ち寄る。

 コンビニの一角にはパッケージされた女の子がずらりと並んでいる。

 いわゆるコンビニ奥さんだ。

 俺もそろそろ身を固める時期なのかもしれない。

 そう思い、ふとパッケージを手に取る。

 朱里と目元が似ている……。

 20万か。安いな。

 俺は酒と一緒に購入を決める。

 名前はええっと、

明菜あきな。いい名前だ」

 コンビニの外に出る。

 自動会計を済ませると、俺は自宅へと明菜を持ち込む。

 ちなみに会計を済ませると、自動的に結婚の申請も通るシステムになっている。

「買ってくれてありがとうね。辰彦たつひこさん」

「俺のこと、知っているのか?」

「中学の時に一緒のクラスだったよね? 性格が良いことで有名だったから」

 覚えてくれていて、嬉しい。でも……。

「俺は金持ちじゃないから幸せにはできない」

「いいよ。知らない人よりはマシ」

 諦観ともとれる言葉尻だった。

 今の時代、子どもを産むためだけに女の子が存在している――ともとれる評論家の意見が多い。

 寒い時代だな。

「それで? ご主人さまは、なにをご所望かな?」

「あー。その辺でくつろいでくれ」

 俺は料理の準備を始める。

「待って。私は?」

「ん? だからいいって」

「バカにしないで! 料理くらいできるんだから」

 躍起になった明菜は野菜を奪い取る。

「馬鹿にしたつもりはないんだが」

「じゃあなに」

 膨れっ面で抗議してくる明菜。

「いつものルーティンなんだよ」

「……そう。でも妻を買ったのだから、任せるのは当然でしょう?」

「すまん。気が回らなかった」

「分かればよろしい!」

 そしてぎこちない動きで料理が始まる。

 不安になり何度もキッチンを確認する。

「辰彦くんはそっちで待っていて!」

「は、はい!!」

 俺は彼女に任せたのだ。

 大人しく待っていよう。

 そういえば安かったものな。

 女の子としての価値が低い……のか?

 なんだか時代錯誤な気もするが。

 そうでもしないと社会が成り立たない。

 おかしな話だ。

「できたよ」

「もう!?」

 任せてから二十分といったところか。

 俺が作るとだいたい一時間かかるというのに。

 もしかしたら料理の天才かもしれない。

 コトと置かれる料理。

「明菜さん、これはどういった料理だ?」

「肉じゃがよ」

 ニンジンは7cmくらいの乱切りに。じゃがいもは丸のまま。そして、

「肉がない」

「あ。いれ忘れた!」

「まあ、問題は味だ」

 パクとニンジンを口に運ぶ。

 ガリガリ。

 うん。火通ってないね。

 煮込み時間が圧倒的に足りていないのだろう。そりゃ二十分だものな。

 味も野菜の風味そのままだ。

 だが不味いとは言いづらい。

「いいね」

 何がいいのか、俺にも分からない。

「本当!?」

「ああ。でも俺はもうちょっと柔らかい方が好みだ」

「そうなんだ! 気をつけるね!」

 ちょっとテンション高めな明菜。

 褒めたのがそんなにうれしいらしい。

 なんだか罪悪感が込み上げてくる。

「じゃあ、頂きます」

 明菜も肉じゃがを頬張る。

 バリゴリビリ。

「……」

 自分で料理の味を知ったのだろう。

 不快な顔をしている。

「頑張っただろ? それでいいんだよ」

 俺は先に慰めの言葉を送る。

「うん。ありがと」

 彼女も頑張っている。

 それは事実だろうな。

 何も言わずに俺は肉じゃがを食べきった。


 そろそろお風呂の時間だな。

 風呂を沸かそうと風呂場に向かう。

「今度こそ私の出番ね!」

 さささと俺と風呂場の間に身体を滑り込ませる。

「いやなにをする気だよ」

「お風呂いれるよ!」

「はいはい」

 風呂沸かすのにそんな間違えることなんてないだろ。

 俺はリビングに戻る。

「大変だよ! 蛇口が壊れた!」

「はぁ!?」

 俺は血相変えて風呂場に向かう。

 すると、蛇口の回すところがポッキリ折れ曲がっている。

 頭がいたくなる。

 こいつが来てから良いことが続かないな!

「まあ、古いからな、壊れるだろ」

 じわっと涙を流す明菜。

「優しいんだね」

「……別に。単なる事実を述べただけだ」

 風呂がいっぱいになるまで待つと、元栓を閉める。

「先に入れ」

「で、でも一番風呂なんて」

「どっちでもいいだろ」

 俺は呆れたようにため息を吐く。

「わかった」

 そう言って風呂に入る明菜。

 上がってきた彼女はワイシャツ一枚でリビングに来る。

  すらりと伸びた細い足。染み一つない白い肌。そしてお風呂の熱で赤く染まった頬。

「なんでそんな格好なんだよ!」

 目のやり場に困るじゃないか。

「俺のジャージを着ろ!」

「うん」

 小さく頷いている間に干してあったジャージを渡す。


「はぁ~。疲れた」

 俺は湯船に浸かり愚痴をもらす。

「お背中流すよ!」

 バンとドアを開ける明菜。

「おせーよ! あと見んな!」

「ごめんなさい。男性ってこういうの好きだって……」

 いろんな意味でぶっ飛んでいるな、こいつ。

「失礼しました!」

 明菜はぺこりとお辞儀をしてドアを閉める。

 お風呂から上がりジャージに着替える。

「明菜が低価格なの理解してきたよ」

「どういう意味よ!?」

「まんまの意味だ」

 膨れっ面を浮かべる※。

「まあ、可愛いところもあるがな」

 苦笑いを浮かべビールをあおる。

「アルチュウなの?」

「※にはわからないかもな」

「なによ。それ」

 言いすぎただろうか。

「今日はもう寝るぞ」

「私の布団は?」

「あっ!」

 すっかり忘れていた。


「だからって一緒に寝るのかよ」

「手出したらぶっ飛ばす」

「はいはい」

 …………。

 ………………。

「ねえ。起きている?」

 静寂を※の言葉が割いた。

「……」

「聞いてなくてもいいか」

「私、本当は好きな人がいたの。でも彼は有名企業の跡取り、私なんか釣り合わないつて……」

 ……。

 …………。

「誰よ。こんな制度作ったのは」

 そこには※の恨みがこもっていた。

 二時半、深い時間だった。


             ~完~

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