第3話

 深夜近くになっても、公園を通る人影は絶えることのない都会。

 時折すぐ側を歩く人の足音に、私がここにいることを気づかれないように身をすくめながら、夜空を見上げた。

 東京の街は明るすぎて、星なんて数えるほどしか見えない。

 同じ空なはずなのに、私が住んでいた町から見るのとは全然違う。

 空には星がいっぱいあった方が、やっぱり好きだな。


 今夜から寝床にきめたのは、公園のベンチの後ろ側、公園を通る人たちからは死角となる場所だ。

 ベンチが丁度いい影となり、電灯があたらない暗がりの地面に寝袋を敷き、小さくなって潜り込んだ。

 朝まではここでやりすごして、明るくなったらベンチに腰かけて眠ろう。

 この背中の凍てつくような寒さに比べたら、ベンチの方が暖かい気がするもの。


 また一人誰かの足音が近づいてくる。

 さっきまで通り過ぎた何人かの足音同様に、近づいては離れていくはずだと思っていそれは、不意にベンチ前で足を止めたようだ。


「やってらんねえつうの」


 ドカッとその人が、ベンチに腰かけたようで、私は慌てて今まで以上に気配をひそめた。

 男の人の声だった。

 足元は革靴、スーツパンツ、そして黒っぽいコートがベンチの下から確認できた。

 どうか気づかれませんように。

 今更ながら、公園の入り口には痴漢に注意って看板があったことを思い出す。

 どんなに地味で目立たない私であっても、二十代前半女性である以上、そういった人たちのターゲットになってしまうかもしれない。

 このベンチに座った男性が、痴漢ではなくただのサラリーマンという可能性の方が高いかもしれないけれど、都会の知らない男性は、やはり怖いとしか思えないのだ。

 息をひそめた私の頭上では、プシュッと缶のフタを開けたような軽快な音が響く。

 続いてゴクゴクと喉を鳴らして何かを飲んでいる気配、少し漂うアルコールの匂い、これは多分ビールだ。

 私がここにいることに、何も気づかない男性は、はーっ、と大きなため息をついて。


「なんで俺じゃねえんだよっ」


 まるで行き場のない怒りを吐き出すように声を荒げ、それに驚いた私が悲鳴をあげるのを堪えた。

 ここまでは完璧に気配を消していたはずだ、多分。

 でも、その後がダメだった。

 男性が放り投げた物体が、スロモーションのように放物線を描き、私めがけて落ちてくるのが見えた。

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