みてみ、フジサワがまたボケてるんやけど

西村たとえ

第1話

 絶対に、告白しないから、どうか傍に僕をおいてください。


 そういえば、私たちの関係は、あの子の唐突な言葉の断片から始まった。そのとき、あの子の髪の毛の束のいくつかが外側に大きく跳ねていた。私はそのはじまりからおわりまでをしれっと追いかけて、毛先が枝毛になっているのを見つけて、二度くしゃみをした。

 あの子は私のくしゃみにびっくりした様子で、ティッシュ使う? と、しわしわのティッシュをポケットから出して手を広げた。私は要らないと言い、ブレザーの袖で鼻水を拭いた。肌理が粗いので、鼻元がひりひりするな、と思っているうちに、さっきあの子が何を言ったのかを思い出せんくなった。

「さっきゆっとった、おもしろいやつってどんなん?」

 クラスの友達に訊かれて、私はフジサワの話をしたことをとても後悔した。特に、体育の時間の後みたいな、上気している顔を冷ましているとき、話さなくていいことを話す癖が私にはある。

「おとこ? おんな? どうせ、おっさんやろ? てゆか、なに、SNSとか? え、もしかして出会い系?」

「お前、しゃべんの速いねん。親戚のおばはんか」

「えー、ひっどおい、なんでそんなこというのおお、ゆっこちゃあああん」

「いや、関東弁しゃべんなや。なんやイントネーションの使い方上手いし。どこで覚えたん」

 目の前で、関東出身の人気芸人のギャグをする友達に笑ってしまった。人気といえど、正直私からみたら小学生向けのリズムネタで、高校生の私たちからしたら笑える要素なんてない。ターゲットとしている世代が違うのだ。でも、完コピしている友達の必死さが面白くて、何に時間費やしとんねん、と突っ込みたくなってしまう。

「で、おっさん?」

「ちゃうわ。同じ年や」

「え、ほんまに。イケメン? 写真見せて」

「ないにきまってるやろ」

「んなら、会わせてや。いや、会うのは怖いわ。遠目で見たいんやけど」

「いやや。誰が見せんねん。私が発見したんやし、別に誰にも教えやん」

「みせてーや」

 また、リズムネタをはじめた。二回目はもう面白くない。そこんところを、この子はわかってない。

「みんな、この子がなんかおもろいことやってる」

 わけのわからないダンスを続ける友達の前に、着替えていた女子全員を集めた。えー、なにやってんのー、と言いながら、子どもっぽい下着を着けたなまっちろい身体たちが、教室の一点に集中する。

「みんな、まだ様子見ような。突っ込んだらあかんで。これから面白くなるから」

 私がそういうと、押し殺した笑いが、さしすせそを素早く言うみたいに空気に流れ出た。必死の形相でダンスを続ける友達は、ツッコミを待ち続けていて辛そうだ。

「……そろそろちょうだいっ、そろそろっ、」

 もうチャイムが鳴りそうや。はよ鳴れ、はよ鳴れ。今や、今鳴ったらおもろい。

 少しだけ間があいて、予鈴が鳴った。

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