第133話
「鍵は持っています。この王の鍵で、牢の錠前も開けられると思います」
セナは包帯に包んでいた王の鍵を右手で探り、取り出した。
錠前に差し込み、カチャカチャと回す。
緊張しているせいか、なかなか上手くいかない。
みんなが固唾を呑むさまが伝わってくる。
もしも、この鍵が通用しなければ、すべてが振り出しに戻ってしまう。
お願い……開いて……!
ぶるぶると手が震える。
その手に、大きな掌が重ね合わされた。
鉄格子から腕を出したハリルが、セナの手を握りしめて手伝ってくれる。
温かくて頼もしい掌が心強い。
そのとき、カチリと解錠の音が響いた。堅牢な鉄格子の扉が軋んだ音を立てて開かれる。
ウオォ……と興奮の声が上がりかけたが、バハラームに制されて、皆は静かに牢から出た。
騒げば兵士に気づかれてしまう。ほかに出口のない地下牢は、階上から武器で押しやられてしまえば最後、脱出できない。どうにか気づかれないうちに階段を上がり、地上に出なければ勝機はないのだ。
セナも平静を保ちつつ、腰に巻いたベルトを外した。
「みなさん、武器を持ってください。短剣が十本しかありませんけど」
「これだけあれば充分だ。接近戦が得意なやつが持て」
短剣のうちの一本を手にしたハリルが命じると、いつもの試合では目立たない面々が短剣を掴んだ。トルキア騎士団の主な武器は槍なのでリーチの長さを生かした攻撃がメインだが、なかには短剣を駆使して接近戦を得意とする者もいるのだ。
精鋭の十名のなかに、イフサーンもいた。
彼は頬を紅潮させながら、手にした刀身を眺めている。
アルファのひとりがイフサーンを肘で小突いた。
「おい、大丈夫かイフサーン。おまえは試合で万年最下位だろ」
「だだだいじょうぶですよ……たぶん。俺、槍は苦手なんですけど、なんでか短剣は得意なんで」
「短剣はチビの領分だからな」
「いやいや、短剣だからって馬鹿にできませんって」
牢から出られた昂揚に包まれて、アルファたちの表情に笑みが浮かぶ。
しかし、百名を逃がすとなると容易なことではない。
全員が自力で歩けることを確認したハリルは指示を出した。
「階段は二列で上るんだ。焦って殺到するな。武器を持っている者は前へ。体力に不安がある者は中間にいろ。バハラームは最後尾を固めるんだ」
「御意にございます」
緊張に身を強張らせつつ、セナも階段へ向かった。階段上はシャンドラが見張っていると思うが、先ほどの兵士も一緒だったので状況がどうなっているのかわからない。急がなければ誰かが来てしまう。
「早く行きましょう」
「セナ、前へ出るな。おまえは中間に……セナっ!」
突然叫んだハリルはセナへ向かって剣先を掲げ、突進してきた。
え、と瞬いたとき、セナの首筋にひやりとしたものが突きつけられる。
「動くな。剣を捨てろ。従わないときは、神の贄の首が落ちるぞ」
嗄れた声音におそるおそる首を巡らせる。
セナの細い首には、バトルアックスの刃が宛がわれていた。
いつの間にか兵士がやってきて、この事態を窺っていたのだ。
よく見ると、兵士は先ほどホールでセナを見咎めた男だった。やはり怪しまれていたので、あとをつけられていたのだ。
僅差でセナを守り切れなかったハリルは、歯噛みしながら短剣を投げ捨てる。
「おまえらも捨てろ」
悔しそうな顔をしながらも、短剣を手にしていた騎士団員たちはハリルに従った。階段下に、複数の短剣が集められる。
あれ……?
セナは心の中で首を捻った。
一、二、三……九本しかない。
残りの一本は、どうしたのだろう。
だが、セナの喉にバトルアックスの刃を当てられている状態では全く手が出ない。アルファたちは地上への階段を塞いだ恰好になったセナと兵士から、距離を置いて取り囲んだ。
そのとき、石段を重厚な足音が踏み鳴らす。
大勢の巨人が一斉に石を踏んでいるかのように、ぐらぐらと振動が伝わった。
「ハハハ! 小人の悪あがきか。たとえ蟻でも、必死に蟻地獄から逃げようと無駄にもがくものだからな」
哄笑を響かせて現れたのは、アポロニオス王だ。そのあとには精鋭らしき巨人族の兵士たちが、戦斧を構えて続いている。
アポロニオスに知られてしまった――
しかも巨人族の巨体が地上への階段を完全に塞いでしまっている。ほかに出口はない。これでは逃げられない。地下牢へ戻るしかない。
セナたちの間に絶望の色が広がった。
シャンドラはどうしたのだろうか。階上で見張っていてくれたのではないのか。彼の姿はどこにも見えない。
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